「母親のPFASばく露と子どもの染色体異常: 子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に関する研究論文の発表について|2024年度|国立環境研究所
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2024年9月18日

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「母親のPFASばく露と子どもの染色体異常:
子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に関する研究論文の発表について

(環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会、文部科学記者会、科学記者会、 松本市政記者クラブ、長野市政記者クラブ同時配付同時配付)

2024年9月18日(水)
信州大学
エコチル調査甲信ユニットセンター(信州大学)
教授 野見山 哲生
助教 長谷川 航平
国立研究開発法人国立環境研究所
エコチル調査コアセンター
センター長 山崎 新
次長 中山 祥嗣
 

 エコチル調査(※1)甲信ユニットセンター(信州大学)の野見山教授らの研究チームは、エコチル調査のデータを用い、妊娠中の母親の血中PFAS(※2)濃度と子どもの染色体異常の関連の有無について調べました。その結果、母親の血中PFAS濃度が高いと子どもの染色体異常の発生が多い傾向が見られました。
 ただし、今回得られた結果をもって、すぐにPFASと染色体異常の関連性を結論づけることはできません。その理由は、第一に、エコチル調査でPFASを測定した約25,000人の妊娠のうち、すべての染色体異常をあわせた数が44例しかなく、統計的な不確実さが大きいためです。第二に、染色体異常のほとんどは妊娠12週までに流産(※3)になるとされていますが、エコチル調査では主に妊娠12週以降の妊婦を対象としたため、12週以前に流産した妊婦の情報(染色体異常の情報を含む)が得られていないためです。
 本研究をまとめた論文は、令和6(2024)年9月11日(日本時間22時)付で、「第三者による視点(Invited Perspectives)」とともに「Environmental Health Perspectives(EHP Publishing)」に掲載されました。その中で、PFASが染色体異常を起こすかどうかについてより確かな結果を得るために、生物学的なメカニズムに関する実験研究や、父親の精子に着目したPFASと染色体異常の研究、妊娠前からの追跡調査等の必要性があると指摘されており、本研究はその必要性を示した成果として紹介されました。

  • ※1 環境省が企画立案し、2010年度から開始された全国で10万組の親子を妊娠中から調査している「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」
  • ※2 PFAS(ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物の総称):有機フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物を総称して「PFAS」と呼び、1万種類以上の物質があるとされています。今回は、このうち、7種類のPFAS(PFOA、PFNA、PFDA、PFUnA、PFTrDA、PFHxSおよびPFOS)について、分析を行いました。PFASについての詳細は、環境省HP(https://www.env.go.jp/water/pfas/pfas.html)をご参照ください。
  • ※3 染色体異常は、その多くが受精前の精子や卵子ができる過程でおこることされており(精子や卵子の10–30%に染色体の異常がみられるといわれています)、受精卵の染色体に異常があるとそのほとんどは流産するといわれています。また、流産の多くは妊娠12週までに発生しています。エコチル調査は、主に妊娠12週以降の妊婦さんに調査への参加を募り、生まれてきたお子さんを追跡調査するように計画された調査であることから、多くの流産が研究に含まれておらず、流産の多くを占める染色体異常の原因を十分に調べることができません。
※記載内容は、すべて著者の見解であり、環境省の見解は含まれません。
※本研究に関する補足説明資料を作成しました。以下の信州大学HPも併せて確認ください(https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/medicine/chair/pmph/pfas_ca_faq.pdf)。

1.発表のポイント

  • 母親のPFASばく露(※4)と染色体異常との関連の可能性が示唆されました。
  • ただし、症例数が少ないこと、エコチル調査が妊娠12週以降の妊婦を対象としていることなどから、今回の結果をもって、すぐにPFASと染色体異常の関連性を結論づけることはできません。
  • 本研究は、さらなる研究の必要性を提案した重要な研究です。

2.研究の背景

 「子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)」は、胎児期から小児期にかけての化学物質へのばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査(※5)です。さい帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしている世界的にも注目されている調査です。
 エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを置いています。また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された全国15の大学等に調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と各関係機関が協働して実施しています。
 「染色体異常」は先天異常の1つで、21トリソミー、18トリソミー、13トリソミー、ターナー症候群、22q11.2欠失症候群などが含まれます。これらの疾患の発生の要因についてはまだはっきりとわかっていません。これまで、細胞を用いた実験では、PFASが卵細胞の成熟や染色体に影響を及ぼす可能性があることが報告されています。このため、PFASのばく露が染色体異常の発生に関与しているという仮説を立てることができます。しかしながら、人を対象として、この関連を調べた研究はほとんど行われていません。そこで本研究では、母親の血中PFAS濃度と子どもの染色体異常との関連を疫学的な手法を用いて調べることにしました。

