無居住化集落から見る人と自然のかかわり(2016年度 35巻5号)|国環研ニュース 35巻|国立環境研究所
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2016年12月28日

無居住化集落から見る人と自然のかかわり

特集 生物多様性の保全から自然共生へ
【調査研究日誌】

深澤 圭太

 日本はすでに人口減少時代に入り、国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2100年には全国の人口が6400万人程度(中位推計)に落ち込むと予想されています。中山間地や奥山においては、さらに都市への人口流出もあいまって、2050年には3~5割の面積が無居住化すると考えられています。このような速度での人口減少は過去に例がなく、日本の農村景観や自然環境は今後大きな変化に直面することが予想されます。そして、しばらくの間人口減少が続くことは人口学的に見て避けられないことであるのも事実で、それに適応した社会のあり方を検討する必要があります。

 日本全国の合計人口が減少に転じたのはここ数年ですが、地域ごとに見れば高度成長期以降に産業構造の変化により無居住化した集落が数多く存在しています。私たちの研究グループでは、そのような場所において生物相や景観構造の現状を明らかにすることで無居住化後の自然環境変化の将来予測につながる情報が得られると考え、全国の無居住化集落に実際に赴き、生物調査を実施しています。本稿では、無居住化集落やそれを舞台とした私たちの調査風景を紹介します。

耕作放棄地の写真
写真1 草地の状態が続いている放棄農地

 私たちが研究対象としている無居住化集落は、高度経済成長期以降に離村したものを対象としており、40年程度無居住状態にある集落の変化を見ることができます。40年間という時間は、地域の景観にどのような変化をもたらすのでしょうか?私は無居住化集落の調査に入る以前は、田畑や家跡には樹木が侵入し、鬱蒼とした森林になっているものとばかり思いこんでいましたが、実際に行ってみると、植林地になっていない限りはそのような例は実はそれほど多くはありませんでした。最もよく目にする光景は、農地跡がススキ等の優占する草地になっているケースで、樹木はあまり見られず、開けたイメージです(写真1)。一般に、半自然草地は多くの絶滅危惧種の生息場所として生物多様性の保全上貴重な場所と考えられていますが、農地跡に成立した草地にはそのような半自然草地特有の種はあまり見られず、植生も単調であることがほとんどでした。種多様性が高い半自然草地の多くは牧や採草地として長期間利用され管理されてきた歴史があることが多いですが、農地跡に成立した草地は初期状態やその後の管理がそれとは根本的に異なるのだと考えています。

 無居住化集落においては、住居、車、農機など、多くの人工物が残されていることが多いです(写真2)。木造住宅はそのまま立っているものもあれば、倒壊し、落ち葉の中からトタン屋根がわずかに覗くのみとなっているものも多くみられます。また、建物自体は撤去されている場合でも、コンクリート製の基礎や炊事場、そして風呂釜のみがその場に残されていることが多いです。このような場所を調査で歩くときは、散乱しているガラスの破片や金属片に気を付ける必要があります。とある無居住化集落で偶然出会った旧住民の方の話によると、消火ポンプのような金属物が盗難にあった事例もあるようです。無居住化集落に残る人工物は、上記のような問題の種になることもありますが、時に集落の文化を今に伝えるようなものもあります。無居住化集落のとある寺には、柱に緻密な木彫りが施されているものがありました(写真3)。無居住化集落の寺社の多くは建物の手入れが十分に行き届かず、傷みが進んでいるものも数多いです。このまま手入れがなされずに朽ちてしまうのは、惜しい気持ちもあります。また、無居住化集落においては、石碑をよく見かけます。学校の碑や離村記念碑のみならず、馬頭観音や湯殿山の碑などの信仰にかかわるものや、電線開通の碑などもあります。それらの碑に、集落に暮らした人々がそこにいたことの証を後世に残したいということの願いを感じ取ることができました。

学校跡の写真
写真2 無居住化集落に残されていた学校跡
彫り物の写真
写真3 無居住化集落の神社の柱にあったゾウの彫り物
蝶の写真
写真4 ベニシジミ

 現在、私たちは無居住化集落と有人集落の間で、チョウ類、鳥類、植物など、さまざまな生物の組成がどのように異なるか比較研究をおこなっています。調査では、無居住化集落に実際に入り、それぞれの分類群ごとに決めた方法で出現頻度を観測しています。無居住化集落と有人集落を同じように調査して直感的にわかるのは、有人集落ではごく当たり前に生息しているスズメ・ツバメなどの鳥類や、モンシロチョウやベニシジミ(写真4)などのチョウ類が無居住化集落ではほとんど見られないことでした。これらの種は、おそらく人間がそこに居住し、農耕や草刈りなどの活動を行うことによって支えられている種であると考えられます。無居住化した場所を見ることで、人がいることが生物相にどのような効果をもたらしたかが際立って見え、これまで気に留めることもなかった「ふつう」の生き物に対する愛着が湧いてくるのを感じました。

 去年までの一部地域を対象とした研究を発展させ、今年度から、所内公募型研究「人が去ったそのあとに~人口減少時代の国土デザインに向けた生物多様性広域評価~」で、無居住化が生物相に与える影響の解明を全国スケールで展開しています。また、自然共生研究プログラムにおいては、さらに人口減少下での人間側の生態系サービス利用に着目し、人間社会と生態系の相互作用を明らかにしていく予定です。それぞれの地域ごとに無居住化集落は個性に富んでいますが、日本全体のパターンをシンプルに説明できるような統一的な解釈を目指して研究を進めていきたいと考えています。

(ふかさわ けいた、生物・生態系環境研究センター 生物多様性評価・予測研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

深澤 圭太の写真

無居住化集落の研究を始めるに至ったきっかけは、多くの愛好家の方がWeb上に廃村の情報を公開されているのを見たことでした。調査や趣味で全国各地を飛び回っていますが、地域ごとにさまざまな生き物・歴史・文化・人、そして酒に出会えるので飽きることがありません。

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