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scribo ergo sum もの書き・八少女 夕のブログ Since March 2012


Posted by 八少女 夕

抗がん剤のこと

先週に続き、もう少しわたしの癌治療に関する話を。
水滴イメージ

一連の記事をまとめて読めるように、タグを作りましたので、必要な方は、下のリンクからどうぞ。
癌治療の話をまとめて読む



今回は、(かつてのわたしもそうでしたが)癌患者かその家族でなければあまりよく知らない「抗がん剤」という薬品について少し書いてみようと思います。

前提として、わたし自身は、抗がん剤かどうかに関わらず、必要なければできるだけ西洋医学の薬は使いたくないという信念の人間だということをここに書いておきます。


乳癌宣告を受けてから、わたしは「抗がん剤」というものが1つではなくてたくさんあるということを知りました。医療関係の方や詳しい方が聞けば笑ってしまうでしょうが、それほど縁が無かったということです。

それに、癌とひと口にいっても200種類くらいはあるそうで、乳癌にもいろいろなタイプがあり、それによって治療法は異なるそうです。わたしが「HER2タンパク阻害抗体薬治療」という抗がん剤治療(の一部)を選択できたのは、「HER2陽性、エストロゲン陽性」というタイプの乳癌だったからです。これらすべてが陰性のタイプの場合、西洋医学界では、いわゆる化学治療といわれる抗がん剤を使用するしかないといわれています。

さて、日本で「癌の三大治療」と呼ばれているのは、抗がん剤、放射線治療、手術の3つ(スイスでもこれが主流)なのですが、ほかにも治療方法はあります。たとえば比較的新しい「免疫チェックポイント阻害薬」や「樹状細胞ワクチン療法」など自己免疫力を利用して癌細胞のみを攻撃する治療方法があります。

もう少し、自然療法に近い代替療法だと「高濃度ビタミンC点滴」や「ヤドリギ療法」、日本であれば「コロイダルヨード療法」などもあります。実際に「高濃度ビタミンC点滴」と「ヤドリギ療法」だけを受けている患者さんとお話ししたことがありますが、彼女に関しては今のところわたしのような劇的な改善は起こっていないようなので、運などさまざまな要因もあるかと思いますが、少なくとも西洋医学の薬剤とは効果のスピードが違うのかもしれません。

わたしの場合、治療を始める前に「樹状細胞ワクチン療法」、「高濃度ビタミンC点滴」「コロイダルヨード療法」なども検討したのですが、「樹状細胞ワクチン療法」はまだスイスでは許可されていないのでドイツで自費治療しなくてはならないこと、「コロイダルヨード療法」もスイスには存在しないこと(ただし、これに代わる方法については後日また記事にします)、ホメオパシーや「高濃度ビタミンC点滴」だけではこれだけ成長の早い癌に打ち勝てるか心配だったため、選択から外しました。

わたしが選択したのは「HER2タンパク阻害抗体薬治療(ペルツズマブ/トラスツズマブ/パクリタキセル療法)」という3つの「抗がん剤」のうち、化学療法であるパクリタキセルを拒否してペルツズマブとトラスツズマブだけ、それに補助として「ヤドリギ療法」とレトロゾールというアロマターゼ阻害薬の服用による治療でした。

もともとのわたしの頭の中には「抗がん剤」は避けたいという思いがあったのですが、ペルツズマブとトラスツズマブは癌細胞しか攻撃しないということだったので、それ以外の細胞へのダメージや個人の免疫力の劣化はないという説明で、それならやってもらおうと思いました。もちろん副作用などは調べてある程度は覚悟した上で始めましたが、幸い副作用は全く出ませんでした。

パクリタキセルに関しては、ほかの化学療法と比べてダメージは少ないものの全細胞が影響を受けるということがわかったので、これはしないで欲しいとお願いしました。

「抗がん剤」は危険なので絶対に受けてはいけないという話も聞きますが、抗がん剤といってもいろいろあって、ほぼダメージのない薬剤もあったのだと実感しました。

次回は、治療中に自分でやっていたほかのセルフケアについてお話ししようと思います。
関連記事 (Category: 健康の話)
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Category : 健康の話
Tag : 癌治療の話

Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(31)踊り -3-

今日は『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第31回『踊り』3回に分けたラストをお届けします。

作者としての個人的な思いの中では、今回の部分はある種のターニングポイントみたいな感じになっています。レオポルドとエレオノーラは、ここまでは少なくとも表向きは「謎の裕福な商人」と「そこらへんのダメな姫」だつたのですが、少しずつ関係性が変わってきます。その1つが話し方ですね。これ、日本語で小説を書いているから起こる問題でもあるのですが、ここまではっきりしていなくても、西欧の言語でもこういう言葉遣いの問題はあります。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(31)踊り -3-


