オゾン層破壊物質の放出域特定に関する英科学雑誌「Nature」掲載論文について|2019年度|国立環境研究所
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2019年5月23日

報道解禁日:令和元年5月23日(木)2:00の表示
オゾン層破壊物質の放出域特定に関する
英科学雑誌「Nature」掲載論文について

(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配布)

令和元年5月21日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
環境計測研究センター
  主任研究員:斉藤 拓也
 

   英国ブリストル大学が率いる国際研究グループ(国立環境研究所を含む)は、オゾン層破壊をもたらすフロン「CFC-11」の放出量が2013年から中国東部で増加していることを大気観測データの解析から明らかにし、英科学雑誌「Nature」2019年5月23日版に掲載されることとなりました。
   国際的なフロンの規制により、CFC-11の放出は80年代後半から長く減少傾向にありましたが、2012年頃から増加に転じ、その原因となる未知の放出源の特定が急がれていました。本研究の結果、中国東部からの年間放出量は、2014-2017年に2008-2012年に比べて約7000トン増加しているものと推定され、その量は全球的な放出量増加のかなりの部分(少なくとも40~60%)を占めていました。この原因としては、2010年の全廃にもかかわらず、CFC-11が新たに製造・使用されている可能性が高いと考えられます。
   CFC-11の放出については、モントリオール議定書の枠組において、議定書の専門家パネルに対しCFC-11の放出状況や想定される発生源に関する調査・報告を行うこととされており、本研究成果が、議定書の枠組に基づく調査・検討の一助となることが期待されます。

1.背景

   トリクロロフルオロメタン(CFC-11)は、一般にフロンと呼ばれるクロロフルオロカーボン(CFC)の一種で、フロンの中でも特にオゾン層破壊への影響が大きい物質です。かつてCFC-11は断熱材用の発泡剤等として広く使われていましたが、オゾン層保護のためのモントリオール議定書(1989年発効)によってその生産は段階的に削減され、途上国も含めて2010年に全廃されました。
   この規制を反映して、大気中のCFC-11濃度は90年代後半から減少する傾向にありました。しかし、その減少スピードが2010年代に入ってから予想外に鈍化していることが先行研究によって明らかとなり、全廃後も継続する大気への放出がその原因であることが報告されました。その先行研究ではCFC-11の新規製造が東アジアのどこかで行われていることが示唆されましたが、これまで国や地域は特定されていませんでした。

2.本研究の概要

   本研究では、CFC-11が東アジアのどの地域でどの程度放出されているのかを明らかにするため、CFC-11の大気観測を実施している東アジア2地点のデータを使って大気輸送モデルによる放出量の解析を行いました。本研究の概要は以下のとおりです。

① 東アジアで観測されたCFC-11の大気中濃度の変動

東アジアでCFC-11を観測している韓国のGosanステーション(済州島)と日本の波照間ステーション(沖縄県・波照間島)では、CFC-11の濃度が高くなるイベントがしばしば観測されました(図1)。高濃度イベントの頻度と強度は2013年頃から特に韓国で高くなっていることから、その近傍でCFC-11が継続して放出されていることが示唆されました。こうした傾向は、世界的な観測ネットワークを展開しているAGAGE(Advanced Global Atmospheric Gases Experiment)プロジェクトによるヨーロッパ、北米、オーストラリア等の観測ステーションでは見られていません。

韓国のGosanステーション(済州島)と日本の波照間ステーション(沖縄県・波照間島)で観測された大気中のCFC-11濃度の変動の図
図1 韓国のGosanステーション(済州島)と日本の波照間ステーション(沖縄県・波照間島)で観測された大気中のCFC-11濃度の変動。

