持続可能な発展と衡平性(2015年度 34巻5号)|国環研ニュース 34巻|国立環境研究所
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2015年12月28日

持続可能な発展と衡平性

【環境問題基礎知識】

久保田 泉

1. はじめに

 2015 年末、パリで開催された第21 回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)(写真)で、パリ協定が採択されました。これは、産業化以前からの世界平均気温の上昇を2 ℃未満に抑えることを目指して、2020 年以降、すべての国が協調して気候変動対策に取り組む仕組みを示す国際条約です。各国が設定する温室効果ガスの排出削減目標の5 年ごとの提出のほか、気候変動影響への適応、資金、技術移転、キャパシティ・ビルディング(途上国の国内組織・制度整備や気候変動問題への理解と関心の向上をはかることを意味します)、温室効果ガスの測定・報告・検証などの要素が盛り込まれた、包括的な制度です。

 この新しい制度をどのようなものにするか、その指針となったのが、気候変動枠組条約上の原則(同条約第3 条)です。同条には、衡平の原則、共通だが差異ある責任及び応能負担、開発途上締約国の特別のニーズ、予防的アプローチ、持続可能な発展を促進する権利と責務、気候変動問題に一層対処することを可能にするような協力的かつ開放的な国際経済体制の確立が掲げられています。これらの原則は、交渉会議での交渉官の発言にもよく登場します。

写真:1
写真1
COP21 会場前
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首脳級会合でのオバマ大統領。「次世代のため、COP21 での合意が必要」と各国首脳に訴えた。

2. 衡平とは何か

 衡平(equity)とは何でしょうか。また、音は同じ「こうへい」で、「公平」(equality)という語もありますが、何が違うのでしょうか。

 衡平には、いろいろな定義があります。「衡」という字は、「はかり」または「平らに釣り合いがとれること」を意味します。J.S.アダムズは、1963 年の著書『衡平の理論』の中で、「人々が投入に対する成果の比が一定であると感じること」と定義しています。2005 年の亀山康子の論文では、「複数の主体の間である利益または負担の配分がなされる際に、すべての関係者がある程度は納得するような配分の結果ないしは手続きに関する基準」と説明されています。

 具体的な例で考えてみましょう。A さん、B さん、C さんがいます。彼らの中で、A さんが最も背が高く、その次に背が高いのがB さんです。彼らの前には、A さんの背丈よりも高い壁があり、その向こうで行われている楽しそうな催し物が見えません。これを見るためには、踏み台が必要です。
 この状況で、仮に、全員に同じ高さの踏み台を与えた場合(ケース1)、彼らの納得は得られるでしょうか。3 人の中で最も背の低いC さんが壁の向こうの催し物を見るのに十分な高さの踏み台であれば、彼らの納得は得られるでしょうが、そうでない限り、C さんには(場合によってはB さんにも)不満が残るでしょう。
 同じ状況で、全員が催し物を見られるように、背丈の違いに応じた踏み台を与える場合(ケース2)はどうでしょう。
 上記のうち、ケース2 が、衡平性に配慮していることになります。上記ケース1 の場合が公平を意味します。つまり、公平は人々に対して同一待遇を施すこと、衡平は人々の違いを前提として、目的を達するため、その違いに応じた異なる待遇を施すことを意味します。

3. 持続可能な発展と衡平性

 社会システムのインフラのひとつである法制度は、基本的には、現在のことしか考えていません。また、現世代に生きる人々の間に生じている格差に適切に対処できていない部分があります。現在の法制度と、持続可能な発展を実現する社会システムとの間をつなぐ概念、それが衡平性です。