 レオポルドはため息とともに言った。
「下を見るから足を踏むのです。もっと上をご覧になってください」
 
 エレオノーラは、口を尖らせた。
「私は、踊りは初めてちゃんと習うんだ。そんなにすぐにはできないよ。これが武術の稽古ならもっと……」

 レオポルドは、動きを止めて彼女を見下ろし、きっぱりとした口調で言った。
「いいですか、姫さま。武術でも、踊りでも、何よりも大切なのは姿勢です。たとえば、あなた様がお得意だと思われている刀の構え方は、あの女傭兵フィリパのそれよりも品がないことにお氣づきですか」

 エレオノーラは、真っ赤になってレオポルドを睨んだが、レオポルドは引かなかった。堂々と睨み返されて、彼女は怯んだ。それから、肩を落とし、認めて頷いた。

 レオポルドは、少しトーンを下げて続けた。
「それが、仕方のないことだというのはわかっています。侯爵さまは、姫君としての教育を拒否なさったあなた様に武術の教師をつけるようなことはなさらなかったでしょうし、見よう見まねであそこまで強くなられたのはむしろ感心すべき事です」

「そう思うか?」
「はい。ただし、あの構えでは、あれ以上強くなることは不可能です。あなた様には、基本を教える教師が必要だ。いま私どもに頭を下げてまで取り繕わなくてはならないあなた様には、言うまでもなくわかっていることでしょう」
「……ああ。そうだな」

「いまのあなた様に、武術を習う時間はないことはいうまでもありませんが、この特訓が終わり、ふたたび自由になるお時間ができましたら、1日も早く武術の教えを受けることをおすすめいたします」
「……そうだな。父上がそれを許してくださるとは思えないが。……せめてこの秘密の再教育の時間がもっと長かったら、そなたたちにそれも頼めたのに……」

 エレオノーラは、しおらしく少し考えていたが、ふと思いついたようにレオポルドを見上げた。
「なあ。せっかく国王の役をしてくれるんだから、これからは私と話すときも、ラウラたちに話しかけるみたいな口調に変えてくれないか?」

「なんだって?」
あまりの唐突のことに、レオポルドはつい敬語を忘れた。
「そうそう、そういう方がいい。そなた、態度と口調が合わなくて戸惑うんだ」

 レオポルドは面食らってエレオノーラを見つめた。確かに侯爵の姫君を敬う態度ではなかったかもしれない。これまでレオポルドは、誰の前でも畏まることがなかった。大国の王族として育ってきた彼にはそうすべき相手がこれまでいなかったからだ。

「はじめに逢ったときに、そういう砕けた口調だっただろう。私は街でジューリオとして、人びとと接しているときの方が落ち着くし、忌憚なく意見を交わせて好きなんだ。……それに、そなたは、裕福な商人なんかじゃない。どこかのちゃんとした貴族なのだろう?」

「なぜ、そう思われますか?」
「私がいくら愚かでも、違いくらいわかるんだ。ラウラはもと《学友》だ。しかも、ものすごく優秀な。マックスも宮廷教師の資格を持っている。2人とも相当の貴族に囲まれていたはずなんだ。その2人が旦那様と言うくらいだから、そなたがただの平民だなんてありえない。でも、言いたくないなら、べつに名乗らなくたっていい。ただ、雲の上のお姫様みたいな扱いはやめてほしい。自分がそうじゃないことはわかりきっているので、かえって虚しくなる」

「では、言わせてもらうが、つべこべ言う前に姿勢をなおせ」
レオポルドは、ガラリと口調を変えて言った。これ以上、貴族に対する平民としての丁寧なもの言いを自然にできるとは思えなかったし、態度を変えるには今が好機だと悟ったからだ。この娘の感性は思っているよりもずっと鋭い。猿芝居を続けるのはかえって危険だ。
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Category : 小説・トリネアの真珠
Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

ようやくわかってスッキリ

今日はクラシック音楽の話題です。が、「どのクラシック音楽が好き?」シリーズではなくずーっとどの曲だったかわからなくて考え続けていた曲がなんだったか、ようやくわかった話。

オーケストラ イメージ

ものすごくよく知っているメロディーなんだけれど、誰のなんて曲なのか思い出せないということって、ありませんか? たとえばボッケリーニの「弦楽五重奏曲ホ長調G275第3楽(メヌエットとして知られている)」のように、「あ〜、これ、よく喫茶店でかかっているヤツ」みたいな憶え方をした曲もありますし、学校の音楽の授業で聴かされたので耳に残っている曲もあります。

ここ2か月くらいわたしを悩ませていた「このメロディーなんだっけ」は、おそらくかつて父親が無限リピートしたせいで耳に残っていたのですが、自分ではあらためて聴いたことがなかったのでどの曲かわからなかったのです。あたりはついていました。「交響曲の一部っぽい。ベートーヴェンではない……ブラームスか、ブルックナーあたりかも」