② CFC-11放出域の特定

続いて、日本と韓国の観測データを利用したCFC-11放出量の解析を行いました。この解析では、大気輸送モデルを使って大気観測データからその原因となる放出量の地域分布を推定する手法(逆計算法)を用いました。
   その結果、中国東部において2013年頃からCFC-11の放出量が上昇していることがわかりました(図2)。2014-2017年における中国東部からのCFC-11の年間放出量は、2008-2012年と比べて7.0 ± 3.0キロトン多く、その増加量は全球の放出量増加のかなりの部分(少なくとも40~60%)に相当すると推定されました。また、放出量の分布の変化から、放出量の増加は中国北東部に位置する山東省と河北省から主に生じていることがわかりました(図3)。本手法は西日本、韓国、北朝鮮、中国東部の4つの国・地域について放出量を推定できますが、中国東部以外の西日本、韓国、北朝鮮については放出量の有意な増加は認められませんでした。なお、世界におけるCFC-11の観測点は限られているため、観測網がカバーしていない地域(中国西部を含むアジアの他地域やアフリカ、南米等)が2012年以降の全球的なCFC-11の増加に関与している可能性については否定できません。

③ CFC-11放出源に関する考察

CFC-11は国際的に全廃されたため、CFC-11の主な放出源は全廃前に製造された断熱材や冷凍機(以下「CFC-11バンク」という。)からの漏出と考えられてきました。しかし、推定された放出量を中国のCFC-11バンクのサイズと比較したところ、中国東部のCFC-11バンクは今回の放出量を説明できるほど大きくなく、推定されるCFC-11バンクの分布も放出量の分布と異なることがわかりました。更に、中国のCFC-11バンクを過小に見積もっていた場合でも、バンクからの漏出率が2013年以降に急激に増加した可能性は低いと考えられます。
   こうした考察から、今回見つかった中国からの放出についてはCFC-11バンクからの漏出量の増加ではなく、国連環境計画UNEPに報告されていないCFC-11の新たな製造が原因である可能性が高いと考えられます。なお、中国では近年、CFC-11の製造に使われる四塩化炭素の放出量が増加しているとの報告例があり、今回のCFC-11の放出と関係している可能性があります。

大気観測データから推定されたCFC-11の年間放出量の図
図2 大気観測データから推定されたCFC-11の年間放出量(ギガグラム/年、あるいはキロトン/年)。上:AGAGE及びNOAA(米国海洋大気局)のデータから推定された全球の放出量、下:韓国と日本のデータから推定された中国東部からの放出量。中国東部の放出量推定には4種類の解析手法(NAME-HB, NAME-InTEM, FLEXPART-MIT, FLEXPART-Empa)を用いました。
推定されたCFC-11の放出量分布の図
図3 推定されたCFC-11の放出量分布。(a) 2008-2012年の平均放出量分布、(b) 2014-2017年の平均放出量分布、(c) 2008-2012年と2014-2017年の差。図中の▲と●はそれぞれ韓国と日本の観測地点の場所を示しています。

3.今後の展望

   CFC-11の放出については、モントリオール議定書の枠組において、昨年11月に行われた締約国会合において議論が行われ、議定書の専門家パネルに対しCFC-11の放出状況や想定される発生源に関する調査・報告を行うことを求める決定が採択されています。本研究成果が、議定書の枠組に基づく調査・検討の一助となることが期待されます。
   本研究のうち波照間島での大気観測は、国立環境研究所の地球温暖化研究プログラム及び低炭素研究プログラムの一環として実施されました。また、観測データの一部は環境省の地球保全等試験研究費の支援を受けて取得されました。

4.問い合わせ先

国立研究開発法人国立環境研究所 環境計測研究センター 主任研究員
   斉藤 拓也(さいとう たくや)
   電話:029-850-2859
   e-mail: saito.takuya(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

5.発表論文

<タイトル>
Increase in CFC-11 emissions from eastern China based on atmospheric observations
<著者>
M. Rigby, S. Park, T. Saito, L. M. Western, A. L. Redington, X. Fang, S. Henne, A. J. Manning, R. G. Prinn, G. S. Dutton, P. J. Fraser, A. L. Ganesan, B. D. Hall, C. M. Harth, J. Kim, K.-R. Kim, P. B. Krummel, T. Lee, S. Li, Q. Liang, M. F. Lunt, S. A. Montzka, J. Mühle, S. O’Doherty, M.-K. Park, S. Reimann, P. K. Salameh, P. Simmonds, R. L. Tunnicliffe, R. F. Weiss, Y. Yokouchi & D. Young
<雑誌>
Nature
<DOI>
10.1038/s41586-019-1193-4

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