2023年 03月 24日
冬を惜しむ |
路傍にちっぽけな野の花でも咲いているかと、犬と散歩しながら探しても、まだ見ない。
庭の木々の蕾はふくらんで、アスペンの蕾から綿のような花が覗いている。
春の到来に身の置き場のない思いをするのはどういうことだろう。
ひとびとが浮足立っているように見えるなか、わたしはいつのころからか、冬から春に移るいまどき、落ち着かない。
はらはら何かに脅えるように、不安になる。
冬はなにかに守られていて、春になるとその護衛がゆるんで無防備になる思いがする。
みなが、春、と嬉しそうにしているのを見るとなおさら焦る。
もうしばらく冬にしがみついていたい。
むずかゆいようでいけない。
なにかをしても、それが中途半端で完結しない気がする。
数年前、会うたびにわたしをからかってばかりいたともだちが、わたしに似ていると言って、誕生日にくれた鉢植え。
わたしとしては向日葵のようでありたいと心がけているから、意外だった。
by ymomen
| 2023-03-24 00:30
| アメリカの季節 春
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Comments(2)
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akitagurasi at 2023-03-24 03:43
とてもとてもわかります。何度も頷いてしまいました。
何月頃になると馴染んで落ち着いた心持になれるのかな。5月あたりかな。
何月頃になると馴染んで落ち着いた心持になれるのかな。5月あたりかな。
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ymomen at 2023-03-24 23:43
> akitagurasiさん
わかってくださいましたか。
春になって沈みがちなのは、自分の何かがこわれているんだろうか、と思っていました。
そうですね、5月となれば、もうしかたがない、覚悟が決まる、という感じです。
わかってくださいましたか。
春になって沈みがちなのは、自分の何かがこわれているんだろうか、と思っていました。
そうですね、5月となれば、もうしかたがない、覚悟が決まる、という感じです。