で、怪しそうな作曲家の曲を聴きまくるという戦術で見つけました。ブルックナーの交響曲第7番の第2楽章でした。ということは、きっとクナッパーツブッシュ指揮のウィーンフィル版を父が無限リピートしていたのだと思われますが、なぜかCDの中身がどこかに消えてしまっていて、確認できなかったんですよ。

第1楽章と終楽章は全然記憶にないのですが、第2楽章と第3楽章はしっかり憶えていました。

って、それだけの話です。ああ、スッキリした。

しかし、モーツァルトやハイドンみたいな多作な人の作品じゃなくて助かりました。



この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

read more


アントン・ブルックナー 交響曲第7番

Bruckner: 7. Sinfonie ∙ hr-Sinfonieorchester ∙ Christoph Eschenbach
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Category : BGM / 音楽の話

Posted by 八少女 夕

【小説】菊花の宵

今日の小説は、植物をテーマに小さなストーリーを散りばめていく『12か月の植物』の9月分です。

9月のテーマは『菊』です。

菊が日本でもスイスでもお墓参りの花なのはなぜなんだろうとずっと思っていましたが、じつは日本でそうなったのはあまり古い話でもないらしいです。むしろおめでたい花という認識の方が伝統的なのだとか。スイスに来てから、日本で普通にあるいろいろな文化を調べることが増えて、新しく知ることが多いです。


短編小説集『12か月の植物』をまとめて読む 短編小説集『12か月の植物』をまとめて読む

「いつかは寄ってね」をはじめから読むいつかは寄ってね




菊花の宵

 蒼く澄み渡った空には秋の氣配が満ち、南への旅立ちを告げる鳥の音が彼の注意を引いた。幾度めの秋かもう数えることもなくなっていた。彼を慈しみを授けて送り出してくれた穆王ぼくおう とその子孫たちも儚く世を去った。今朝も朝露が菊の葉に溜まり、ゆっくりと川へと落ちていく。慈限視衆生、福聚海無量。尊い教えが川の水を甘露、天の妙薬へと変えた。そして、彼は知らぬうちに病に罹らず、歳もとらぬ神仙と化した。


「っていうのが、いわゆる菊慈童伝説なんです」
話し終えた真知子のことを、橋本は神妙に頷きつつ見た。正直言って、秋の氣配といった文学的な尾ひれは必要ないだろうと思うのだが、熱をこめて語っている彼女に水を差すようなことはすべきではないだろう。

 真知子が、いわゆる1次または2次創作の趣味を持っていることは、本人は語らないものの、すでに『でおにゅそす』の常連の間では周知の事実となっていた。彼女は、もう1つの趣味である神田の古書店めぐりの後に、この店に顔を出す。

 橋本がやって来た時にはもうずいぶんと飲んでいたらしいもう1人の常連西城は、真知子の高説をおそらくほとんど聞いていなかったが、話がひと息ついたのを察知して、大いに拍手しながら頷いていた。

 神田の目立たない路地にひっそりと佇む和風の飲み屋『でおにゅそす』は、二坪ほどでカウンター席しかない。ママと呼ばれる涼子が1人で切り盛りしている。西城や橋本、それに元板前で時おり手伝いもしている源蔵といった開店当時からの常連がいて、店の経営はそこそこ安定しているようだ。加えて、最近は真知子のような新規の客も定期的に足を運ぶようになった。

「それ、聞いたことあるぞ。……なんだっけ、能の『菊慈童』!」
西城は、それでも話は聞いていたらしい。橋本は失礼な感想を持った。

「まあ、西城さん、お能にも詳しいの?」
涼子が訊くと、西城は褒められた嬉しさに真っ赤な顔を綻ばせた。
「会社のお偉いさんに連れて行かれたことがあってさ。もちろん、ひとっこともわかんなかったから、あらすじの紙と睨めっこだったんだけどね」

 皆は笑った。

「つまり日本でもよく知られた故事だったということですね?」
橋本が訊くと、真知子は頷いた。

「もしかしたら中国でよりも日本でよく知られている話かもしれません。太平記に書かれていた伝説からお能の演目になったみたいです。重陽に菊のお酒を飲むことの由来みたいに語られることも多いようですよ」

 そういって、真知子は目の前に置かれた食用菊を示した。涼子が重陽だからとそれぞれの客の前に置いたものだ。

「これって、咲いている普通の菊とは違うんですよね?」
真知子が訪ねると涼子は答えた。
「ええ。食用にするために、苦みが少なく花弁が多くなるように改良した品種なんですって。これは奈良時代ぐらいから栽培されている品種みたいよ」

