将来の気候変動による乾燥化がアマゾン熱帯雨林からの
炭素損失をもたらす:予測の不確実性を減らすことに成功
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会、大学記者会(東京大学)同時配付)
この分析によると、21世紀末までに予測される気候変動によって、大規模な大気循環の変化が生じ、アマゾン熱帯雨林の降水量が減少することで、より乾燥・高温となり森林の光合成による炭素吸収量の減少とともに、呼吸量の増加による炭素排出を増加させる可能性も示しています。一方で、過去の気候変動の観測値との比較から、このような変化を過大評価する数値モデルもあることも分かりました。
本研究の成果は、2024年9月19日18時(日本時間)付でSpringer Natureから刊行される国際学術誌『Nature Communications』にオンライン掲載されます。
1. 研究の背景と目的
「地球の肺」とも呼ばれるアマゾンは、世界最大の熱帯雨林であり、その膨大な炭素貯蔵量により、地球の気候システムにおいて重要な役割を果たしています(図1)。現在のアマゾン熱帯雨林は年間を通して気温と湿度が高い特徴がありますが、今後気候変動が続くと、より頻繁に深刻な干ばつや猛暑の脅威が生じる可能性があります。将来の気候変動によってアマゾン熱帯雨林がどのように変化するかについては理解が進んでおらず、地球システムモデル(注1)による予測には大きな不確実性が存在します。この研究では、気候変動によってアマゾン熱帯雨林の炭素循環が変化するメカニズムについて調べ、炭素循環予測の不確実性を減らす(将来予測の幅を狭める)ことを目的としました。
2. 研究手法
当研究グループは、IPCC第6次評価報告書に貢献した第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6: Coupled Model Intercomparison Project Phase 6)に参加した複数モデルのシミュレーション結果を利用しました。CMIP6では、世界の気候研究機関が開発した最新の地球システムモデルが利用されています。この研究では、過去再現実験(1850年から2014年までの温室効果ガス濃度変化などをモデルに与えた実験)と将来予測シナリオ実験(2100年までの温室効果ガス濃度変化などの予測値をモデルに与えた実験)の分析を行いました。
将来の温室効果ガス濃度の上昇によって、世界平均気温は上昇すると予測されますが、最新の地球システムモデルにおいても、温室効果ガス濃度上昇に対する気温や降水量の将来予測には、大きな幅がある(予測に大きな不確実性がある)ことが、気候変動対策を行う上で問題となっています。この問題に関連して先行研究(参考1)では、「過去数十年間に観測された温暖化傾向を過大評価するモデルは、将来の気温・降水量の変化を過大評価する傾向があること」を明らかにしています。つまり、この先行研究は「過去の気温上昇を過大評価するモデルは、降水量の将来予測の信頼性は低い」ことと「過去の気温上昇を再現できるモデルは、降水量の将来予測の信頼性は高い」ことを分析していました。当研究グループの今回の研究では、1) 将来の気候変動がアマゾン熱帯雨林に与える変化のメカニズムについて調べるとともに、2) 上記の先行研究による知見を活用し、モデルによる過去の気温上昇の再現性と、将来のアマゾン熱帯雨林の炭素循環の関係を調べることにより、将来予測の幅を減らす(予測不確実性を減らす)ことを目指した分析を行いました。
3. 研究結果と考察
地球システムモデルによる将来予測を分析することにより、「将来の気候変動によってアマゾン熱帯雨林において降水量が減少し、乾燥化が生じることによって、植物による二酸化炭素の吸収量が低下する」ことがわかりました(注2)。このようなアマゾン熱帯雨林の炭素循環の変化のメカニズムを、図2に示します。今後、気候変動が進行すると、低緯度域よりも高緯度域で相対的に気温上昇が大きくなると予測されます (「極域温暖化増幅」:参考2)。現在、熱帯の大西洋上には、上昇気流が起こることで降水量が非常に多い「熱帯収束帯」 があり、熱帯収束帯の存在によって、アマゾンは高温多湿が保たれ、熱帯雨林が存在しています。ところが気候変動が進行すると、極域増幅の影響によって、熱帯収束帯が北向きに移動することになり、アマゾン熱帯雨林での降水量が減少し、乾燥化が進むことになるのです。熱帯収束帯が北向きに移動し、アマゾンが乾燥化することにより、熱帯雨林での光合成量(植物による二酸化炭素の吸収量)が減少すると同時に、気温上昇によって森林の呼吸量(二酸化炭素の排出量)が増加すると予測されます。干ばつや火災のリスク増加と相まって、これはアマゾン熱帯雨林における「炭素の損失」につながります。
