周辺環境がミツバチの農薬ばく露に及ぼす影響|2024年度|国立環境研究所
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2024年10月23日

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周辺環境がミツバチの農薬ばく露に及ぼす影響

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、農政クラブ、農林記者会、文部科学記者会、科学記者会同時配付)

2024年10月23日(水)
国立研究開発法人国立環境研究所

 

 近年、ハナバチの減少が問題となっており、その原因の一つとして農薬の影響が指摘されています。ハナバチが、どのような環境で農薬にばく露するリスクが高まるのかを評価することは、ハナバチへのばく露を軽減するための重要な情報になります。国立環境研究所生物多様性領域の久本峻平(現所属:明治大学)、池上真木彦、五箇公一、坂本佳子らの研究チームは、全国175箇所におけるニホンミツバチ巣内の農薬濃度を測定し、巣の周辺の土地利用との関係を解析しました。その結果、農地(特に水田と果樹園)、および都市域において農薬にばく露するリスクが高く、森林ではそのリスクが低い傾向にあることが明らかになりました。
 本成果は、2024年10月22日付で英国学術誌『Nature Communications』に掲載されました。

ポイント

・本研究では、市民参加型プロジェクトとして全国175地点という比類ない規模でニホンミツバチの飼養コロニーからサンプルを収集し、超微量農薬分析を用いることで、多様な環境に生息するミツバチの農薬ばく露実態を低濃度レベルまで明らかにした。 ・農地(水田・果樹園)だけでなく、都市域でも農薬にばく露するリスクが高いことが示された。 ・今回検出された農薬濃度でニホンミツバチの生態にどのような影響が生じるかについては、後続研究として発表予定。

1. 研究の背景と目的

ハナバチ※1は、多くの野生植物や栽培作物の受粉に貢献している重要なポリネーター※2ですが、近年、その減少が世界的に懸念されています。ハナバチの減少は、様々な要因によって引き起こされますが、なかでも農薬※3は重要なリスク要因の一つと考えられています。
ハナバチは、一定の地理的な範囲で採餌します。農薬が散布されるエリアにハナバチが訪れた場合、直接農薬にばく露したり、ばく露された花粉や花蜜を収集したりすることで、農薬を巣に持ち帰る可能性があります。これまで、農薬へのばく露評価は、特定の農薬に処理された単一作物の栽培地を前提に行われてきました。しかし、実際のハナバチの生息環境では、多様な作物の栽培地がパッチ状に分布し、それに伴って様々な農薬に同時にばく露していると考えられます。さらに、農薬は、農地のみならず、都市域や森林でも使用されることがあるため、これらの環境からのばく露も想定されます。周辺環境を考慮した農薬ばく露の実態を明らかにすることは、ハイリスクな生息地の特定につながるだけでなく、ハナバチへのばく露を低減するための重要な情報になります。本研究では、トウヨウミツバチの一亜種であるニホンミツバチApis cerana japonicaを調査対象とし、巣の周辺環境がミツバチの農薬ばく露にどのような影響を与えるのか評価しました。

2. 研究手法

2021年夏から秋にわたり、全国175地点において飼養されているニホンミツバチコロニー(蜂群)からハチミツおよび蜂ろう※4を採取し、農薬の超微量分析を行いました。サンプルを採取するコロニーの条件は、①その年に営巣を開始した、②給餌が行われていない、に統一しました。分析対象とした農薬は、ネオニコチノイドをはじめとする殺虫剤のほか、除草剤および殺菌剤も含め、合計16の化合物です※5。次に、各コロニーの生息地点より半径1000m圏内の土地利用を14区分に整理して各割合を算出し、農薬検出の有無および濃度との関係を解析しました。

3. 研究結果と考察

農薬データの概要を表1に、土地利用データの概要を表2に示します。

表1の画像
表2の画像

各土地利用の割合と、各農薬の「検出有無」との関係を解析した結果、農地(特に水田・果樹園)、および都市域で、農薬が検出される確率が相対的に高く、逆に森林(自然林・植林)では低い傾向があり、周辺の土地利用状況がミツバチのばく露状況に強く影響することが明らかになりました(図1)。この傾向は、同じコロニーのサンプルから同時に検出されたネオニコチノイド系殺虫剤の種類数との関係でも、同様に示されています(図2)。なお、土地利用と農薬「濃度」との関係は不明瞭でした。

