国内52都市における脱炭素型
ライフスタイルの効果を定量化
~「カーボンフットプリント」からみた移動・住居・食・レジャー・消費財利用の転換による脱炭素社会への道筋~
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布)
2021年7月19日(月) 国立研究開発法人国立環境研究所 資源循環領域 国際資源循環研究室 研究員 小出 瑠 室長(PG総括) 南齋 規介 |
国立環境研究所(物質フロー革新研究プログラム)、地球環境戦略研究機関(1.5℃ライフスタイルプロジェクト)らの研究者チームは、日本の主要52都市における「移動」「住居」「食」「レジャー」「消費財」に関する65の選択肢による脱炭素型ライフスタイルの効果を初めて定量化しました。その結果、ライフスタイルの転換による大幅な温室効果ガス削減効果が明らかとなり、その効果は都市間で最大5倍程度の差があることがわかりました。さらに、気温上昇を1.5℃未満に抑える1人1年あたりの排出量目標を消費側対策を通じて達成するには、脱炭素型で高効率な製品を生活に取り入れる「効率性」対策のみならず、テレワークや食生活の転換、消費財の長期使用などの行動変容を通じた「充足性」ライフスタイルの両方が不可欠であることが示されました。国立環境研究所HPにて提供される都市別削減効果の日本語版データにより、脱炭素型社会へ向けた自治体、企業、NPO、市民の皆様の取り組みを支援することが期待されます。 本研究の成果は、2021年7月19日付でIOP Publishingから刊行される環境分野の学術誌「Environmental Research Letters」に掲載されます。 |
1.研究の背景
脱炭素型社会への転換に向けた取り組みが加速する中、市民の暮らしに関連して排出される二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスは、全体の6割以上を占めています1。特に、大消費地でもある都市住民の暮らしは、さまざまな製品やサービス、エネルギーの供給をその域外に頼っており、気候変動への大きな直接的・間接的な影響をもたらしています2。
日本においても、数多くの自治体が「ゼロカーボン・シティ」宣言3を行っているように、都市の脱炭素化へ向けた機運が高まっています。パリ協定へ向けた成長戦略では「ライフスタイルのイノベーション」という考え方が提唱され、脱炭素型ライフスタイルへの転換は対策の1つの柱として認識されています4。しかし、これまでの議論は電気などのエネルギーの脱炭素化や効率的な機器を導入していくことに重きが置かれており、さまざまな製品やサービスの製造から輸送に伴って排出される温室効果ガスを含めて、都市の暮らしをどのように脱炭素化していくことができるかの包括的な分析は十分に行われてきませんでした。
2.研究の目的
本研究では、日本の主要52都市(県庁所在地、政令指定都市)における平均的な市民による直接・間接的な温室効果ガス排出量(カーボンフットプリント)を推計するとともに、「移動」「住居」「食」「レジャー」「消費財」に関連する65の脱炭素型ライフスタイルの選択肢を特定し、その温室効果ガス削減効果を都市別に定量化しました。さらに、気温上昇を1.5℃未満に抑える1人1年あたりの排出量目標5を達成するために、さまざまなライフスタイル転換の選択肢を組み合わせたシナリオ分析を行いました。これにより、各都市における脱炭素型ライフスタイルの取り組みによる効果を明らかにし、都市間にその効果や優先順位にどの程度の差がみられるか、どのような対策の組み合わせが目標達成に寄与するかを明らかにしました。
3.研究手法
本研究は、製品やサービスの「ゆりかごから墓場まで」の環境負荷を明らかにする「カーボンフットプリント」の考え方に基づいています。この手法は、脱炭素型社会への流れにおいて、企業においても「スコープ3」指標6として取り入れられていますが、本研究ではこの考え方を市民の暮らしとその転換を対象として分析を行なったものです。
市民のライフスタイル転換による温室効果ガス削減に関するこれまでの研究は、ある国の平均を対象とした研究が殆どであり、市民の暮らしや地域の状況は都市により異なるにも関わらず、数多くの都市を同時に対象とする分析は行われてきませんでした。本研究では、複数の都市におけるライフスタイル転換の効果を統一的な枠組みにより分析する手法を世界で初めて提案し、これを日本の主要52都市に適用したものです。
4.研究結果と考察
国内52都市の暮らしに関する家計消費カーボンフットプリントの推計によれば、52都市の平均は1人1年あたり7.3トンCO2e(二酸化炭素換算量)ですが、最大の都市(水戸市: 8.4トン)と最小の都市(那覇市: 5.8トン)の間には2.7トンもの差があることがわかりました。これを、気温上昇を1.5℃未満に抑えるための1人1年あたりの2030年目標上限(3.2トン)5と比較すると、仮に同じ目標値を目指す場合でも削減必要量は45〜62%と大きな違いがあることが明らかとなりました。