次に、過去の気温上昇に関する情報を利用して、将来の気候変動によるアマゾン熱帯雨林の変化に関する「予測の幅を減らす(予測不確実性を減らす)」分析の結果を図3に示します。図3では、地球システムモデルによって計算された、過去35年の世界平均気温上昇のトレンド(1年あたりの気温上昇量)と、21世紀末のアマゾン熱帯雨林における気温・降水量・気候変動による炭素吸収量の変化予測の関係を示します。図3の一つの点が、一つのモデルによる結果に相当します。図3を見ると「過去35年の世界平均気温上昇トレンドが大きいモデルほど、将来のアマゾンの気温上昇・降水量減少・気候変動による炭素吸収量の減少が大きい傾向にある」ことが分かります。
さらに、過去35年の世界平均気温上昇トレンドは、0.02℃/年程度になることが観測されています。観測値にも不確実性があるため、これを図3の横軸に、水色の幅(横向きのバー)として示しています。気候変動に関する研究では「予測の幅を減らす(予測不確実性を減らす)」ことを目的とした分析が行われます(注3)。そのような分析では「過去の観測事実を再現するモデルは、より将来予測の信頼性が高い」と考えます。すなわち「過去の世界平均気温上昇トレンドを再現できるモデル(水色の幅の中に含まれるモデル)は、より将来予測の信頼性が高い」と考えるのです。この分析にもとづくと「緑色の幅(縦向きの棒)に含まれるモデルは、気温・降水量・気候変動によるアマゾン熱帯雨林の炭素吸収量の将来予測の信頼性が高い」となります。図3に示すように、過去の観測事実の情報を使わない場合の将来予測(黒色の幅)に比べて、過去の観測事実の情報を考慮した場合の将来予測(緑色の幅)の方が、予測の幅(予測の不確実性)が小さくなりました。つまり、過去の観測の情報を使うことによって「将来予測の幅を減らす(予測の不確実性を減らす)」ことに成功したのです。
図3に示すように、地球システムモデルは「将来の世界平均気温上昇に従い、将来のアマゾンでの気温が上昇し、降水量が減少することにより、気候変動によるアマゾンの炭素吸収量が低下する」と予測することがわかります。さらに「過去の世界平均気温上昇トレンドが大きいモデルほど(図3の横軸の値が大きい点ほど)、将来のアマゾンでの気温がより上昇し、降水量がより減少し、気候変動による炭素吸収量がより低下する」ことがわかります。過去の観測事実の情報を使った将来予測(緑色の幅)は、過去の情報を使わない場合(黒色の幅)に比べて、気候変動による炭素吸収がより小さくなる(炭素吸収量の低下がより抑えられる)ことがわかりました。
4. 今後の展望
この研究によって、地球システムにおいて重要な役割を果たすアマゾン熱帯雨林の将来について、より詳細な理解と、より信頼性の高い予測を得ることができました。当研究グループの研究結果は、最悪のシナリオを防ぐために気候変動を抑えることの緊急性を示しています。今後の気候変動対策を実施するため、気候変動に対してアマゾン熱帯雨林がどのように変化するかについての理解を深め、より信頼のおける地球システムモデルを開発することが非常に重要です。
5. 注釈
注1 「地球システムモデル」:大気・海洋・陸域における物理現象を中心に取り扱う気候モデルを核とし、炭素循環をはじめとする地球表層物質循環や、それに関わる生物・化学的なモデルも統合したモデル(https://www.jamstec.go.jp/cema/j/esm/(外部サイトに接続します))。地球システムモデルを用いることで、気候変動と生態系・物質循環の間の相互作用やそれらに対する人間活動の影響等を包括的に取り扱うことができ、過去から現在までの地球環境の変動の理解や、温暖化をはじめとする将来の予測を行うことが可能になります。