「おお。じゃあ俺っちたちも菊のお酒、飲まなきゃな」
西城が、菊をそのまま冷酒に入れようとした。

「まあ、西城さん、ちょっと待って」
涼子が止めた。

 涼子は、食用菊を1つ手に取ると、萼を取り、花びらだけのバラバラの状態にして小皿に入れた。
「こうすると、苦みもなく食べられるのよ」

 黄色い鮮やかな菊の花びらが、冷酒の中で踊った。

「わたしも、冷酒をお願いします」
真知子は頼んだ。

「それにしても、菊って不思議だよなあ」
橋本はつぶやいた。

「どうして?」
涼子が訊く。

「だって、葬式の時に使う花だから、不浄だとか嫌われてもおかしくないのに、重陽ではおめでたい花扱いだろう?」

「あ。それ調べてみました」
 真知子は言った。

「おお、それで?」
皆は、身を乗りだした。

「お葬式やお墓参りで菊が多用されるようになった理由は、わかっていないらしいんですが、どうも明治時代以降に西洋から逆輸入された文化だという説があるんですよ。西洋、とくにフランスでは菊は栽培が簡単で、切り花にしても長持ちするのでお墓に飾る花という認識が強いみたいです。一方、日本では延命長寿や無病息災の象徴だったり、たとえば皇室の御紋に代表されるようにおめでたくて尊い花という認識の方が長い伝統だったみたいですよ」

「へえ。それは驚いた」 
橋本は改めぬる燗の中に散らした菊花をのぞき込んだ。

 涼子は、皆の前にそれぞれほうれん草と食用菊の和え物を置いた。

「菊って、秋のグルメって感じするけれど、なんか栄養もあるんだっけ?」
西城が真知子に訊いた。

「さあ、そういうのはよくわからないです」
真知子は困って、涼子を見た。

 涼子は笑って答えた。
「あるわよ。ビタミンが豊富で抗酸化作用に優れているのでアンチエイジングにいいんですって」

 真知子は目を大きく見開いた。
「えっ? じゃあ、もっと食べようかな」

 男性陣は笑った。涼子は続けた。
「それだけじゃないわよ。抗炎症作用やコレステロール・中性脂肪の低下にいいんですって。それに、お刺身に添えられているのにも意味があって、解毒殺菌作用もあるんですって」

「おやおや。じゃあ、俺っちたちも食べなきゃな」
西城は、置いてある菊を掴むとそのままむしゃむしゃ食べてしまった。

 真知子は、そうかと思いながら、菊の花の浮いた酒を飲んだ。
菊慈童が700年も少年のままで過ごしたかどうかはともかく、菊のエキスを含んだ水をよく飲んだことで、健康に長生きしたのは本当かもしれない。

 そして、それが21世紀になった今も、こうして神田の小さな店で、みなとワイワイ楽しみながら続く伝統になっているのは、素敵なことだなと思った。

 重陽の宵かあ。偶然今夜ここに来たのは大正解だったなあ。こういう伝統的な風物詩のあるときには、この店に来て涼子さんや常連さんたちと話すの習慣にしたらたのしいかも。

 真知子は、橋本の手元を見ながら、次はわたしもぬる燗にしようかなと思った。

(初出:20240年9月 書き下ろし)
関連記事 (Category: 短編小説集・12か月の植物)
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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

菊花の宵

この記事は、カテゴリー表示のためのコピーです。

今日の小説は、植物をテーマに小さなストーリーを散りばめていく『12か月の植物』の9月分です。

9月のテーマは『菊』です。

菊が日本でもスイスでもお墓参りの花なのはなぜなんだろうとずっと思っていましたが、じつは日本でそうなったのはあまり古い話でもないらしいです。むしろおめでたい花という認識の方が伝統的なのだとか。スイスに来てから、日本で普通にあるいろいろな文化を調べることが増えて、新しく知ることが多いです。


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菊花の宵

 蒼く澄み渡った空には秋の氣配が満ち、南への旅立ちを告げる鳥の音が彼の注意を引いた。幾度めの秋かもう数えることもなくなっていた。彼を慈しみを授けて送り出してくれた穆王ぼくおう とその子孫たちも儚く世を去った。今朝も朝露が菊の葉に溜まり、ゆっくりと川へと落ちていく。慈限視衆生、福聚海無量。尊い教えが川の水を甘露、天の妙薬へと変えた。そして、彼は知らぬうちに病に罹らず、歳もとらぬ神仙と化した。


「っていうのが、いわゆる菊慈童伝説なんです」
話し終えた真知子のことを、橋本は神妙に頷きつつ見た。正直言って、秋の氣配といった文学的な尾ひれは必要ないだろうと思うのだが、熱をこめて語っている彼女に水を差すようなことはすべきではないだろう。

 真知子が、いわゆる1次または2次創作の趣味を持っていることは、本人は語らないものの、すでに『でおにゅそす』の常連の間では周知の事実となっていた。彼女は、もう1つの趣味である神田の古書店めぐりの後に、この店に顔を出す。

 橋本がやって来た時にはもうずいぶんと飲んでいたらしいもう1人の常連西城は、真知子の高説をおそらくほとんど聞いていなかったが、話がひと息ついたのを察知して、大いに拍手しながら頷いていた。

