ヒトの化学物質曝露を評価する(2012年度 31巻4号)|国環研ニュース 31巻|国立環境研究所
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2012年10月31日

ヒトの化学物質曝露を評価する

【研究ノート】

高木 麻衣

はじめに

 私たちは多種多様な化学物質の恩恵を受けている一方、その中にはヒトや生態系への悪影響が懸念されているものも多く存在します。欧州連合(EU)で電気・電子機器における特定有害化学物質使用制限(RoHS指令)が2006年に施行、化学物質の安全性の評価を義務付ける新化学品規制(REACH)が2007年に施行される等、世界的に化学物質の使用および輸出入に関する規制が強化される傾向にあります。一般に、有害な化学物質からヒトの健康を守るためにはリスク評価を行うことが重要ですが、そのためには化学物質の曝露評価が不可欠です。曝露評価とは、ある化学物質をどのくらい摂取しているのか(曝露量)や、どのような経路で摂取しているか(曝露源)を明らかにすることです。また、曝露源の解析はその後の対策へ有用な情報を与えます。

 曝露評価の際は、環境試料や生体試料中のその化学物質を“測る”ことが必要ですが、近年はppb(10-9をあらわす単位)あるいはppt(10-12をあらわす単位)レベルの曝露の議論が必要な化学物質も増えてきており、より高感度、高精度な分析法が求められています。今回は、小児の鉛曝露について研究した例を紹介します。

高精度鉛同位体比分析を用いた小児の鉛曝露源の解析

 鉛は延性、耐腐食性、低融点など、工業的に優れた性質を持つため、おしろい、塗料、鉛水道管、缶詰めのはんだ、ガソリン等、古くから身近なところで使用されてきました。それゆえ、環境や健康影響に関する研究の歴史も比較的長い物質です。近年では、より低レベルの鉛曝露における小児の認知機能発達への影響が懸念され、世界的にも大きな関心事項となっています。日本人小児の血中鉛濃度は、諸外国と比較しても低いレベルにありますが、小児の認知機能発達への影響に対する閾値(いきち;影響がみられる最低の曝露レベル)が不明確であることから、可能な限り曝露を減らすことが望ましいとされています。曝露を低減化するためには、曝露源の解析が必要ですが、私たちは鉛の同位体比という指標を用いて解析を試みました。

 鉛には204Pb、206Pb、207Pb、208Pbの4種類の安定同位体が存在します。鉛鉱石ができる場所(鉱床)や、採掘された年代によってその組成が異なることが知られています。206Pbは238U(ウラン)、207Pbは235U(ウラン)、208Pbは232Th(トリウム)からといった、それぞれ異なる親核種から放射壊変という過程を経てできており、その親核種の含量が鉱床によって異なるため、鉱床特有の同位体組成を持つことになります。いったん採掘された鉛鉱石の同位体組成は、その後の加工、燃焼、ヒト体内代謝など、さまざまな物理・化学・生物的過程を経てもそのまま保持されます。起源の異なる鉛が混合した場合、同位体組成はその混合比に従って変化します。たとえば、2つの別の起源の鉛が同量混合した場合は、その中間の組成を持つことになります。このような特徴を使って、環境の分野では、鉛の同位体比を汚染源の解析によく利用しています。

 本研究の鉛曝露解析においては、小児の血中鉛と、曝露媒体中鉛の同位体比を測定することによって、小児の血中鉛に、想定される複数の曝露媒体中の鉛がそれぞれどの程度寄与しているのかを推定しました。一方、現在環境中の鉛濃度が比較的低いこと、同位体比の差が非常に小さいことが予想されたため、複数の検出器を備えた、高精度に同位体比の分析が可能であるマルチコレクター型誘導結合プラズマ質量分析計(MC-ICPMS、図1)が有効な手段となります。採血ができた小児のうち、調査協力の得られた数名の小児の家庭を訪問し、曝露源として想定される家の周辺や学校の土壌、食事(1日分の飲食物を混合したもの)、ハウスダスト(掃除機塵)を採取しました。試料からヒト体内の胃液と成分を似せた“疑似消化液”で鉛を抽出した後、クリーンアップ等の前処理を行い、血液試料とともに、鉛同位体比と濃度の測定を行いました。