注2 「将来の気候変動によってアマゾン熱帯雨林において降水量が減少し、乾燥化が生じることによって、植物による二酸化炭素の吸収量が低下する」:将来のアマゾンの二酸化炭素吸収の変化としては、①「将来の気温上昇によって、炭素吸収量が低下する」変化と、②「将来の二酸化炭素濃度の上昇によって、炭素吸収量が増加する」の二つの変化があります。本研究で示す「将来の気候変動によってアマゾンの炭素吸収量が低下する」は、このうち①のみを取り出して評価したものです。さまざまなモデル予測の結果を分析すると、上記①よりも②の変化の方が大きいモデルが多く、複数モデルの平均値として①よりも②の変化が大きくなります。ただし、モデルによっては①の方が②よりも大きくなるものもあり、特に②に関して、将来の予測に大きな不確実性があります。
注3 「将来予測の幅を減らす(将来予測不確実性を減らす)研究」:Emergent Constraint と呼ばれます。この方法で将来予測の幅を減らすためには、地球システムモデルによる過去の再現(横軸:観測可能な量)と将来の予測(縦軸:観測不可能な量)の間に、相関関係があることが重要となります。図3では、過去の世界平均気温上昇トレンドと、将来のアマゾンにおける気温・降水量・気候変動による炭素吸収量の変化に、有意な相関があることを示しています。また図3では、過去の世界平均気温上昇トレンドにも不確実性(横軸:水色の棒)を考慮していますが、これは過去の気温に大きな年々の変動があることや、気温の計測値にも誤差があることが原因です。
参考1:塩竈秀夫, 廣田渚郎, 降水量変化予測の不確実性低減に成功, 地球環境研究センターニュース, 2022年4月号Vol. 33 No. 1(通巻377号)
https://cger.nies.go.jp/cgernews/202204/377003.html
参考2:吉森 正和, 2. 北極温暖化増幅のメカニズムと将来予測, 天気, 2019, 66巻3号, p. 214-219, 公開日2019/04/30, Online ISSN 2434-1185, Print ISSN 0546-0921
https://doi.org/10.24761/tenki.66.3_214(外部サイトに接続します)
6. 研究助成
本研究は、文部科学省「気候変動予測先端研究プログラム」(JPMXD0722681344)、環境省・(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF23S21130)、JSPS科研費(JP21H01161, JP21H05318)および国立環境研究所「気候変動適応研究プログラム」「脱炭素・持続社会研究プログラム」の支援を受けて行われました。
7. 発表論文
【タイトル】
Emergent constraints on future Amazon climate change-induced carbon loss using past global warming trends
【著者】
Melnikova I., Yokohata T., Ito A., Nishina K., Tachiiri K. & Shiogama H.
【掲載誌】Nature Communications
【DOI】10.1038/s41467-024-51474-8(外部サイトに接続します)
8. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
地球システム領域地球システムリスク解析研究室
特別研究員 Irina Melnikova
主幹研究員 横畠 徳太
室長 塩竈 秀夫
地球システム領域物質循環モデリング・解析研究室
主任研究員 仁科 一哉
東京大学 大学院農学生命科学研究科 森林科学専攻
教授 伊藤 昭彦
海洋研究開発機構
地球環境部門 環境変動予測研究センター 地球システムモデル開発応用グループ
グループリーダー 立入 郁
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
地球システムリスク解析研究室 特別研究員 Irina Melnikova
地球システムリスク解析研究室 主幹研究員 横畠 徳太
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)