最近のPM2.5濃度の減少と化学組成の変調の検出 ~越境N/S比の変化による環境影響解析の必要性~|2020年度|国立環境研究所
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2020年5月26日

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最近のPM2.5濃度の減少と化学組成の変調の検出
~越境N/S比の変化による環境影響解析の必要性~

(筑波研究学園都市記者会、九州大学記者クラブ、文部科学省記者会、科学記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

令和2年5月26日(火)
九州大学
国立環境研究所
 

   九州大学と国立環境研究所は共同で最近のPM2.5濃度の減少要因と化学組成変化を調べました。最近のPM2.5濃度の減少は、中国国内でも明らかになっており、例えば北京では2013年から2019年にかけて年平均濃度が102 µg/m3から43 µg/m3と58%も減少しています。中国のSO2、 NOxの排出量は2012年から2017年の間にSO2 (63%減少)、NOx (25%減少)の変化を示していることから、特にSO2排出の減少が、PM2.5濃度減少の最大の要因と考えられます。福岡でもPM2.5濃度は2014年の18.4 µg/m3から2019年で13.8 µg/m3と減少し、福岡のPM2.5濃度は中国の濃度と非常に高い線形関係があります(図1)。中国ではSO2の減少率が最大で、NOx減少率はその1/3程度でNH3排出量の経年変動はこれらに対して少ないため、従来は硫酸アンモニウム(NH4)2SO4の形成に使われたアンモニアNH3が余剰となり、硝酸アンモニウムNH4NO3の生成・越境輸送量が増加しPM2.5の化学組成の変化が起こる可能性があります。九州大学応用力学研究所の鵜野 伊津志主幹教授と国立環境研究所などの研究チームは、これらの点について、国内汚染の影響を受けにくい長崎県福江島での野外観測(国立環境研究所実施)から、硫酸塩と硝酸塩濃度の2−4月平均濃度の経年変化に、硫酸塩の減少と硝酸塩の増加傾向を確認しました(図2上段)。更に、この傾向を、化学輸送モデルGEOS Chem注1)を用いた発生源感度解析からも示しました(図2下段)。従来は硫酸塩がPM2.5の主要成分でしたが、今後は硝酸塩寄与の増加の加速が予想され、日本域に越境輸送・沈着する窒素N/硫黄S比が増加し、栄養成分が増加することで海洋・陸上生態系への影響も危惧されます。本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業基盤研究(B)(JP18H03359)の支援を受けました。本研究成果は、2020年4月15日(水)発行のScientific Reportsに掲載されました。
 

2010-2019年の年平均PM2.5濃度(北京、福岡)、中国のSO2排出量、人工衛星からのSO2カラム濃度、日本の環境基準達成率の経年変化を表した図
(図1):2010-2019年の年平均PM2.5濃度(北京、福岡)、中国のSO2排出量、人工衛星からのSO2カラム濃度、日本の環境基準達成率の経年変化
国立環境研究所による長崎県福江島での硫酸塩と硝酸塩濃度(2−4月平均濃度)の経年変化と化学輸送モデルの発生源感度解析の結果を表した図
(図2)
上:国立環境研究所による長崎県福江島での硫酸塩と硝酸塩濃度(2−4月平均濃度)の経年変化
下:化学輸送モデルの発生源感度解析の結果(CNTLは発生量の2010年時点の標準推定値を用いた場合、S04N08は中国のSO2を40%、NOxを80%とした感度解析結果を意味する)モデル結果は観測期間に合わせて2−4月の平均値で4領域を示す。

研究者からひとこと:2013年以降の中国での大気汚染物質の排出削減でPM2.5の濃度は急激に減少しましたが、主要な化学成分が従来の硫酸塩から硝酸塩に変調しつつあります。この傾向は新型コロナウィルス対策での社会システムのロックダウンによる汚染質変化を含め継続的な観測・解析が必要です。
 

■背景

   わが国では2009年にPM2.5に対する大気環境基準(年平均値15μg m-3以下かつ日平均値35μg m-3以下)が設定され、現在は1000カ所以上でPM2.5の常時監視が実施されるなど、汚染状況の把握が進められている。2014年度のPM2.5の全国平均の環境基準達成率は、一般環境大気測定局では37.8%、自動車排出ガス測定局では25.8%にとどまっていたが、達成率は年々向上し、2018年度の達成率はそれぞれ93.5%と93.1%と急速に改善が進んでいる。
   日本国内の大気汚染質の排出量は経年的に大きな変化を示しておらず、国内のPM2.5濃度の急激な減少については、国外の排出源の年々変化と気象的な要因も十分に加味した解析が重要となっている。