 持続可能な発展を論ずる際、衡平性の3 つの側面を考える必要があります。第1 に、世代間衡平です。これは、基本的には現世代しか入っていない法制度の視野を将来世代に拡大するもので、現世代が将来世代に対して配慮する責任があるという考え方はここから導かれます。たとえば、石油や天然ガスなどの枯渇性資源は、現世代が多く消費すればするほど、将来世代が使える分が少なくなってしまうため、現世代は、将来世代のことを考えて、自らの消費を考える必要がある、といったようなことです。第2 に、世代内衡平です。現世代に生きる私達も、国によっても、また、同じ国の中でも、相当に異なる条件の下で生きています。上記のケース1、ケース2 で説明した例では、背の高さの違いだけに配慮すればよかったのですが、現実の社会では、様々な違いにどれくらい配慮することを法制度に組み込むかを検討する必要があります。第3 に、手続きの衡平です。これは、合意に至るまでの協議に参加する機会を全ての関係者に均等に与えること等を意味します。

 2014 年に公表された、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5 次評価報告書第3 作業部会報告では、持続可能な発展と衡平性との関係について、一章が割かれています。同報告によれば、国際レベルの気候変動対策に関する議論では、衡平性は以下の3 つの点から、重要な役割を果たしているとされています。(1)倫理上の原則としての衡平性を発展させていること、(2)既存の気候変動枠組条約上の責務やその他の合意について、衡平の原則に基づいた協力を求めていること、(3)衡平性が担保された合意は、国際的な支持が得られる可能性が高く、また、国内で適切に実施される可能性も高いこと、です。

4. 気候変動分野の国際交渉と衡平性

 衡平の原則をはじめとする、気候変動枠組条約第3 条の原則に基づいた交渉官の発言は、しばしば議論を呼びます。同じ言葉を使うのに、各国が抱える事情によって、求める「待遇」が異なるからです。しかし、これまでに述べてきたように、これは衡平概念の本質ともいえます。国際社会では、各国間に差があるか、あるとしたらどれくらいか、それによってどのように待遇に差をつける必要があるのかを 交渉で決めるしかありません。

 気候変動枠組条約の交渉過程では、現在の第3 条のような原則に関する規定を導入するかどうかが争点になりました。多くの発展途上国は、締約国が同条約を実施および発展する際の指針として役立つとして、原則に関する規定を置くことを主張しました。他方、先進国は、原則規定を置くこと自体に異議を唱えました。とりわけ、米国は、これら原則の性質に制約がなく、法的地位が不明確であることや、気候変動枠組条約の適用範囲を超えて国家を一般的に拘束するものとなりかねないことを心配し、このような規定を置くことに反対しました。

 衡平の原則をはじめとする、これら原則が制度設計に具体的にどう影響したか、また、今後どのように作用する可能性があるかを評価・予測することは困難です。しかし、評価が難しいからといって、原則規定には意味がないとすることも適切ではありません。ただひとつ言えるのは、気候変動枠組条約第3 条が存在することによって、締約国は、気候変動対策をとるにあたって、これら原則の考え方に配慮しなければならなくなっていることだけです。

5. おわりに

 気候変動問題のように、科学的不確実性を伴っており、社会、経済、技術などの状況がめまぐるしく変化し、それに伴って、合意の妥当性が時間の経過と共に変化する可能性がある問題領域では、国際合意の形成そのものが困難です。衡平の原則をはじめとする原則を共通の基盤とすることによって、方向性を共有し、状況に応じて柔軟な対応ができるような枠組みを緩やかにかたちづくることによって、国際社会は気候変動対処に関する合意水準を徐々に上げてきたと言えます。筆者は、これこそ、環境問題だけではなく、何事も合意が難しくなっている国際社会に必要な現代国際法に求められる機能のひとつと考えており、今後も研究を続けていきたいと思っています。

(くぼた いずみ、社会環境システム研究センター 環境経済・政策研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

著者写真:久保田

所内唯一の法学研究者。14 年目になる今でも、「国環研に法学専攻の方がいるんですか!」と驚かれます。休日には、パンを焼いたり、ナンタケットバスケットを編んだり、ゴルフのレッスンを受けたりしています。

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