世界の水資源のコンピュータシミュレーション (2010年度 29巻3号)|国環研ニュース 29巻|国立環境研究所
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世界の水資源のコンピュータシミュレーション

【研究ノート】

花崎 直太

はじめに

 人間にとって、水は生存、生活、生産に不可欠です。世界の水利用量は、主に灌漑(かんがい:田畑に水を引いてそそぎ、土地をうるおすこと)の普及によって、20世紀中ごろから急増しました。そして、人口の増加や経済の発展によって、少なくとも21世紀中ごろまで、水利用量の増加が続くと予測されています。さらに、地球温暖化によって、雨や雪の降り方が変わったり、雪融けが早まったり、一部の地域では乾燥化が進んだりすると予測されています。この結果、既に世界の各地に現れている水不足の問題が、より深刻になるのではないかと懸念されています。

 これらを背景に、世界全体を対象として、現在から将来にわたって、人間が水を持続的に利用できるのかを評価する研究が数多く行われてきました。人間が持続的に利用できる水として、雨や雪を思い浮かべる方が多いと思います。しかし、雨や雪はいったん地面に浸みこんだ後、かなりの量が蒸発します。よって、一般的に、蒸発せずに川に流れ出した水、つまり河川流量が、人間の利用できる水とみなされます。これまでの研究は、主に観測データに基づいて、年間の水利用量が年間の河川流量に対して多い地域、あるいは、年間の河川流量が人口に対して少ない地域を探し出し、水逼迫地域として警告してきました。

これまでの研究の問題

 これまでの研究には二つの問題がありました。第一に、年間の河川流量や水利用量を研究対象にし、河川流量や水利用量の季節変化を無視していたことです。世界の多くの地域には雨期と乾期があります。年間の河川流量を利用した評価では、雨期と乾期に見られる河川流量の違いをならしてしまうため、雨期の洪水、乾期の渇水の問題を見過ごしてしまう問題がありました。第二に、自然の水循環と人間の水利用の関わり合いを十分に考慮していなかったことです。例えば、川の上流に大きなダムをつくれば、雨期の水を貯めて、乾期に使うことができます。また、川の上流で大量に取水すれば、下流の河川流量が減少します。こういった自然と人間の関わり合いは水資源を評価する上でとても重要なことなのですが、これまでの研究では無視されるか、抽象的に扱われていました。研究者たちもこうした問題を理解していましたが、河川流量や水利用量の観測データが不足しており、考慮することができなかったのです。

筆者の研究のアプローチ

 観測データが不足する場合、研究者たちはそれを何とか推定しようとします。筆者は、コンピュータシミュレーション(コンピュータを使った計算)で推定する方法に取り組んできました。

 筆者が研究を始めた2001年前後、世界全体をカバーする気象や地理のデジタルメッシュデータが次々に発表されました。これらのデータは、地球の表面を100km×100km程度の格子(メッシュ)に区切り、それぞれの格子の気象や地理を、コンピュータの処理しやすい形式(デジタル)で記録していました。気象データは過去数十年にわたって、6時間毎の気象の変化を記録したものでした。

 例えば、河川流量は、雨や雪、気温や湿度といった気象データと地形の勾配といった地理データから理論的に推定できます。よって、気象や地理のデジタルメッシュデータを利用して、世界の河川流量や水利用量がコンピュータシミュレーションで推定できれば、観測データの不足を補うことができ、これまでの研究の問題も解決できると考えました。

 そのためには、次の三つの性能を満たす世界の水資源に関するコンピュータプログラム(以降、慣例に従ってモデルと呼ぶ)が必要でした。第一に季節性を扱えるように、日単位で計算ができること。第二に自然の水循環と人間の水利用の主要な要素と、それらの関わり合いを扱えること。第三に水循環と水利用の地理的な多様性を表現できること。こうした全球水資源モデルは当時存在せず、筆者は手探りで開発を続けてきました。