図1
図1 マルチコレクター型 ICPMSの写真

 ある女児のケースにおける、採取した試料と血液の鉛同位体比(207Pb/206Pb、208Pb/206Pb)の分布を図2に示します。血中鉛の同位体比は、ハウスダスト、食事、土壌のおよそ中間的な値を示しました。食事と学校土壌とハウスダストの鉛同位体比と鉛濃度、血中鉛同位体比と鉛濃度を用いて、それぞれの寄与率を算出すると、食事、土壌、ハウスダストの寄与率は、それぞれ15%、34-39%、42-47%となりました。他の小児についても同様の解析をおこなったところ、ハウスダストの寄与が半分程度あることがわかり、ハウスダストへの対策を行うことが鉛曝露の低減化に結びつく可能性を示すことができました。さらに、本方法を用いることにより、実測が非常に難しいハウスダストや土壌の非意図的摂食量を逆に推定することができます。本研究で推定することができた小児のハウスダスト摂食量は40-100mg/日程度でした。これは、今後の曝露評価においても非常に有用な情報となると考えられます。

図2
図2 ある女児の曝露媒体試料中および血中の鉛同位体比分布
エラーバーは測定値のばらつきを示します。△:ハウスダスト、 ● : 血液、◇ : 学校土壌、* : 飲食物

ハウスダスト中の鉛の起源について

 さらに私たちは、様々な家から掃除機塵を採取し、ハウスダスト中の鉛の起源について調査を行いました。収集した試料のうち、鉛濃度が高かった家庭の掃除機塵中の0.25-2mmの大きめの粒子を対象に、蛍光X線分析(XRF)を用いて鉛含有物の探索を行ったところ、複数の試料から、図3に示すような鉛を高濃度に含む薄片や薄膜が見つかりました。その粒子の元素組成や色や形状などから、鉛含有物は塗料片や塩化ビニル膜などであると推定されました。これらの由来をさらに特定し、削減することが小児の鉛曝露の低減対策の1つとして考えられます。なお、小児の鉛曝露源解析およびハウスダスト中鉛の起源に関する研究は、東京大学と共同で行いました。

図3
図3 掃除機塵中より選択した粒子を並べた写真(左)と蛍光X線マッピング画像(Pb Lα、右)
黄色く囲った物体から鉛が検出されました。Pb Lαとは、X線の照射を受けた鉛原子から発生する、鉛固有の蛍光X線のひとつです。右図の赤色は蛍光X線の強度が高いことを示します。

さいごに

 今回紹介した研究では、鉛の同位体比の高精度分析により、小児の鉛曝露にとってハウスダストが重要な曝露源となるケースがあることを示すことができました。最近では、プラスチックの可塑剤(柔らかくするための添加剤)として使用されているフタル酸エステル類や、カーテンや電化製品などに使われる臭素系やリン酸エステル系の難燃剤(ものを燃えにくくするための添加剤)などもハウスダスト中に比較的高濃度に含まれているという報告も相次いでおり、ハウスダストの化学物質曝露源としての重要性への着目度は増していると言えます。幼児や小児は脳や体の器官が発達する重要な時期であるとともに、室内の床付近で過ごす時間が長いことや、手や物を口に運ぶという行動的性質を持っており、ハウスダストを介した化学物質の曝露を一層考慮する必要があると考えられます。

 現在私は、鉛などの金属類のみならず、内分泌かく乱物質等の有害な有機化合物の曝露についても研究の対象を広げています。主に、ヒトの尿の有機化合物や代謝物の多成分分析法の開発に関する検討を行っています。今後も、ヒトの化学物質曝露評価、さらにはリスクの低減という視点で環境分析技術の高度化とその応用について研究していきたいと考えています。

(たかぎ まい、環境計測研究センター)

執筆者プロフィール:

高木 麻衣

スポーツ(オリエンテーリングやテニスなど)と美味しいものを食べることが好きです。ヒトの化学物質曝露の探索とともに、つくばの美味しいもの探索が目下の課題です。写真はベトナムのおみやげ帽子をかぶって、所内の池付近で研究につかうトンボを採集している時に撮影したものです。

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