将来シナリオに応じた温室効果ガス排出指標の柔軟な選択 パリ協定温度目標へ向かうための排出削減費用の観点から|2021年度|国立環境研究所
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2021年5月29日

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将来シナリオに応じた温室効果ガス排出指標の柔軟な選択
パリ協定温度目標へ向かうための排出削減費用の観点から

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布)

2021年5月28日(金)
国立研究開発法人国立環境研究所
地球システム領域
地球システムリスク解析研究室
主任研究員 田中克政
 

   パリ協定において各国のメタン、亜酸化窒素などの非CO2温室効果ガスの排出量をCO2排出量に換算するために「100年の地球温暖化係数」(100-year Global Warming Potential; GWP100)を排出指標として用いることが事実上合意されています。国⽴研究開発法⼈国⽴環境研究所、フランス・気候環境科学研究所(Laboratoire des Sciences du Climat et de l'Environnemen; LSCE)、フランス・ピエール・シモン・ラプラス研究所(Institute Pierre Simon Laplace; IPSL)、スウェーデン・チャルマース工科大学(Chalmers University of Technology)の合同研究チームは、全世界の温室効果ガスの排出削減費用をなるべく小さく抑えてパリ協定温度目標(世界平均気温の上昇の抑制)に向かうことを重視するならば、「100年の地球温暖化係数」にのみ固執せず、例えば5年毎のグローバルストックテイクの機会を活用し、各国の削減目標の見直しと併せて、より柔軟に排出指標の選択の確認・見直しを行う必要があることを示しました。
   本研究は、日本時間2021年5月29日付でアメリカ科学振興協会(American Association for the Advancement of Science; AAAS)刊行の総合科学誌「サイエンス・アドバンシス」(Science Advances)に掲載されます。
 

1.研究の背景

 非CO2温室効果ガスや短寿命気候汚染物質(short-lived climate pollutant; SLCP)の排出量をCO2排出量へ換算するための係数「排出指標」(emission metric)には、温室効果ガス排出削減量の評価等の政策用途があります。京都議定書ならびにパリ協定を含む政策検討・交渉の場では長年ほぼ一貫してGWP100(排出後100年間の放射強制力の積算を基準にCO2排出量に換算)が排出指標として用いられてきました。一方、GWP100と政策目標との整合性については、物理的・経済的観点から問題点も指摘され、時間範囲を100年より短く設定し短寿命気候汚染物質の寄与をより重視するGWP50・GWP20などの排出指標も検討されてきました*1

2.研究の概要

 本研究では、物理気候、炭素循環、大気化学、社会経済システムを簡略化して統合的に表現する簡易統合評価モデルACC2*2を用いて、パリ協定温度目標へ向かうための温室効果ガス排出シナリオを費用最小化の条件から導出し(図1a)、それぞれのシナリオにおいて、どのような排出指標が費用対効果(cost-effectiveness)の観点から適切なのかを検討しました。各シナリオで最も費用対効果の高い排出指標(潜在価格の比)*1を計算し、それ以外の排出指標(例:GWP100)を用いた場合に、同じ温度目標へ向かうために追加的に掛かる排出削減費用を算出しました。さらに各シナリオで排出指標の選択を自由に変更できると仮定すると(GWP100・GWP50・GWP20のいずれか)、将来どのように排出指標を選択すれば同じ温度目標へ向かうための排出削減費用が抑えられるのかも分析しました。

本研究の代表的なシナリオの世界平均気温上昇(産業革命前比)と各シナリオにおける費用対効果の高いメタンの排出指標(GWP100・GWP50・GWP20のいずれか)の時間的推移の図。クリックすると図が拡大します。
図1:本研究の代表的なシナリオの世界平均気温上昇(産業革命前比)と各シナリオにおける費用対効果の高いメタンの排出指標(GWP100・GWP50・GWP20のいずれか)の時間的推移。
メタンのGWP100、GWP50、GWP20は、それぞれ28、48、84。つまり単位排出量あたり、メタンにはCO2と比べてそれぞれ28倍、48倍、84倍の重みが適用されます。