研究1:ダム操作モデル

 筆者が最初に取り組んだのはダム操作モデルの開発でした。世界には現在、約45000基のダムがあり、その総貯水容量は世界の年間の河川流量の約2割にも相当します。しかし、筆者が研究を始めた頃、ダム操作を扱うことのできる全球河川モデルがありませんでした。その理由は、a.世界のダムの地理データ(どこにどのダムがあるかなど)が整備されていなかったこと、b.モデルの開発と検証(モデルが正しく動いているか確認する作業)に必要なダムの操作記録(いつ、どれだけ水を貯め、放流したかなど)が手に入りにくいこと、c.海外の大きなダムの場合、日本の多くのダムとは異なり、ダムの操作方法が毎年変わるため、コンピュータプログラムを作るのが難しかったことでした。

 筆者はまず世界のダムの地理データと操作記録を集められるだけ集め、整理しました。そして世界のダムに共通する操作の特徴を見つけ、ダム操作モデルを開発しました。このダム操作モデルと既存の全球河川モデルを組み合わせてシミュレーションを行うことにより、ダム操作によって世界の川の流れ方がどれくらい変わるか推定しました。

 図1は筆者がデータを整備した世界の主要な452の貯水池の分布を示しています。ダムは多くの場合、雨期や融雪期に水を貯めます。このため、ダムがあると、ダムがない場合に比べて、雨期には海に到達する川の水が減ります。図2はダム操作により海に流れ込む月単位の河川流量が最大でどれくらい減少しているかを推定した結果で、地域によっては、最大30%程度減少していることが示されました。このようにダム操作を含む全球の河川流量シミュレーションを世界で初めて実施しました。

ダムの分布図
図1 ダム操作モデルが扱う世界のダムの分布
推定図
図2 ダム操作による世界の河川流量への影響の推定
 1987年の月単位の河川流量が、ダムが水を貯めたり、放流したりすることによって、最大でどれくらい変化しているかを推定した。この図は河川流量が最も減少した月の変化割合を示している(注 : ダムが放流することによって、流量が増える月もある)。

研究2:全球水資源モデルの開発

 筆者が次に取り組んだのが全球水資源モデルH08の開発です。H08は図3の模式図が示すように、(1)気象データから川に流れ出す水の量を計算する陸面サブモデル、(2)河川流量を計算する河川サブモデル、(3)河川の生態系のために川に常に流しておくべき水の流れを計算する環境用水サブモデル、(4)農業・工業・生活用水の取水を扱う取水サブモデル、(5)世界の田畑で、いつからいつまで農業が行われているかを推定する作物成長サブモデル、(6)世界の主要なダムを操作するダム操作サブモデルからなります。ダム操作サブモデル以外は、それぞれ開発された例があったのですが、それらを一体的に動かせるモデルはありませんでした(ちなみに、現在でもこれくらいの数の要素を一体的に動かせるモデルは世界に他に3つしかありません)。その理由は、a.大規模なソースコード(コンピュータへの命令文)を連携させるのに、技術と手間が必要なこと、b.それぞれの要素をどの順番で、どのように組み合わせるべきか見当もつかなかったこと、c.そもそも人間の水利用に関するモデルの研究例が少なかったことにありました。

模式図
図3 全球水資源モデルH08の模式図

 筆者は既にあったモデルのソースコードを利用せず、全てを白紙から独自に開発しました。開発には非常に時間がかかりましたが、ソースコードを全て一人で開発したことにより、一貫性を持って全ての要素を結合することができました。4年を超える開発期間中は試行錯誤を続け、要素間の連携を実現し、水利用に関するサブモデルを完成させていきました。こうして日単位で農業・工業・生活用水の需要を推定し、取水やダム操作、環境用水を考慮しつつ、世界の河川流量をシミュレーションできるモデルが完成しました。

 このH08の特性を活かした、新しい水逼迫評価を紹介します。これまでの研究は「年間の水利用量が年間の河川流量に対して多いか」しか示すことができませんでした。このため、砂漠のような河川流量が小さい地域が水逼迫地域と評価されていました。図4はH08を利用したコンピュータシミュレーションの結果で、「1年間を通して、使いたい時に使いたい量の水が河川から取れるか」を示したものです。H08を使うことにより、年間の河川流量は多いものの雨期と乾期が明瞭で、乾期に渇水問題を抱える、南アジア・東南アジアやアフリカのサヘル地域(サハラ砂漠の南の縁)なども、水逼迫地域と示されるようになりました。

