中央アジア東部乾燥地帯の夏季降水量の変動を過去8500年間にわたって解明 〜シルクロードの東西文明交流における気候影響を初めて明らかに〜 (お知らせ)|2014年度|国立環境研究所
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2014年11月27日

中央アジア東部乾燥地帯の夏季降水量の変動を過去8500年間にわたって解明
~シルクロードの東西文明交流における気候影響を初めて明らかに~(お知らせ)

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、同時配付)

平成26年11月27日(木)
独立行政法人国立環境研究所
 環境計測研究センター
 上級主席研究員:柴田康行
 同位体・無機計測研究室
   主任研究員:内田昌男
 

   国立環境研究所、中国科学院地球化学研究所、フランスCEREGE研究所は、中央アジア新疆ウイグル自治区ウルムチ市近郊の泥炭堆積物の炭素安定同位体比の記録から、中央アジア東部乾燥地帯における夏季降水量を過去8500年間にわたり復元しました。その結果、中央アジア東部の夏季降水量は、東アジア夏季モンスーンと連動して変化しており、東アジア夏季モンスーンが、この地域への水蒸気輸送において重要な役割を果たしていることがわかりました。
   加えて、中央アジア東部乾燥地帯では、8500年前から現在まで何度かの急激な湿潤化した時代を経つつ、現在まで一貫して湿潤化傾向を有していることがわかりました。特に、産業革命以降の変動が極めて大きく顕著であり、この時期の大気中CO2濃度の上昇傾向とも調和的な変動を示していたことから、今後、温暖化が続いた場合、この地域では、降水量が増加し、湿潤化傾向がいっそう促進される可能性を示しています。また、北大西洋の気候変動が大気循環を介して、東アジア夏季モンスーン変動と連動し、最終的には中央アジアの気候システムにも影響(テレコネクション注1)していたことがわかりました。
   これまで完新世注2の中央アジア東部乾燥地域における降水量変動に関する歴史的な知見は、ほとんど報告例がないことから、本研究は、アジア乾燥地域における将来の気候変動影響を予測するための重要な知見を提供するものといえます。
 

(注1) 数千キロ以上離れた複数の場所における大気循環の状態が相関をもって振る舞い変化すること。遠隔結合ともいう。南方振動、エルニーニョ、北極振動など。たとえば南方振動やエルニーニョでは、南太平洋の東部と西部において、気圧や海面水温の変動をともない、一方が高くなると、もう一方が低くなるといった相関がみられました。

(注2) 完新世:地質時代区分の一つで、グリーンランドのNorth GRIP氷床コアにおけるヤンガー・ドリアス期が終わって温暖になり始める時である11700年前 (AD2000から暦年スケールで遡及した年数)から現在までをさす。 (2008年国際地質科学連合(IUGS)批准、Walker et al., 2009).

1.背景

 中央アジアは、ユーラシア大陸の内陸に位置し、西はカスピ海、東は天山山脈に囲まれた地域をさします。特に、パミール高原の東側は、ゴビ砂漠、黄土地帯を含む世界でも屈指の広大な乾燥地帯を有しています。いわゆるシルクロードを中心とした東西文明の要となる重要な要衝を占め、古代ギリシャ・ローマの記録によると、少なくとも紀元前6世紀には、アケメネス朝ペルシャに属していたことがわかっています。このような歴史的発展の中で中央アジアは重要な位置を占めてきました。現在、中央アジアの気候は、主に偏西風帯に属し、局所的にインド夏季モンスーン、東アジア夏季モンスーンなどの季節風が複雑に影響し、それらの相対的な影響の度合いについては十分な理解に至っていません。

 モンスーンは、アフリカ東岸からインド洋を経て東アジアまでの約1万kmに渡って、高温多湿な空気の流れを形成しています。そのうちモンスーン・アジアでは、1年のある時期を境に、雨期・乾季に代表されるようにその気候が急激に変化することから、農業を中心として、それらの地域への影響ははかりしれません。中でも中央アジア東部は、タクラマカン砂漠に代表されるように大部分が乾燥地帯やステップ気候帯からなり、年降水量は250mmにも満たず、そのうち65%が夏季に集中します。しかしながら、この地域における偏西風、モンスーン強度の相互関係並びにその気候ダイナミクスに関する歴史的変化の実態は解明されていません。降水量の変動は、地域の農業生産や水循環に大きな影響を与えるため、将来の気候変動による環境変化(特に湿潤・乾燥化)に高い関心が向けられています。

 中央アジアにおける過去のモンスーン変動を解明することは、これらの地域が、将来の気候変動(温暖化)によりどのような環境影響を受けるかを予測するための重要な知見を提供するものといえます。

2.解析方法等

 本研究は、新疆ウイグル自治区、ウルムチ市の南東45kmに位置するチャイオプ湿原(Chaiwobu peatland)から取り出した泥炭コア(コア長が長さ2.6m)を用いて行われました。チャイオプ湿原は、天山山脈東部の地溝帯に位置し、広さ3300 hm2になり、ウルムチ市の年平均気温は、6.5度、降水量は250mmになります。また、全体の降水量の内の65%が夏季降水量からなります。分析は、泥炭に残った植物(カヤツリグサ科およびイネ科)の残渣からセルロースを抽出し、セルロースの炭素安定同位体比から、過去の降水量(湿潤)の復元を行いました。