本研究では、65の脱炭素型ライフスタイル選択肢による1人1年あたり温室効果ガス排出量(カーボンフットプリント)の最大削減効果を推計した結果、次のような選択肢による効果が大きいことが明らかとなりました(数字は52都市平均の最大削減効果)。
しかし、これらの選択肢による1人1年あたり温室効果ガスの最大削減効果は都市間で大きな違いがあり、同じ選択肢であっても2倍から5倍もの差があることが明らかとなりました。例えば、1人1年あたりの自動車移動距離などが大きく異なることから、電気自動車を再生可能エネルギーで充電する場合の効果は、都市により150〜760キロCO2eまで幅があります。同様に、屋上に太陽光パネル(IH調理器併用)を設置することの効果は1020〜2160キロCO2eまでの違いがあります。従って、都市によってはその効果の大きさからみた優先順位が逆転する場合があることが判明しました。例えば、ライドシェアリング(相乗り)(190〜850キロCO2e)やテレワーク(160〜440キロCO2e)による効果と、衣類の長期使用(120〜280キロCO2e)や代替肉製品への転換(140〜230キロCO2e)の効果のどちらが大きいかは、地域のライフスタイルに依存し、都市によって異なります。
一方、いずれの都市においても効果が一貫して大きい選択肢もみられました。例えば、住居に関しては、ゼロエネルギー住宅(少なくとも1450キロCO2e)や再生可能エネルギー由来の電力への切り替え(少なくとも910キロCO2e)により、ウォームビズ・クールビス(多くても280キロCO2e)やナッジング7によるエネルギー節約(多くても80キロCO2e)などの取組よりも大きな効果がみられます。食に関しては、食生活の転換(少なくとも菜食により170キロCO2e、代替肉製品により140キロCO2e)による効果は、いずれの都市においてもフードロス削減(最大でも80キロCO2e)、旬産旬消(最大でも50キロCO2e)、地産地消(最大でも10キロCO2e)よりも大きくなります。
これらの結果は、都市の状況に合わせてより効果の大きい選択肢を戦略的に取り入れていくことの重要性を示すものです。
本研究では、気候変動を1.5℃未満に抑える脱炭素目標(3.2トンCO2e)に到達することができる脱炭素型ライフスタイルの組み合わせを分析したところ、都市毎に見込まれる削減の分野が大きく違うことがわかりました。例えば、1.5℃目標に到達するシナリオでは、水戸市では移動から約2トンCO2eの削減を見込みますが、福井市では住居から約2トンCO2e、川崎市では消費財・レジャーから約1トンCO2e、北九州市では食から約0.5トンCO2eの削減が見込まれます。このように、それぞれの都市における削減余地の違いを考慮することで、多様なライフスタイルを考慮した削減経路が存在することが明らかとなりました。
さらに、シナリオ分析では、脱炭素型で高効率な製品を導入する「効率性」対策とテレワークや食生活の転換、消費財の長期使用などの行動変容を通じた「充足性」ライフスタイル8のいずれか一方のみでは目標到達が困難であり、「効率性」と「充足性」の両方の選択肢の組み合わせ(例えば、一方が100%にもう一方が25〜75%の採用率)が必要であることが明らかとなりました。
5.個別都市のカーボンフットプリントと削減効果のデータ
本報道発表および論文本体(英語)では、52都市の平均値や代表的な都市についてのご紹介に留まりますが、本論文による個別都市のデータ(英語版)は論文誌の補足資料(Supporting Information)として公開されています。その日本語版は、国立環境研究所のHPで提供いたします。
日本語版データでは、ご関心のある都市名を地図上で選択いただくことで、その都市の「移動」「住居」「食」「レジャー」「消費財」に関するカーボンフットプリントを知ることができ、その都市において効果的な「脱炭素型ライフスタイルの選択肢」をご覧いただけます。さらに、特定の製品・サービスやライフスタイル選択肢を選択いただくことで、結果を地図やグラフで他の都市と比較することができます。
日本語版データには以下のURLからアクセスいただけます。
https://lifestyle.nies.go.jp/
6.今後の展望
暮らしの脱炭素化は、個々の市民だけの努力だけで達成できるものではありません。本研究では、脱炭素目標の達成に向け、ライフスタイル転換による大幅な削減可能性が示されたと同時に、地球温暖化防止の観点からみて「効率的で充足的」な暮らしへの転換が望ましいことが明らかとなりました。本論文で論じていることは、そのような脱炭素型の暮らしが取り入れられるには、自治体、政府による先駆的な政策、小売、製造業、サービス供給者をはじめとする企業による脱炭素型ビジネスの推進、NPOや市民による自主的な取り組みなど、全てのステークホルダーによる取り組みが必要とされるという点です。