地図
図4 日単位で推計した計算期間中の水需要量に対する河川からの取水量の割合
 1は計算期間中、日単位の水需要が河川からの取水で完全に満たされることを、0は全く満たされないことを示す。赤くなっているところがこの割合の低い水逼迫地域である(注 : サハラ砂漠(アフリカの北部)やオーストラリア中央部、シベリア(ユーラシア大陸の北東部)、グリーンランドなどは人口が少なく、水の需要がほとんどないため白(完全に満たされる)と示されている)。

研究3:水源を考慮した世界の仮想水輸出入の推定

 農畜産物を生産するには多くの水が必要です。このため、農畜産物を海外から輸入すれば、間接的に、自国の水利用を抑えることができます。このことを仮想水(バーチャルウォーター)の輸入と言います。これまでにも仮想水の輸出入量を推定する研究が行われてきましたが、その水源、つまり農畜産物を生産するのに海外でどのような水が利用されたか、については議論されていませんでした。ここで、雨を利用して農畜産物が生産されている場合は、水資源の観点からは輸出国の負荷が小さいのですが、川の水や地下水を利用して農畜産物が生産されている場合は負荷が大きく、水の総量だけでは仮想水を議論することができません。そこで、全球水資源モデルH08を活用してこの問題に取り組みました。農産物の仮想水の輸出量を求めるには、次の式を使います。

仮想水の輸出量=
  田畑で消費される水の量[kg/ha]
----------------------------
農産物の収穫量[kg/ha]
× 農作物の輸出量[kg] 

 ここで、世界各国の農産物の収穫量、および、どの国からどの国に農作物が輸出されたかは、統計データが利用できます。しかし、田畑で消費される水の量が分からないので、H08を使って推定しました。まず、H08の作物成長サブモデルを使って世界各地の農作物の栽培期間を推定しました。次に陸面サブモデルを使って田畑からの蒸発量を推定し、農作物の生産に必要な水の量としました。例えば、日本で大豆が育つには、栽培期間中、田畑から約400mm程度の水を蒸発させなければなりません。ここでH08を改良することにより、蒸発に使われた水が雨・川・ダム・持続可能性の低い水(地下水の過剰汲み上げが代表的な例)のうち、どれが使われたか分かるようにしました。こうして得られた、仮想水全体の輸出量のフローを示したのが図5、環境負荷の高い、持続可能性の低い水のフローを示したのが図6です。例えば北米から東アジアに輸出されている仮想水は年間63.5 km3で、日本の年間の農業用水54.7km3を上回り、そのうち約4%が持続可能性の低い水であると推定されました。このように世界で初めて、仮想水を4つの水源別に推定することができるようになりました。

フロー図
図5 仮想水の輸出フロー (全体) 〔単位はkm3/年〕
フロー図
図6 仮想水の輸出フロー (持続可能性の低い水) 〔単位はkm3/年〕

おわりに

 この文章では、全球水資源モデルH08を使った世界の水循環・水利用のシミュレーションを紹介しました。水は人間にとって不可欠ですが、特に世界全体に関して言うと、観測データが非常に不足しています。筆者はコンピュータシミュレーションを駆使することで、データ不足を補い、世界の水資源に関する理解を深めようとしています。

 モデルを使ったコンピュータシミュレーションは有用ですが、現在の技術では少なからず誤差が発生します。全球水資源モデルH08の改良は今後も継続しなければなりません。また、なにより、地球の大切な水の観測を強化していくことが重要です。

 

(はなさき なおた、社会環境システム研究領域統合評価研究室)

執筆者プロフィール

筆者の花崎直太の写真

 今回紹介した水資源モデルH08のソースコードですが、昨年から今年にかけて、全て書きなおしました。この結果、読みやすく、計算効率のよいものになりました。近いうちに、この新しいソースコードを公開する予定です。世界中の研究者にH08を使ってもらうのが夢です。