■内容

   一般環境測定局のPM2.5濃度の確定値 (2014-17年度)と「そらまめ君注2)」の速報値(2018-19年度)の時間値を利用した。福岡県太宰府局、糸島局、福岡市元岡局のPM2.5の3局の日平均濃度、中国北京(アメリカ大使館)の年平均値を計算した(図1)。NASA Aura衛星搭載のOMIセンサ注3)のNO2 対流圏カラム濃度や、SO2カラム濃度観測をもとに、中国中央東部域 (Central East China; CEC: 110–123˚E, 30–40˚N) の年平均値 (2010–2019年)の変化を調べた(図1)。
   観測データ解析と平行して、ハーバード大学の研究グループが中心となって開発している化学輸送モデルGEOS Chemで詳細なソース・レセプター解析注4)(S/R解析)を行った。モデルは、詳細な化学反応過程を含む全球2˚×2.5˚度格子の計算結果を境界条件にし、アジア域を0.5˚ × 0.667˚ 度格子で計算した。S/R解析に加えて、NO2, SO2, PM2.5濃度への排出量感度を調べるために、人為起源排出量を100% 与えた標準計算 (CNTL)と中国全域のSO2, NOx 排出量を削減した感度計算(SO2を70%,40%とした感度計算S07, S04と、NOxを90%,80%とした感度計算N09, N08の組み合わせで計算)を行い、生成されるPM2.5粒子中の硫酸塩と硝酸塩の変化を調べた。
   PM2.5中の硝酸塩濃度は自動車排ガスなどの国内寄与汚染の影響を受けやすいので、国内汚染の影響の少ない長崎県福江島の国立環境研究所の観測サイトで計測された硫酸塩と硝酸塩の平均濃度(2−4月)を解析に利用した。
   感度解析の結果から、北京、黄海、東シナ海、福江島での2月から4月の硫酸塩と硝酸塩のモデル平均値は、SO2の減少で硫酸塩は減少するが、NO2の減少にもかかわらず硝酸塩は逆に増加していく様子が見える。この結果は、国立環境研究所の福江島での観測結果と整合している。これらの結果は、従来は硫酸アンモニウム(NH4)2SO4の形成に使われたアンモニアNH3が余剰となり, 硝酸アンモニウムNH4NO3の生成・越境輸送量が増加しPM2.5の化学組成の変化が生じていることを意味している。従来は硫酸塩がPM2.5の主要成分であったが、今後、硝酸塩の越境汚染の寄与が増加することが考えられる。衛星計測のNO2濃度は2017年以降増加しており、これは硝酸塩の越境汚染を加速する方向に働く。従って、越境輸送されるPM2.5の組成の変化の加速が懸念され、風下域に沈着するN/S成分の比が変化し、栄養成分が増加することで海海洋・陸上生態系への影響も危惧され、今後もPM2.5濃度とその成分組成の観測を継続する必要がある。

■論文

タイトル:Paradigm shift in aerosol chemical composition over regions downwind of China
著者  :Uno,I., Z. Wang, S. Itahashi, K. Yumimoto, Y. Yamamura, A. Yoshino, A. Takami,M.Hayasaki and B-G. Kim
掲載雑誌:Scientific Reports, 10, Article number 6450 (4月15日発行) (2020).

■用語解説

1)化学輸送モデルGEOS Chem
   米国ハーバード大学の研究グループが中心になって開発・公開している大気中の化学物質の発生・輸送・化学反応・沈着の諸過程を物理・化学法則に基づいて計算し、その挙動を解析することができる数値モデル。

2)そらまめ君
   環境省大気汚染物質広域監視システム(Atmospheric Environmental Regional Observation System : AEROS)の通称で、全国の大気汚染状況について、24時間情報を提供している。大気汚染測定結果(時間値)と 光化学オキシダント注意報・警報発令情報の最新1週間のデータを地図に表示・提供している。

3) Aura衛星搭載のOMIセンサ
   Ozone Monitoring Instrumentの略。2004年に打ち上げられた米国NASAの衛星Auraに搭載されているセンサ。オランダ、フィンランド、米国によって運用されている。NO2やSO2等の大気汚染物質の鉛直積算濃度(カラム濃度)を測定することができる。

4)ソース・レセプター解析
   特定の発生源(ソース)から排出された物質が、ある観測地点(レセプター)の環境濃度にどの程度の影響を与えるかを解析する手法。

■お問い合わせ先

<研究に関すること>

九州大学応用力学研究所 主幹教授 鵜野 伊津志(うの いつし)

国立研究開発法人国立環境研究所
地域環境研究センター センター長 高見 昭憲(たかみ あきのり)

<報道に関すること>

九州大学 広報室
E-mail:koho@jimu.kyushu-u.ac.jp

国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou0@nies.go.jp

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