3.研究内容と成果

 本研究では、約10万人の妊婦のうち、血中PFAS濃度を調べることができた約25,000人のデータを使用しました。その中から、母親の年齢データに欠測がある、多胎妊娠である、子どもの出生時または生後1ヵ月時点のデータが欠測している、出生結果が欠測している、PFASデータに欠測がある、のいずれかに該当する人を除いた24,724人のデータを最終的に分析しました。
 染色体異常については、生後2歳までの診断データを用いました。PFASについては、7種類のPFAS(PFOA、PFNA、PFDA、PFUnA、PFTrDA、PFHxSおよびPFOS※6)を分析対象としました。染色体異常の関連因子として考えられている母親の年齢の影響も考慮した上で、母親の血中PFAS濃度と子どもの染色体異常(すべての染色体異常)との関連についてロジスティック回帰分析(※7)で検討を行いました。
 対象者のうち44人の子どもで、染色体異常が見られました。7種類のPFASを個別に評価した場合、PFNA濃度およびPFOS濃度が2倍になるごとに、子どもの染色体異常の年齢調整オッズ比(※8)はそれぞれ1.81(95%信頼区間(※9):1.26から2.61)および2.08(95%信頼区間:1.41から3.07)と推定されました。また、分析対象とした7種類のPFASを混合物として評価した場合、すべてのPFAS濃度が2倍になるごとに、子どもの染色体異常の年齢調整オッズ比は2.25(95%信頼区間:1.34から3.80)となると推定されました。最も影響が大きいPFASはPFOSで、次にPFNA、PFUnA、およびPFOAの順で染色体異常に関連していました。
 本研究では、母親のPFASばく露、特にPFOSばく露と子どもの染色体異常との関連の可能性が示唆されました。しかしながら、今回の調査は、おもに妊娠12週以降の妊婦を対象としたことで多くの染色体異常(おおくが妊娠12週以前に流産になる)が含まれていないこと、症例が44例と少なく統計的な不確実性が大きいこと、染色体検査が行われていない場合は染色体異常に含まれていないこと、個別の染色体異常疾患との関連は明らかでなかったことや、交絡因子をすべて網羅できていない可能性があること、さらに、一つの研究のみからの結果であることから、今回得られた結果をもって、すぐにPFASと染色体異常の関連性を結論づけることはできません。PFASが染色体異常を起こすかどうかについてより確かな結果を得るためには、生物学的なメカニズムに関する実験研究や、父親の精子に着目したPFASと染色体異常の研究、妊娠前からの追跡調査等が必要です。

4.今後の展開

 今回の研究では血中PFAS濃度を調べることができた約25,000人のデータを使用しましたが、残りの約75,000人の中の染色体異常の子どもの母親の血中PFAS濃度を調べることでより統計学的に検出力の高い調査が可能と考えられます。また、父親の血中PFAS濃度を調べることで、父親のばく露の影響についても調査が可能です。しかしながら、PFASと染色体異常との因果関係を解明するためには、妊娠前から追跡調査を行うなど、エコチル調査とは別の研究方法による調査が必要です。

5.用語解説

  • ※4 ばく露:食べること、触れること、吸い込むこと等により化学物質が体内に取り込まれることを言います。
  • ※5 出生コホート研究:母親の妊娠届時から親子を追跡調査し、さまざまな要因の妊娠や子どもへの影響を調べる研究です。
  • ※6 PFOA:ペルフルオロオクタン酸、PFNA:ペルフルオロノナン酸、PFDA:ペルフルオロデカン酸、PFUnA:ペルフルオロウンデカン酸、PFTrDA:ペルフルオロトリデカン酸、PFHxS:ペルフルオロヘキサンスルホン酸、PFOS:ペルフルオロオクタンスルホン酸
  • ※7 ロジスティック回帰分析:複数の要因の影響を同時に考慮した上で関連を検討するための解析手法です。
  • ※8 オッズ比:2つの事象の関連の強さを示す指標の1つです。オッズ比が1より大きいとは染色体異常の子どもが多いということを意味します。オッズ比が1より小さいとは染色体異常の子どもが少ないということを意味します。年齢調整オッズ比とは、年齢で調整した後のオッズ比を意味します。
  • ※9 95%信頼区間:結果の統計学的な不確実さの大きさを示す指標の1つです。

6.発表論文

題名(英語):Maternal Exposure to Per- and Polyfluoroalkyl Substances and Offspring Chromosomal Abnormalities: The Japan Environment and Children's Study 著者名(英語):Kohei Hasegawa1, Noriko Motoki1,2, Yuji Inaba2,3,4, Hirokazu Toubou1, Takumi Shibazaki5, Shoji F. Nakayama6, Michihiro Kamijima7, Teruomi Tsukahara8,1, Tetsuo Nomiyama1,8, and the Japan Environment and Children’s Study (JECS) Group9 1 長谷川 航平、元木 倫子、當房 浩一、塚原 照臣、野見山 哲生:信州大学医学部衛生学公衆衛生学教室 2 元木 倫子、稲葉 雄二:信州大学医学部 小児環境保健疫学研究センター 3 稲葉 雄二:長野県立こども病院神経小児科 4 稲葉 雄二:長野県立こども病院生命科学研究センター 5 柴崎 拓実:信州大学医学部小児医学教室 6 中山 祥嗣:国立環境研究所エコチル調査コアセンター 7 上島 通浩:名古屋市立大学大学院医学研究科環境労働衛生学分野 8 塚原 照臣、野見山 哲生:信州大学医学部産業衛生学講座 9 グループ:エコチル調査運営委員長(研究代表者)、コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンターから構成
掲載誌:Environmental Health Perspectives
DOI:10.1289/EHP13617
URL:https://ehp.niehs.nih.gov/EHP13617(外部サイトに接続します)

7.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
信州大学医学部衛生学公衆衛生学教室
助教 長谷川 航平

【報道に関する問い合わせ】
信州大学総務部総務課広報室
shinhp(末尾に@shinshu-u.ac.jpをつけてください)

国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

※ お寄せいただいたご質問などは、編集の上で公開させていただくことがあります。

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