図1の画像
図1 各土地利用と各農薬検出の関係。検出率が10%以上の農薬のみを解析対象として、各農薬の検出有無を応答変数、各土地利用の割合を説明変数としてロジスティック回帰を実施し、オッズ比が1を超え、かつp < 0.05を「正の関係(赤色)」、オッズ比が1未満、かつp < 0.05を「負の関係(青色)」と分類した。供試サンプルは、ハチミツ(左:アセタミプリド-グリホサート)および蜂ろう(右:ダイアジノン-フィプロニル)。
図2の画像
図2 ハチミツから検出されたネオニコチノイド系殺虫剤の種類数と土地利用の割合の関係。(主要な土地利用の結果のみ抜粋)

農地においては、水田の割合が増加するとダイアジノンとクロラントラニリプロールの、果樹園の割合が増加するとアセタミプリド、ジノテフラン、グリホサート、エトフェンプロックスの検出確率が高まりました(図1)。ただし、イネや果樹の開花期は限られているため、エリア内や周辺の他の植物が持続的な農薬ばく露源になっている可能性も考えられます。一方で、畑地では、意外なことに、いずれの農薬の検出確率も高くはありませんでした。日本の農業形態は、小規模経営が特徴であり、畑地全体で多様な作物が栽培されていることから、それぞれの農薬単体のばく露レベルは高くないのかもしれません。
都市域においては、3種類のネオニコチノイド系殺虫剤(クロチアニジン、ジノテフラン、チアメトキサム)が検出されやすく、また同じコロニーから検出されるネオニコチノイド系殺虫剤の種類数も多くなることが示されています。また、最も使用されている除草剤のひとつであるグリホサートも、都市域で検出されやすいことがわかりました。これらネオニコチノイドとグリホサートは、住宅地や屋外のスポーツ・娯楽施設等で使用される農薬製剤にも含まれており、ミツバチがそれらにばく露したのではないかと推察されます。
森林では、対象農薬の半数以上で検出確率が低くなることがわかりました(図1)。森林内でも、雑草管理や病害虫予防のために農薬が使用されることがあります。しかし、多くの森林では農薬による汚染がないか、あるいは少ないため、ミツバチが森林で採餌することで、巣内全体の農薬ばく露レベルが低減されている可能性が考えられました。
また、本研究では、想定外の結果も得られました。例えば、ニテンピラムは自然林で、フェノブカルブは植林で検出確率が高まりましたが、これらの関係性については現在のところ合理的な説明が見つかっていません。また、水田からダイアジノンが検出されやすいことが示されましたが、ダイアジノンは、過去にイネに使用されていたものの、2008年にイネへの適用がなくなったため、現在は使用できないことになっています。こうした予期しない農薬の検出は、周囲の他の土地利用区分からの飛散や、環境中の長期残留、実際の使用状況等を反映している可能性があり、農薬の環境中動態に関するさらなる情報収集が求められます。

4. 今後の展望

本研究で検出されたネオニコチノイド7種のそれぞれのハチミツ中濃度の平均値は0.06~0.33 ng/gでした。2017年にScienceから発表されたハチミツ中のネオニコチノイド系殺虫剤の世界調査※6と比較すると、本研究で示された濃度は相対的に低いと評価されます。この違いは、ニホンミツバチと海外のミツバチ種間の植物への選好性、国による農薬使用状況、周辺環境に起因するのかもしれませんが、現時点では不明です。その一方で、本研究では、生存中のミツバチコロニーからサンプリングしたため、高濃度でばく露されたコロニーがサンプリング前に死滅して観察できなかった可能性もあります。我々はサンプリングしたコロニーのその後の生存状況を記録しているため、今後は、本研究のばく露レベルがニホンミツバチコロニーにどのような影響を及ぼすのかを評価していきます。
日本では、農薬取締法に基づき、農地で使用された農薬が環境中の野生生物に及ぼすリスクの評価は、水環境中における農薬濃度の予測とともに水生生物を対象に行われてきました。一方で、近年の陸域昆虫類、特にハナバチ類に対する農薬の影響が世界的に問題視される中、従来の水環境におけるリスク評価だけでは農薬のリスク管理が不十分であることが指摘されています。陸域環境では、水環境と比較して、農薬の時間的・空間的分布はさらに複雑であると想定されます。本研究では、ミツバチが農薬にばく露するリスクが、周辺環境によって大きく異なることを示しました。特に農薬の使用が少ないと想像されがちな都市域においても、我々の研究データからはミツバチへのばく露リスクが明確に示されており、都市域における農薬の使用実態および環境中動態の把握は急務と考えられます。
我々は今後も、ハナバチの農薬のばく露に関する詳細な科学データを蓄積することで、陸域環境における農薬の生態リスクの実態に迫るとともに、行政機関には、農薬のリスク管理システムをさらに強化していくことの必要性を提言していきたいと考えています。