 神田の目立たない路地にひっそりと佇む和風の飲み屋『でおにゅそす』は、二坪ほどでカウンター席しかない。ママと呼ばれる涼子が1人で切り盛りしている。西城や橋本、それに元板前で時おり手伝いもしている源蔵といった開店当時からの常連がいて、店の経営はそこそこ安定しているようだ。加えて、最近は真知子のような新規の客も定期的に足を運ぶようになった。

「それ、聞いたことあるぞ。……なんだっけ、能の『菊慈童』!」
西城は、それでも話は聞いていたらしい。橋本は失礼な感想を持った。

「まあ、西城さん、お能にも詳しいの?」
涼子が訊くと、西城は褒められた嬉しさに真っ赤な顔を綻ばせた。
「会社のお偉いさんに連れて行かれたことがあってさ。もちろん、ひとっこともわかんなかったから、あらすじの紙と睨めっこだったんだけどね」

 皆は笑った。

「つまり日本でもよく知られた故事だったということですね?」
橋本が訊くと、真知子は頷いた。

「もしかしたら中国でよりも日本でよく知られている話かもしれません。太平記に書かれていた伝説からお能の演目になったみたいです。重陽に菊のお酒を飲むことの由来みたいに語られることも多いようですよ」

 そういって、真知子は目の前に置かれた食用菊を示した。涼子が重陽だからとそれぞれの客の前に置いたものだ。

「これって、咲いている普通の菊とは違うんですよね?」
真知子が訪ねると涼子は答えた。
「ええ。食用にするために、苦みが少なく花弁が多くなるように改良した品種なんですって。これは奈良時代ぐらいから栽培されている品種みたいよ」

「おお。じゃあ俺っちたちも菊のお酒、飲まなきゃな」
西城が、菊をそのまま冷酒に入れようとした。

「まあ、西城さん、ちょっと待って」
涼子が止めた。

 涼子は、食用菊を1つ手に取ると、萼を取り、花びらだけのバラバラの状態にして小皿に入れた。
「こうすると、苦みもなく食べられるのよ」

 黄色い鮮やかな菊の花びらが、冷酒の中で踊った。

「わたしも、冷酒をお願いします」
真知子は頼んだ。

「それにしても、菊って不思議だよなあ」
橋本はつぶやいた。

「どうして?」
涼子が訊く。

「だって、葬式の時に使う花だから、不浄だとか嫌われてもおかしくないのに、重陽ではおめでたい花扱いだろう?」

「あ。それ調べてみました」
 真知子は言った。

「おお、それで?」
皆は、身を乗りだした。

「お葬式やお墓参りで菊が多用されるようになった理由は、わかっていないらしいんですが、どうも明治時代以降に西洋から逆輸入された文化だという説があるんですよ。西洋、とくにフランスでは菊は栽培が簡単で、切り花にしても長持ちするのでお墓に飾る花という認識が強いみたいです。一方、日本では延命長寿や無病息災の象徴だったり、たとえば皇室の御紋に代表されるようにおめでたくて尊い花という認識の方が長い伝統だったみたいですよ」

「へえ。それは驚いた」 
橋本は改めぬる燗の中に散らした菊花をのぞき込んだ。

 涼子は、皆の前にそれぞれほうれん草と食用菊の和え物を置いた。

「菊って、秋のグルメって感じするけれど、なんか栄養もあるんだっけ?」
西城が真知子に訊いた。

「さあ、そういうのはよくわからないです」
真知子は困って、涼子を見た。

 涼子は笑って答えた。
「あるわよ。ビタミンが豊富で抗酸化作用に優れているのでアンチエイジングにいいんですって」

 真知子は目を大きく見開いた。
「えっ? じゃあ、もっと食べようかな」

 男性陣は笑った。涼子は続けた。
「それだけじゃないわよ。抗炎症作用やコレステロール・中性脂肪の低下にいいんですって。それに、お刺身に添えられているのにも意味があって、解毒殺菌作用もあるんですって」

「おやおや。じゃあ、俺っちたちも食べなきゃな」
西城は、置いてある菊を掴むとそのままむしゃむしゃ食べてしまった。

 真知子は、そうかと思いながら、菊の花の浮いた酒を飲んだ。
菊慈童が700年も少年のままで過ごしたかどうかはともかく、菊のエキスを含んだ水をよく飲んだことで、健康に長生きしたのは本当かもしれない。

 そして、それが21世紀になった今も、こうして神田の小さな店で、みなとワイワイ楽しみながら続く伝統になっているのは、素敵なことだなと思った。

 重陽の宵かあ。偶然今夜ここに来たのは大正解だったなあ。こういう伝統的な風物詩のあるときには、この店に来て涼子さんや常連さんたちと話すの習慣にしたらたのしいかも。

 真知子は、橋本の手元を見ながら、次はわたしもぬる燗にしようかなと思った。

(初出:20240年9月 書き下ろし)

