日本の排水処理技術の東南アジア地域への展開(2018年度 37巻4号)|国環研ニュース 37巻|国立環境研究所
ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2018年10月31日

日本の排水処理技術の東南アジア地域への展開

特集 アジア圏における持続可能な統合的廃棄物処理システムへの高度化
【研究ノート】

蛯江 美孝

排水を処理する日本独自の技術 ~浄化槽~

 私たちは毎日、トイレ、台所、洗濯場、風呂場などから汚れた水を流しています。その量は日本人1人1日あたり約200Lです。日本の総人口が1億2,754万人(2016年度)であることを考えると、毎日、とてつもない量の排水が流されていることになります。日本には、この生活排水を処理するために、下水道と浄化槽があります。下水道と浄化槽の大きな違いは、排水収集の仕組みです。下水道は、対象地域に下水管網を整備して、数千人~数十万人程度の生活排水を1ヶ所に集めて処理する集中型です。これに対して、浄化槽は、日本で開発された分散型の生活排水処理施設で、一戸建ての住宅やアパート、マンション、ショッピングセンター、ホテルなどの建物単位で生活排水を処理しています。戸建住宅の場合、車1台分のスペースで設置できますので、浄化槽の上を駐車場として利用することもできます(図1)。下水道を使用している人口は9,982万人で、これに比べると少ないですが、浄化槽を使用している人口も1,175万人となっています(2016年度末)。

浄化槽の図
図1 生活排水を処理する浄化槽

 排水処理の基本的な原理は、下水道も浄化槽も同様で、微生物の力を借りて排水中の汚濁物質を処理しています。浄化槽の内部は図2のようにいくつかの部屋に分かれていて、酸素を好む微生物(好気性微生物)と好まない微生物(嫌気性微生物)が上手く棲み分けられるようになっています。嫌気槽は、嫌気性微生物のための部屋で、固形物を沈殿・貯留する役割も担っています。好気槽は、好気性微生物のための部屋で、空気を吹き込む散気管の他、微生物が付着・増殖しやすいように接触材と呼ばれる板状のプラスチックなどが入っています。

浄化槽の内部構造の写真
図2 浄化槽の内部構造(例)

 施設整備の面では、都市中心部などの人口密集地域では下水道がエネルギーやコストの面で効果的ですが、農山村や新興住宅地など生活排水の発生場所と処理施設との距離が長くなる場合は、下水管を張り巡らせるよりも家庭から出た排水を浄化槽でその場で処理し、河川など地域の水環境へ戻した方が効率的な場合もあります。浄化槽は建設費が安く処理能力が高い、短期間で設置できるため速やかに生活排水を処理できる、設置場所について地形の制約が少ない、などの特長を有していますので、上記のような場所で、効果的に整備されています。

東南アジアの生活排水の処理状況

 東南アジア地域では、生活排水がどのように処理されているかご存知でしょうか?下水道の普及率を見ると、シンガポールは100%ですが、マレーシアで約60%、タイでは20%程度で、それ以外の国では5%以下となっています。下水道は多くの生活排水をまとめて効率的に処理することができますが、その整備には多大な費用と長期にわたる工事が必要となります。人口増加の著しい東南アジアでは、予算の制約や工事の難しさもあり、その整備が追いついていないのが現状です。下水道を使用していない人々は、セプティックタンクと言われる処理装置を設置していることが多いのですが、浄化槽でいうところの嫌気槽のみの簡易な処理装置で、沈殿分離(固形物を沈殿させ、上澄みを流す)と嫌気性処理しかありません。またトイレ排水だけを対象としていたり、排水量に対して容量が小さかったりすることも多いため、環境へ負荷が高く、地域の水環境への悪影響が懸念されています。

 そこで私たちは、浄化槽という日本独自の分散型排水処理システムを活用して、東南アジアの水環境・生活環境の保全・改善に貢献しようと考え、研究を進めています。

浄化槽の東南アジアへの展開に向けたポイント

 しかしながら、日本の浄化槽を東南アジアに持っていけば問題が解決する、という訳ではありません。浄化槽という技術が確立しているのに、海外展開にあたって研究が必要な理由の一つは、浄化槽が日本生まれだからです。浄化槽は、日本の気候や生活様式に合わせて開発されてきたため、海外でそのまま使った場合に、必ずしも効率的とは限りません。私たちは、インドネシアを中心として研究を進めていますが、当該地域は熱帯のため、気温が30℃程度と高温で安定していて、一年中、常夏のような状態です。東京の年平均気温は15~16℃程度で、もちろん夏も冬もあります。排水処理は微生物が主役ですので、温度の違いは処理効率に大きく影響します。また、インドネシアは人口の90%近くがイスラム教徒であるため、生活様式も日本とは大きく異なっていて、これが生活排水の特性にも反映されています。例えば、イスラム教徒は日の出の前にお祈りをしますので、家で水を使うタイミングが日本よりも2~3時間程度早くなっています。また、お風呂に浸かる習慣がありませんので、浴槽の水が一度に排水されるということもありません。このようなことから、浄化槽の技術を現地にカスタマイズしていく必要がありますし、それによって、より効率的で低コストな浄化槽を開発することができると考えています。