図1.泥炭コアが採取された地点(▲:チャイオプ湿原)
(出典:Hong et al(2014), Scientific Reports).
図2 泥炭コアの年代測定結果(縦軸:コアの深度(cm)、横軸:暦年代(年))
(出典:Hong et al(2014), Scientific Reports)

 本研究では、炭素安定同位体比注3を用いて中央アジア乾燥地帯の夏季降水量の復元を試みました。また、堆積物の年代は、炭素安定同位体比と同様にセルロースについて、国立環境研究所の加速器質量分析計により放射性炭素注4を計測し、最終的に暦年代の決定を行いました。年代測定に用いた試料は、合計19点、堆積物1試料(1cm分割)あたりの時間分解能は、平均33年となりました。

(注3) 炭素には、安定同位体として12C, 13Cが存在し、それぞれの自然存在比は12Cが98.894%、13Cが1.106%です。試料に含まれるそれぞれの安定同位体量の違いを表す場合、炭素安定同位体比(δ13C)という指標を用います。これは、試料に含まれる12Cに対する13Cの存在割合について、標準試料のそれとどれくらいずれているかを示します。その差は、極めて小さいため、単位としては千分率(パーミル)を用いて表します。

(注4) 放射性炭素は、半減期約5000年の放射性核種であり、およそ5万年までの年代測定に利用されています。セルロースの放射性炭素年代測定は、1996年に国立環境研究所に設置された5MVタンデム加速器質量分析計(施設名:NIES-TERRA)を用いて行われました。

3.結果と考察

 中央アジアの気候区分は未だその区分が曖昧ですが、主な区分けとしては、偏西風帯、インド夏季モンスーン帯、東アジアモンスーン帯となっています。本研究が行われた中央アジア東部乾燥地帯のウルムチ市郊外のチャイオプ湿原は、偏西風帯に属します。中央アジア東部の夏季降水量は主に偏西風による水分輸送に支配されています。偏西風と東アジア夏季モンスーンの水蒸気塊の中心は、偏西風では500hPa面(高度約5500m)より上層、東アジア夏季モンスーンでは800hPa(高度約2000m)より下層とそれぞれ異なっています。最近の研究から、現在、偏西風の影響下にある地域においても、偏西風帯とアジアモンスーンの相対的強度の変動にともなう南北移動によって、夏季降水量の変動がおきる可能性が指摘されています。たとえば、中国北部やモンゴルの湖沼地帯の最終退氷期(1万8千年前から11700年前)に相当する古環境記録から報告されています。一方で、軌道要素の変動に代表される気候変動記録からは、中央アジアの水循環(乾湿)が、アジアモンスーン地域のそれと逆位相である可能性指摘されていますが、それらの記録は十分な時間分解能を持ったものではないため、その変動実態やメカニズムについては未解明でした。

 図3cは、チャイオプ湿原で採取された8500年前から現在までの泥炭セルロースの炭素安定同位体比です。この変動は、夏季降水量の増減を表し、値が高い場合には高い降水量、低い場合にはその逆を表します。夏季降水量は、途中で何度かの急激な変動を挟み、一貫して増加傾向を持っていることがわかります。すなわち、中央アジア乾燥地帯の湿潤化が進んでいることを示しています。この地域の水蒸気供給源は、偏西風に支配されていると考えられていましたが、この期間、偏西風およびインド夏季モンスーンの目立った増加は見られませんでした(図3f、図3e)。それに対して、中国北東部からの炭素安定同位体記録から復元された東アジア夏季モンスーンの記録からは、中央アジアにおける湿潤化傾向と同調的な変動をしていることがわかりました(図3d)。以上から、中央アジアの湿潤化は、東アジアモンスーンの影響を受けたものと考えられます。

 図3cをさらによく見ると、千年の時間スケールで同位体比は変動しており、同位体比の高い時期には、降水量が他の時代よりも顕著に増加しています。その高い降水量が見られた時代は、およそ1000年もの期間にわたって続いていました。中でも4500年前の湿潤化による環境の変化は、当時の文明の勃興においてきわめて有益な影響をもたらしていたことが予想されます。これを裏付ける証拠が、現在、考古学資料(チャイオプ湿原からおよそ100kmに位置するタクラマカン砂漠に残る墓地遺跡など)として残されています。これらは、当時の湿潤な環境が、シルクロードを中心とした東西文化交流の促進に大いに貢献していたことを示すものです。さらに、中央アジアと遠く北大西洋域の気候変動をつなぐテレコネクションがあったことがわかりました。すなわち中央アジアで降水量が増加した時期に、北大西洋では寒冷化(ボンドサイクル)が起きていたことを示しています(図3a)。一方でこのようなテレコネクションが成立していたときには、インド夏季モンスーンは弱化(乾燥化)し、東アジア夏季モンスーンが強化(湿潤化)される特徴を有していました。