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Tag : 小説 読み切り小説

Posted by 八少女 夕

茄子が豊作

今日は庭仕事の話を。

収穫

今年は6月まで悪天候で、収穫はあまり期待していなかったのですが、じつは昨年よりもいい結果が出ています。といっても、去年は素人なのに適当にやりすぎて失敗した作物が多かったのですね。

たとえば、今年はそこそこの大根が収穫できています。(といっても日本の大根と比べたら小さすぎる手のひらサイズですが)去年は、早春に早く種を播きすぎて、寒さでトウが立ってしまったのですね。それでほとんど大根ができなかったんです。播く時季を間違えなかったビーツも、ジャガイモもたくさんできましたし、キャベツもだんだんいい感じに巻いてきました。

そして、今年大成功した作物ナンバー1は、茄子です。去年は、同じように苗を買ってきて植えたのですが、秋になっても最初の実が大きくならなくて、結局2個くらいしか収穫できませんでした。

ピーマンもそうなんですが、どうもナス科の野菜は最初の実をいつまでも大切にしてはいけなかったのですね。今年は、最初の実は早々に取り去りました。そうしたら次々と花をつけだして、たくさん実が成りだしたのです。

茄子

上の写真にもあるように、長い茄子と、それから普通の茄子の苗を植えたのですが、ここのところ3日に1度は茄子を収穫するというような感じになっています。

スイスでは茄子はやたらと大きくするのですが、この量で大きくても困るので、普通の日本の茄子よりも少し小さめの時に収穫してどんどん食べています。

去年はもったいなくてできなかった茄子のお漬物にもトライしました。これはやはり今年初めて挑戦した胡瓜と、大根と茄子を使った福神漬けです。

自家製漬物のいいところは、お弁当のお野菜を用意するのが面倒なときに、ご飯に混ぜてチャーハンみたいにして持っていくことができることですね。また、急いでいる時は、これでお茶漬けも。

毎日、使い切れないくらいの野菜が収穫できるので、秋冬に向けての貯蔵も進めています。
福神漬け

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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(32)アニーの帰還 -1-

今日は『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第32回『アニーの帰還』をお届けします。今回は2回に分けています。

枝葉だからと手っ取り早く終わらせたアニー(とフリッツ・ヘルマン)の話は、いちおう今日の更新分でおしまいです。スピンオフにするほどの内容でもないので本編に突っ込みましたが、今回の作品ではこの人たちのじゃれ合はもう登場しません。(そもそも需要もないと思いますし)


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(32)アニーの帰還 -1-


 召使いがやって来て、マックスとアニーが戻ってきたことを告げた。レオポルドとエレオノーラは踊るのをやめ、彼女に足運びの指導をしていたラウラと、することもなくその場にいたフリッツも入り口の方を見た。

 マックスに連れられて、血色のいいアニーがはいってきたとき、ラウラは思わず走り寄ろうとした。アニーもそうしようとしたが、その場にエレオノーラがいたので、マックスが素早く引き留めた。
「そんなに逸るな。久しぶりに夫に逢うとはいっても、候女様の御前だ」
「あ……。もうしわけございません」

 アニーは、あらためてフリッツに言う形で、その向こうにいるラウラにお辞儀をした。
「長いあいだ、お側を離れてしまいました。お詫びいたします」

 フリッツはほとんど表情も変えず「候女様と旦那様にご心配を掛けた。お礼を申し上げろ」とだけ言った。

 それだけ? それを聞いて、アニーはぷうっとふくれたが、彼の言うことももっともだと思い、エレオノーラとレオポルドに深く頭を下げた。

 レオポルドは、しかたないなと思いながら言った。
「よい。水を飲んで大変だったのであろう。ルーヴランの紋章伝令官殿にこの離宮でのことがわからないように氣を配ってくれたこと、感謝するぞ。……フリッツ、ここはいいから、アニーを部屋に連れて行ってやれ。ラウラ。この授業が終わったら、そなたも行っていろいろと教えてやるといい」

 ラウラは、アニーと話したくてしかたない想いを汲んでくれたレオポルドに感謝して頭を下げた。

 マックスは戻ったものの、踊りの授業を再開する前に、エレオノーラとレオポルドにマーテル・アニェーゼとの会談の様子を伝えることになった。それで、レオポルドは数分もすると、ラウラにアニーの様子を見にいってもよいと許可を与えた。

 ラウラは急いで西翼に向かった。3つの客室が並んでいる。一番上等の部屋にはデュランことレオポルド、その右側の部屋がマックスとラウラに、そして左側がフリッツ・ヘルマン夫妻にあてがわれている。しかし、実際にはフリッツは別室では警護にならないといってレオポルドの部屋で寝泊まりしていた。

 ラウラが、アニー1人で使うことになる部屋をノックしようとしたとき、中から声が聞こえた。

「ギース殿はたいそうお前にご執心だったとか」
「……ええ、そうです。私が死んだと信じていて、それでも、さし上げたスダリウムをずっと大事にしていたっておっしゃったんです。なんてロマンティックなんだろうって、思いません?」