 過去にも様々な種類の排出指標が提案・検討されてきましたが、温度目標を一時超過(オーバーシュート)する場合を含む幅広いシナリオを想定して、排出指標に関する費用対効果の分析を行うのは本研究が初めてです。本研究は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)1.5度特別報告書の評価対象となった温暖化が2度を超えずに1.5度に向かうシナリオだけでなく、各国の緩和策が現時点での国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution; NDC)以上に深堀りされずに最大約3度の温暖化を伴うようなシナリオも考慮しています。留意点として、2度の温暖化を大幅に超えるオーバーシュートはパリ協定目標達成とは通常見なされません。また、オーバーシュートを含むシナリオでは、短期的には緩和策の進展が停滞する一方、長期的にはネットゼロCO2排出よりもさらに厳しい大幅な負のCO2排出(ネガティブ・エミッション技術を大規模に社会実装)が仮定されています。
 分析の結果、費用対効果の高い排出指標は時間変動し、政策目標やオーバーシュートの許容度合などのシナリオの特徴に依存することが示されました(図1b)。いずれのシナリオでも、今後数十年に関しては、パリ協定で事実上合意されたGWP100が排出削減費用が最小となる排出指標に近いことが明らかになりました。一方で、より長期、例えば今世紀後半まで見通した場合、GWP100以外の排出指標(特にGWP50・GWP20)を将来各国で選択することが費用対効果を高めるという結果が、いずれのシナリオでも見い出されました。このように排出指標を選択することにより、メタンなどの短寿命気候汚染物質の排出削減が、特にオーバーシュート後の温度を低下させる段階でより活用されることになります。パリ協定温度目標へ向かうための費用対効果を重視するならば、GWP100にのみ固執せず、例えば5年毎のグローバルストックテイクの機会を活用し、各国の削減目標の見直しと併せて、より柔軟に排出指標の選択の確認・見直しを行う必要があることが示唆されました。

3.注釈

*1排出指標について、地球環境研究センターニュース2019年7⽉号「⽯炭⽕⼒から天然ガス⽕⼒発電への転換は、パリ協定⽬標の達成に寄与」で解説しています。
https://cger.nies.go.jp/cgernews/201907/343002.html
詳しくは、Tanaka et al. (2010)を参照。
*2簡易統合評価モデルACC2は、地球環境研究センターニュース2018年7月号「パリ協定の温度目標とゼロ排出目標は本当に整合しているのか?」で解説しています。
https://cger.nies.go.jp/cgernews/201807/331001.html
詳しくは、Tanaka and O’Neill (2018)を参照。

4.参考文献

• K. Tanaka, B. C. O'Neill, The Paris Agreement zero-emissions goal is not always consistent with the 1.5 °C and 2 °C temperature targets. Nature Climate Change 8, 319-324 (2018).
https://doi.org/10.1038/s41558-018-0097-x【外部サイトに接続します】
• K. Tanaka, G. P. Peters, J. S. Fuglestvedt, Policy update: Multicomponent climate policy: Why do emission metrics matter? Carbon Management 1, 191–197 (2010).
https://doi.org/10.4155/cmt.10.28【外部サイトに接続します】

5.研究助成

 本研究は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20202002)とフランス国立研究機構(Agence nationale de la recherche; ANR)の未来への投資プログラム(Programme d’Investissements d’Avenir; ANR-19-MPGA-0008)より実施されました。

6.発表論文

【タイトル】Cost-effective implementation of the Paris Agreement using flexible greenhouse gas metrics
【著者】Katsumasa Tanaka, Olivier Boucher, Philippe Ciais, Daniel J. A. Johansson, Johannes Morfeldt
【雑誌】Science Advances
【DOI】10.1126/sciadv.abf9020
【URL】http://advances.sciencemag.org/content/7/22/eabf9020【外部サイトに接続します】

7.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
地球システムリスク解析研究室 主任研究員 田中克政

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
029-850-2308

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