今後、本論文による成果を活用し、市民や自治体関係者の皆様、環境啓発を担うNPOやメディア関係者の皆様、脱炭素型の選択肢を供給する役割を担う企業の皆様が、当該地域にとって優先度の高い選択肢を認識して、取り組みを進めていくことが望まれます。
7.注釈
1: 環境省「令和3年版環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書」https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/【外部サイトに接続します】
2: C40 Cities Climate Leadership Group「Consumption-based GHG emissions of C40 cities」https://resourcecentre.c40.org/resources/consumption-based-ghg-emissions【外部サイトに接続します】
3: 環境省「地方公共団体における2050年二酸化炭素排出実質ゼロ表明の状況」https://www.env.go.jp/policy/zerocarbon.html【外部サイトに接続します】
4: 令和元年6月11日閣議決定「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」https://www.env.go.jp/press/106869.html【外部サイトに接続します】
5: 目標値の詳細は小出瑠・小嶋公史・渡部厚志 (2020)「1.5°Cライフスタイル — 脱炭素型の暮らしを実現する選択肢 — 日本語要約版」(地球環境戦略研究機関)https://www.iges.or.jp/en/pub/15-lifestyles/ja【外部サイトに接続します】
6: ガソリンや都市ガスの燃焼などによる直接的な排出量「スコープ1」に電力供給を通じた排出量を加えた「スコープ2」に対し、製品・サービスの原料調達、生産、輸送、廃棄までの負荷を含めて算定する方法 詳細は環境省「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」 https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/【外部サイトに接続します】
7: 消費者への情報提示の工夫などにより行動変容を促す手段 詳細は環境省「日本版ナッジ・ユニット」http://www.env.go.jp/earth/best.html【外部サイトに接続します】
8: 本研究では、電気自動車や太陽光パネルをはじめとする脱炭素型の製品利用などを「効率性ライフスタイル転換」、テレワークや食生活の転換、消費財の長期使用をはじめとする行動変容などを「充足性ライフスタイル転換」として区別して分析した
8.研究助成
本研究は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF16S11600)、科研費(JP21K12374)、国連持続可能な10年枠組み(10YFP)による支援を受けて実施されました。
9.発表論文
【タイトル】Exploring Carbon Footprint Reduction Pathways through Urban Lifestyle Changes:A Practical Approach Applied to Japanese Cities
【著者】Ryu Koide, Satoshi Kojima, Keisuke Nansai, Michael Lettenmeier, Kenji Asakawa, Chen Liu, Shinsuke Murakami
【雑誌】Environmental Research Letters
【DOI】https://doi.org/10.1088/1748-9326/ac0e64【外部サイトに接続します】
【URL】https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1748-9326/ac0e64【外部サイトに接続します】
10.問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 資源循環領域
国際資源持続性研究室 研究員 小出 瑠
【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
029-850-2308