 ラウラは、割りいる機会を逃し、ノックする手を下ろした。

 フリッツは、アニーのギースへの評価には大して賛同していないようだ。
「知るか。布は布だ。手をふいたり、怪我したときに傷口を縛るのには役に立つがな」
「もう。ヘルマン大尉にその手の機微がわかるわけないですよね!」

 ラウラは思わず微笑んだ。アニーの声は、少し沈んだ。

「それだけならよかったんですけれど……。ルーヴに一緒に来てほしいって。それも愛人じゃなくて、ちゃんと結婚できるように、わたしを養女にしてくれる然るべき貴族を探すとまでおっしゃってくださいました」

 ラウラは驚いた。エマニュエル・ギースがそこまで真剣にアニーとの未来を望んでいたとは夢にも思わなかったのだ。

「そうだったのか。そういうことならば伯爵夫人様もお許しくださるだろう」
「ちょっと待ってください! わたしがそんなことをするわけはないでしょう! ラウラ様と離れてルーヴランに戻るなんて。そもそも結婚することなんて、これまで考えたこともないのに」

 アニーは、憤っている。ラウラは、バギュ・グリ候に捨て駒にされた彼女を匿い側に置いたが、彼女自身の幸福を犠牲にしてまで自分に仕えさせようとは思っていない。

「ということは、初めての求婚だったのか」
「そうですよ。悪かったですね」
「悪くはない。お前はまだ若いからな。これから何度もあるだろう」
「何度もあるわけないでしょう。そんなのごめんです」

「なぜだ。ロマンティックで嬉しいんだろう? 花だの、詩だのをもらって甘ったるく口説かれるのが」
「……そういうふうに求愛されるのって、もっと嬉しく心躍るものだと思っていました」

「違ったのか?」
「私もあの方と結婚したいと思っていたら、天に昇る心地だったと思うんです。でも、そうじゃないとわかってしまって……。あんなにいい方を、お断りして、傷つけたのって、自分が極悪人になった氣分です」

 フリッツは、わずかの間、答えなかった。
「……。中途半端に思わせぶりを続けて、後からもっと傷つけるよりはいいだろう。傷つけたと罪の意識を感じるというのは、お前が相手に真摯に向き合っている証拠だ。それはあの方も感じておられるだろう。そうでなくとも、ヴェルドンに戻れば、そうそうあの方と会うこともあるまい。氣にするな」

 ラウラは微笑んで踵を返した。もう少し後で来よう。

 フリッツ・ヘルマンが、こんな風にアニーを慰めることができるのは意外だった。少なくともこの件では、ラウラがあらためて慰める必要は無さそうだ。

 答えるアニーの声は、わずかにふくれているようだ。
「慰めてくださってありがとうございます。……でも、なんだかやたらと楽しそうですよ」
「そんなわけあるか」
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Tag : 小説 連載小説

Posted by 八少女 夕

自分で行ったこと

もう少しわたしの癌治療に関する話を書きます。ただし、ここからはあくまでわたし個人が自己責任でやったことで、学術的または統計的な裏付けは何もないことを理解してお読みください。

水滴イメージ

一連の記事をまとめて読めるように、タグを作りましたので、必要な方は、下のリンクからどうぞ。
癌治療の話をまとめて読む



前回の記事で、わたしは化学療法や放射線治療に疑問があり、健康な細胞にダメージを与える恐れのある治療を望まなかったことを書きました。化学療法は(副作用に大きな差のある別の薬品でしたが)初めに行った某大病院でも、最終的に治療を受けたクリニックでも強く奨められましたが、わたしは断りました。

特に某大病院では、化学療法を受けないといい結果は期待できないとひどく脅されたのです。自分に信念があって選んだ治療方法ですが、不安がなかったと言えば嘘になります。

だから、わたしは化学療法の代わりになることを自分でやろうと思ったのです。

はじめの記事で「非西洋医学の治療者、代替療法の治療者」100人以上にインタビューして、見つけた9つの共通項をご紹介しました。

・抜本的に食事を変える
・治療法は自分で決める
・直感に従う
・ハーブとサプリメントの力を借りる
・抑圧された感情を解き放つ
・より前向きに生きる
・周囲の人の支えを受け入れる
・自分の魂と深くつながる
・「どうしても生きたい理由」を持つ

末期がんから自力で生還した人たちが実践している9つのこと」より


この中では最初の4項目にあたると思うのですが、自分で調べた「抗がん作用のある食品」「代替治療」などの中から、自分でできることを実践したのです。

まず、主治医には「抗体治療(という一種の抗がん剤)を受けるにあたって、食生活などで禁忌はあるか」と質問しました。そして、主治医からは何を食べてもいいと言われました。つまりどのサプリメントを取ろうともわたしの自由だなと判断しました。