図3.過去8500年間の降水量、気温を表した各種指標データの結果:a; 北大西洋の寒暖の変化(堆積物中鉱物粒子の含有率、割合が高い程、海氷の存在量が高く、寒冷だったことを示す)、b; 気温変動(酸素安定同位体比)、c;中央アジアにおける夏季降水量(炭素安定同位体比)、d; 東アジアモンスーン強度(炭素安定同位体比)、e; インド夏季モンスーン強度(炭素安定同位体比)、f; 偏西風強度を示す。
図中の灰色のハッチ部分は、北大西洋、中央アジア夏季降水量、東アジアモンスーン・インド夏季モンスーン変動の連動を示す。
(出典:Hong et al(2014), Scientific Reports)

 以上のことから、ミレニアムスケールでの中央アジアの湿潤化には、東アジア夏季モンスーンの変動がきわめて重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。本研究は、北大西洋の気候変動が大気循環を介して、東アジア夏季モンスーン変動と連動し、最終的には中央アジアの気候システムにも影響(テレコネクション)していたことを示す初めての成果となります。このような知見は、気候モデルの開発においては、非線形なメカニズムの存在を考慮する必要があることを示唆するものといえます。

 東アジア夏季モンスーンとインド夏季モンスーンの変動の原因は何だったのか、地球の軌道要素と関連する赤道上の太陽日射量の変動を解析したところ、東アジア夏季モンスーンの強化には、熱帯収束帯注5の南方への移動が関与し、さらにその変動にはエルニーニョ・南方振動(ENSO)注6が関与している可能性が考えられました。過去8500年間について大きく2つのモードが存在していました。一つは、8500-5000年の間に見られる、ラニーニャ現象が卓越した時代、一方5000年以降、エルニーニョ現象が卓越した時代です。エルニーニョ現象の際の二つのアジアモンスーンの挙動は、互いに逆位相のモードを形成しており、これは東アジア夏季モンスーンが強化され、インド夏季モンスーンは弱化していたことを示しています。

 図4は、西暦900年から西暦2000年までの大気中CO2濃度(a)、北半球の気温アノマリー(b)、中央アジア夏季降水量の指標(c, 炭素安定同位体比)を示しています。図中の灰色のハッチは、中世温暖期(MCA)、小氷河期(LIA)、産業革命以降の200年間(IE)を示しています。図を見ると産業革命がおこった西暦1800年から現在までの間、過去8500年間ではみられなかった規模で夏季降水量の増加があったことがわかります。この期間は、大気CO2濃度の上昇と北半球における気温上昇ときわめて同期した変動となっています。今後、温暖化が続く場合、この地域の降水量の増加を促し、湿潤化傾向がいっそう促進される可能性を示しています。

 最後に、産業革命以降の200年間の降水量の増加傾向は、大気中CO2濃度の増加と強い相関を持っており、今後もこの傾向が続いた場合には、広範囲の乾燥地帯を有する中央アジアにおいてさらなる降水量の増加が懸念されます。現在植生がまばらな地域なだけに、洪水等の災害などの発生が強く懸念されることから、地域の水害対策も含めたインフラ整備など長期的な防災計画の立案が必要とされます。

 なお、この成果は、6月13日、ネイチャー・パブリッシング・グループ発行の「Scientific Reports誌」に掲載されました。

(注5) 熱帯収束帯:赤道付近に形成される低気圧帯。平年以上に熱帯収束帯に覆われると多雨になる一方、熱帯収束帯に覆われないと少雨続きで旱魃になる傾向が特徴。

(注6)エルニーニョ・南方振動(ENSO):南太平洋東部とインドネシア付近の大気—海洋間で見られる一連の気圧、海水温の変動現象、大気側では、インドネシア付近と南太平洋東部で海面の気圧がシーソーのように連動して変化し、海洋側では 赤道太平洋の海面水温や海流などが変動し、数か月 - 数十か月の持続期間を持つ。

図4.西暦900年から西暦2000年までの大気中CO2濃度(a)、北半球の気温アノマリー(b)、中央アジア夏季降水量の指標(c, 炭素安定同位体比)、図中の灰色のハッチは、中世温暖期(MCA)、小氷河期(LIA)、産業革命以降の200年間(IE)を示す。
(出典:Hong et al(2014), Scientific Reports)

4.発表論文

Bing Hong, Françoise Gasse, Masao Uchida, Yetang Hong, Xuetian Leng, Yasuyuki Shibata, Ning An, Yongxuan Zhu & Yu Wang (2014) Increasing summer rainfall in arid eastern-Central Asia over the past 8500 years. SCIENTIFIC REPORTS | 4 : 5279 | DOI: 10.1038/srep05279

5.問い合わせ先

独立行政法人国立環境研究所 環境計測研究センター 同位体・無機計測研究室
主任研究員:内田昌男 TEL: 029-850-2877

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