 さらに、浄化槽は単体の技術ではなく、様々な制度や規格を含めたシステムとして成熟してきました。日本を含め、先進国では関連する法整備およびその実効性が担保され、排水は処理するものとして理解されているのに対し、途上国では、該当する法令がないか、あっても実効性が極めて乏しいことが指摘されています。このため、浄化槽を設置しただけでは所期の性能を得ることは期待できませんし、実際、これまでに日本政府は途上国に対して浄化槽のモデル設置などの支援を行ってきましたが、本格的な普及・定着には至っておりません。適切な排水処理施設が十分に普及していない地域では、そもそも、排水処理に関する制度・システムが無いか、あったとしても不十分であることが多く、技術的には浄化槽への転換ができても、製品や施工の質の確保、継続的な運転管理、汚泥の収集・処理などの仕組みがなければ、所期の性能を発揮することはできないのです。これらが、適切な排水処理施設の普及の大きな障壁になっていると考えられます。

インドネシア版性能評価試験方法の確立

 上記の通り、途上国において適切な排水処理施設の普及を進める上では、関連する制度や基準、運用のノウハウなどのソフトインフラを同時に展開していくことが重要です。そこで私たちは、インドネシアにおいて中央・地方政府、学識経験者、現地企業等の産学官のステークホルダーを集めた会合を主催し、課題の整理と解決に向けた取り組みを推進しています。2015年の初会合では、排水基準等の環境法制度自体は存在するものの、市場の製品の処理性能を適正かつ公平に評価・認証する仕組みがないことを課題として共有し、性能評価制度・試験方法の確立が必要であることを参加者全員で確認しました。これを踏まえ、日本や欧米の性能評価試験方法を参考に、1日のなかで、どのようなタイミングでどのくらいの排水が発生しているのか、などの現地調査も行い、このステークホルダー会合を通じて、インドネシア版の試験方法(草案)を作成しました(図3)。現在、この試験方法をインドネシアの国家標準とすべく、手続きを進めているところです。現在このステークホルダー会合では、性能評価制度の運用方法や体制作りについても議論を重ねているところです。

関係者会合の様子の写真
図3 ステークホルダー会合の様子とインドネシア版性能評価試験方法(草案)

浄化槽技術のカスタマイズ

 浄化槽をインドネシアの生活排水の特性に適したものにしていくため、熱帯地域を想定した浄化槽の技術開発も実施しています。これは、国立環境研究所の大型恒温実験室で試験を実施しています(図4)。既に述べたとおり、東南アジアは熱帯地域で気温が高く、浴槽を使用しないなどの特徴がありますので、室温と排水の温度を30℃に設定し、1日の排水パターンも現地調査に基づいた設定としました。

浄化槽試験の写真
図4 熱帯地域を想定した浄化槽試験

 これまでの結果から、30℃の条件では、日本で使用するよりも高い処理性能を発揮できること、汚泥の発生量が少ないことなどがわかってきており、効率化、低コスト化に向けた知見が得られています。

国際的な目標の達成に向けて

 2015年、国連に加盟している193国は、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択し、貧困問題や環境課題など17の目標に全世界が取り組む「持続可能な開発目標(SDGs)」が掲げられました。この中で、目標6は「すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する」であり、その具体的なターゲットの一つとして、未処理の下水の割合半減を謳っています。

 日本では、2016年度末時点で総人口の90.4%の生活排水が処理されていますし、人口減少社会に突入していますが、東南アジアでは人口増加が顕著で、今後ますます、排水処理施設の整備が重要になっていきます。私たちの研究が、SDGs達成の一助となることを願いつつ、引き続き、研究を続けていきたいと思います。

(えびえ よしたか、資源循環・廃棄物研究センター 国際廃棄物管理技術研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

筆者の蛯江美孝の写真

開発途上国への出張が多いのですが、排水処理施設はなくても、何なら、トイレが無い地域でもスマートフォンがインターネットに繋がるという状況に、不思議な感覚を覚えます。段階的な進展ではない、一足飛びの展開を環境技術の分野でも実現できたらと思っています。

関連新着情報