大聖堂の街,ジュール・ベルヌゆかりの地・アミアンより
海外からのたより
青野 光子
昨年の9月以来,科学技術庁の長期在外研究員として,フランス北部のアミアンという街にあるピカルディー・ジュール・ベルヌ大学の雄性発生・生物工学研究室で研究生活を送っています。大学の名前は,「海底2万マイル」などで有名な作家のジュール・ベルヌが,アミアン(ピカルディー地方の主要都市)に居を構えていたことにちなんで付けられています。大学には理学部だけでなく医学部,文学部,法学部などがあり,郊外のキャンパスもありますが,大学の建物の多くは街の中に点在しています。街自体は人口からするとつくば市とほぼ同規模で,日本の感覚なら静かで小さな街ですが,フランス北部ではかなり大きな街の部類に入るようです。パリから列車で1時間余りの距離にあり,以前は繊維産業が盛んだったということで,製品の運搬のための運河がいたるところに通っており,また広い公園や公営の運動施設なども充実した美しい街です。ただ第二次世界大戦の激戦地だったため,いわゆる中世からの古い街並みは残されていません。街の中心部には世界遺産にも指定されているアミアン大聖堂(これは戦災を免れたゴシック様式の荘厳な建造物です)があり,イギリスなどから観光客も訪れています。ただし,日本人の姿を見ることは居住者・旅行者を含めてほとんどありません。
ところで,研究室では植物生理学及び分子生物学の研究がなされており,教授・助教授・ポスドク・大学院生・テクニシャン・秘書など,あわせて約30人の大所帯です。
植物の形態形成機構といった基礎から,農業利用を見据えた応用まで,幅広い研究が行われています。私自身は,シロイヌナズナという植物を用いて,植物の環境ストレス耐性機構の解明に関する生理学的な研究を進めるかたわら,大学院生とともにストレス耐性機構に関連すると思われる遺伝子の単離も試みています。国は異なっても,同じ分野の研究者同士ですし,また実験室で使用する器具・機械や試薬も,メーカーも含めて日本と基本的に同様ですから,研究自体で戸惑うことはほとんどありません。ただ,新しい研究テーマを満足の行くようにやり遂げるには,1年という期間ではやはり短い,と感じています。また,実験結果が出る度に研究室内外の関係者で小さなミーティングを持ち,研究の進め方についていちいち確認しあいながら遂行していくのはお国柄かもしれません。
お国柄といえば感心するのは,皆仕事と私生活のめりはりをつけていることです。日本人研究者はともすると研究室で暮らしているかのようになってしまいかちですが,フランス人の「研究室では仕事をきびきびと能率良くこなし,私生活も大事にする」という姿勢は見習いたいところです。また,全般に自然を大切にする意識が高く,パリのような大都市の近郊でも森が(過剰なレジャー施設などが建設されることもなく)きちんと手入れされ,保存されているところに日本との「余裕の差」があるような気がしています。
この国の良い面をさらに見つけ,また研究でも良い成果が出せるよう,残りわずかとなった滞在期間を過ごしたいと思っています。