パリ協定と今後の温暖化対策
特集 パリ協定とその先を見据えて
【環境問題基礎知識】
久保田 泉
1.はじめに
2015年12月12日、気候変動枠組条約第21回締約国会議(以下、COP21)において、パリ協定が採択されました。パリ協定は、国際レベルの温暖化対策をこれまでとは変える、歴史的な合意であると評価されています。この記事では、パリ協定はどのような合意で、なぜ重要なのか、そして、パリ協定採択後の課題について解説します。
2.パリ協定とはどのような国際合意なのか
パリ協定がどのような構造を持った国際合意なのかを説明します(図)。
(1) 長期目標の設定
パリ協定という法的拘束力のある国際条約の中で、「産業革命前からの地球平均気温上昇を、2℃よりも十分低く抑えること」が目的として掲げられています。さらに、気温上昇を1.5℃未満に抑えることも視野に入れて努力することを明記しています。
そして、排出削減については、「今世紀後半に、人為起源の温室効果ガス排出と(人為起源の)吸収量とのバランスを達成するよう、世界の排出ピークをできるだけ早期に迎え、最新の科学に従って急激に削減する」、すなわち、「人為起源の温室効果ガス排出を正味でゼロにする」ことを、適応については、「適応能力を拡充し、レジリエンス(温暖化した世界に合わせることができるしなやかさ)を強化し、脆弱性(温暖化影響に対する弱さ)を低減させる」ことを、それぞれ長期目標として設定しています。
(2) すべての国による長期目標の実現に向けた温暖化対策
これまでは、先進国と途上国との間で、義務的な温室効果ガス排出削減目標を持つか持たないか、もしくは、削減目標を絶対量で決めなければならないか、または、相対量の削減でもよいかについて、明確な差が設けられていました。パリ協定では、先進国か途上国かを問わず、すべての国が、長期目標の実現を目指して、自ら設定した目標の達成に向けて、温暖化対策を行っていくことになりました。
(3) 各国における温暖化対策の強化、資金・技術支援の強化
パリ協定を締結するすべての国は、温暖化対策に関する目標を5年ごとに設定・提出し、その達成に向けて努力することになりました。この目標の設定・提出、目標の達成に向けた努力は、パリ協定を締結するすべての国の義務ですが、京都議定書とは異なり、目標の達成そのものは義務ではありません。そして、各国は、前の期よりも進展させた目標を提出することになっています。また、各国が行った温暖化対策に関する情報のまとめとチェック(モニタリング・報告・検証)についても、すべての国が共通の枠組みの下に実施することになっています。
加えて、これまでは、先進国だけが、途上国に対して温暖化対策に必要な資金や技術などの支援を行うことになっていましたが、パリ協定では、先進国に加えて、能力のある国も、これらの支援を行うことになりました。
(4) 国際社会全体で温暖化対策を着実に進めるための仕組み
国際社会全体で、長期目標達成のために必要な温暖化対策が進めることができているかを5年ごとにチェックしていくことになりました。この仕組みを、グローバル・ストックテイクと言います。第1回グローバル・ストックテイクは2023年に開催されることになっています。
また、先進国は、途上国に資金支援をする責任を持っていることが改めて規定されました。そして、その他の国(新興国を想定)に対しても途上国に資金を提供することが奨励されました。また、2020年以降、温暖化対策支援のための資金を世界中からどれくらい集める目標にするかに注目が集まっていましたが、当面は、年間1,000億ドルという現在の目標を維持することになりました。2025年までに、現在の目標を上回る新しい目標を決めることになっています。
3.パリ協定の課題と今後の温暖化対策
パリ協定の採択は、国際レベルの温暖化対策の転換点となる大きな成果ですが、採択されただけで、めでたし、めでたしということにはなりません。パリ協定は、今世紀末までに世界全体でどの水準を目指して温暖化対策をとるのかと、そのための仕組みの大枠を示したに過ぎませんし、COP21では調整がつかずに、今後、パリ協定の発効までの交渉に委ねられた項目も少なくありません。つまり、パリ協定が実効性あるものになるのか、そして、長期目標の達成が実現できるのかは、今後の詳細ルール策定交渉と各国がとる温暖化対策次第です。
まずは、パリ協定が国際条約としての効力を持つようになることが必要です。このためには、55か国以上の国がパリ協定を締結し、かつ、締結した国の温室効果ガス排出量が、世界全体の排出量の55%以上となる必要があります。
2020年まで、そして、2030年に向けて、世界全体の温暖化対策のレベルの引き上げをどのように実現させていくかという大きな問題があります。現在、各国が提出している温暖化対策の目標を足し合わせても、2℃目標の達成にはほど遠いことがわかっているからです。
2016年5月、パリ協定の詳細ルールについて議論する初めての特別作業部会がボン(ドイツ)で開かれました。会合は、パリ協定を採択できて本当によかった、とか、パリ協定が早く発効することを待ち望む、といった各国のコメントが多数聞かれ、前向きな雰囲気の中で開幕しましたが、排出削減策に関する議論をとにかく進めたい先進国と、排出削減策に関する議論だけが進むことを警戒し、適応策や資金・技術支援に関する議論も同時に進めたい途上国との間での対立が見られ、今回何を議論するのかを決めるのに、2週間の会期のうち、1週間も費やしてしまうなど、これからの交渉の難しさも感じました。
今後、議論が進められていく重要な課題のひとつが、グローバル・ストックテイクをどのような仕組みにするかです。これまでの温暖化に関する国際制度の下では、世界全体の温暖化対策が長期目標の達成に十分なものか、足りないとしたらどれくらい足りないのかをチェックするということはあまり行われてきていません。また、既に述べたように、温暖化対策に関する目標を設定し、その達成に向けて努力することはパリ協定を締結した国の義務ですが、目標達成そのものは義務ではありません。これは「義務でないのなら何もやらなくていい」ということではもちろんありません。目標を達成できたかどうかという結果だけを示すのではなく、ある国がどれだけ目標達成に向けて頑張ったかを示す必要が出てくることを意味します。
4.おわりに
これまでに述べた通り、パリ協定は、国際社会が長期的に温暖化問題に真摯に取り組む、すなわち、世界は化石燃料への依存から脱却していく、という産業界や市民社会に対する強いメッセージを含む、とても重要な国際条約です。
パリ協定は、世界中の多くの人の尽力によって生み出されました。私は、法政策分野の研究者の一人として、パリ協定がこれからどのように育っていくか、成長過程を見守ると共に、その成長に少しでも寄与できるような研究を進めていきます。
執筆者プロフィール:
日本国内・国外を問わず、旅行をするのが好きです。街を歩いたり、その土地のものを食べたりと、いつもと違う雰囲気を感じるのが楽しいのです。2016年は、石見銀山(島根県)とナンタケット島(米国)を訪れました。