5. 本研究の目的を達成できた重要な3つの要素

一つ目は「175地点における175コロニー」という膨大なデータセットの確保です。本研究では、多様な土地利用の影響を評価するために、多くのサンプルが必要でした。そこで、全国のニホンミツバチ飼養者にご協力をいただき、1地点につき一つのコロニーからサンプルを採取することで、農薬残留および周辺の土地利用ともに大規模なデータセットの確保が可能となりました。
二つ目は「自然のハチミツと蜂ろう」の確保です。自然環境におけるハナバチの農薬ばく露を評価するためには、野生巣を分析することが望ましいと考えますが、大量の野生巣を見つけ、かつ巣にダメージを与えないようにサンプルを得ることは非常に困難です。しかし、ニホンミツバチは、生業や趣味で飼養されているため、サンプル採取が容易でありつつも、給餌等の人為的介入を必須とせず、飼養者の多くは営巣空間(巣箱や丸胴)を提供するだけの、いわゆる自然状態を損なわない養蜂を実施しているという点で、理想的な研究材料であると言えます。
三つ目は「超微量農薬分析」です。本研究の定量下限値は、ネオニコチノイド系殺虫剤で0.01-0.03 ng/gを達成しており、低濃度のばく露実態の把握を可能にしたと考えています。

6. 補足

※1 ハナバチ:ミツバチ上科のうち、植物から花粉や花蜜を集める習性を持つものを指します。高度な社会生活を営むミツバチやマルハナバチ、単独生活を営むヒメハナバチやハキリバチ等が含まれ、世界に約2万種が存在します。 ※2 ポリネーター:花粉媒介者。 ※3 農薬:農作物等の病害虫を防除するために使用される薬剤等と法律で定義されていますが、本稿では便宜上、農薬と同じ有効成分を含む、農薬以外の殺虫剤や除草剤等も対象としています。 ※4 蜂ろう:ミツバチの巣材となるロウ物質。日本では「蜜ろう」と称されることが多いですが、原著論文における表記”beeswax”の対訳を充てています。 ※5 分析対象農薬の選定:ハナバチへの影響が懸念される、ネオニコチノイド系、有機リン系、カーバメート系、ピレスロイド系等の作用機序が異なる殺虫剤、および除草剤と殺菌剤について、日本で使用量が多いものを中心に選定しています。 ※6 Mitchell, E. A. D., Mulhauser, B., Mulot, M., Mutabazi, A., Glauser, G. & Aebi, A. A worldwide survey of neonicotinoids in honey. Science 358, 109-111 (2017).

7. 研究助成

本研究は、環境省請負業務「令和3年度 農薬の野生ハナバチ類に対する環境影響調査等事業」および日本学術振興会科学研究費基盤研究(A)(代表:坂本佳子、JP20H00425)の助成を受けて行われました。

8. 発表論文

【タイトル】 The impact of landscape structure on pesticide exposure to honey bees 【著者】 久本峻平、池上真木彦、五箇公一、坂本佳子*(国立環境研究所・生物多様性領域) *責任著者 【掲載誌】 Nature Communications 【URL】https://doi.org/10.1038/s41467-024-52421-3(外部サイトに接続します) 【DOI】10.1038/s41467-024-52421-3(外部サイトに接続します)

9. 問合せ先

【研究に関する問い合わせ】
国立環境研究所 生物多様性領域
生態リスク評価・対策研究室 主任研究員 坂本佳子

【報道に関する問い合わせ】
国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

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