食生活では、甘いものを制限しました。癌の「がん細胞はブドウ糖をエサにして増殖する」ので、糖質を完全に制限する療法もあるのですが、それをやり過ぎるとむしろ痩せすぎて体力が持たなくなることもあるので、とりあえず「飲み物に砂糖を入れない」「デザートを控える」程度の制限をしました。また、料理でやむなく糖分を入れるときにはミネラルの多い黒糖や抗がん作用もあるといわれるメープルシロップで代用しました。

そして、発酵食品と抗酸化作用のあるといわれる食品を意識的に食べるようにしました。

抗酸化作用といえば、ターメリック(ウコン)、モリンガ、枇杷の種、ナマコの粉を毎日少しずつ食べました。中でもモリンガがまずかったので、途中からオブラートを使うようにしました。

それからIP6ともいわれるフィチン酸もしばらく毎朝摂っていました。

さて、癌が見つかったと話した後、友人が奨めてくれた代替療法に「コロイダルヨード療法」というものがありました。これ、コロイド化したヨード水溶液(けっこうなお値段です)を飲む療法で、日本ではわりとよくみかけるのですが、ヨーロッパではまったく行われていないのです。友人に送ってもらうことも考えたのですが、あまりにも高くつくだけでなく、危険物扱いなどで面倒なことになってもなと怯みました。その後、この療法についてもう少しよく調べた結果、最終的にこちらでも入手可能なヨウ素水溶液を使う別の方法にたどりつきました。(しかも、とてもお安く……)

ヨウ素については、いろいろな意見があることもわかっていますので、この場では具体的な方法については書きません。ただ、わたしは治療中にヨウ素とその代謝をよくするミネラル類をたくさん摂りました。

そして、コロイダルシルバーを自分で作って、5か月ほど毎日2回飲んでいました。これまた、賛否両論あるのでこれ以上くわしく書きません。

そして、もう1つはイベルメクチンです。この薬についても賛否両論があることがわかっています。ただ、わたしは化学療法をしない代わりに自分でできることをすべてしたかったので、これも飲みました。

以上の3つ(ヨウ素、コロイダルシルバー、イベルメクチン)については、一般的には癌治療とは認められていない完全な自己責任による代替療法です。そのためこの記事ではものすごく簡潔に書きましたが、もし要望があったら別記事にするかもしれません。

実際に、何が一番効いたのかはわかりません。抗体治療がよかったのか、それ以外の自分でやったことのどれかが大きく作用したのかもしれません。少なくともわたし自身は「これだけ全部やったことだし、きっと治る」と思いながら過ごしていました。実際に、検査の度に腫瘍は小さくなり、最終的にすべて消えたのです。

しこりがあると氣がついてから、宣告されるまでに自分で試したけれど、それだけでは全く効果がなかったことといえば「アプリコットの種」療法でした。これは、「食べていたら1か月で癌が消えた」という情報を見たので試したのです。アプリコットの種に効果がなかったのではなく、それだけでは足りなかったのだと思います。つまり、本当に必要なことをしなければ、ほかの人に劇的な効果のあったことだけを試してもうまくいかない例だと思います。

だからこそ、1つのことに固執するのではなく、できることを全部試すというのも大切だと思います。ただ、費用の問題もありますし、続けられることという条件つきですが。ちなみにわたしはあれこれ試しましたが、家計が傾くようなことは何もしていません。

わたし個人のケースでは、ヨウ素にたどりついた時には、じつは腑に落ちたのです。わたしの家系は癌になった人がいないので、自分が罹ったときには意外でした。でも、ヨウ素が乳癌に大きく影響するという情報を得て、なるほどと納得してしまったのです。つまり、日本にいるとヨウ素が不足することはめったにないらしいのですが、スイスにおけるわたしの食生活では、ものすごくヨウ素が不足するのです。

今では、意識的に昆布だしなどを利用して、食生活の中でもヨウ素が取れるように意識しています。
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Posted by 八少女 夕

【小説】森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠(32)アニーの帰還 -2-

今日は『森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠』、第32回『アニーの帰還』の2回に分けた後編をお届けします。

「アニーの帰還」とありますが、すでに舞台を降りて楽屋に戻ってしまったアニーは登場しません。とはいえ、こっちが本筋であるだけでなく、じつは少しだけ重要なシーンでもあるのでお許しください。


トリネアの真珠このブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物


【参考】
「森の詩 Cantum Silvae - 貴婦人の十字架」を読むこのブログではじめからまとめて読む
あらすじと登場人物




森の詩 Cantum Silvae - トリネアの真珠
(32)アニーの帰還 -2-


 その日の午後には、グランドロン語と、刺繍についての授業が予定通り行われたが、途中で中断した踊りの指導もマックスを指導者に代えてふたたび行われた。

「そうですね。足運びは覚えられたようですが、ギクシャクしておられるのは全体像がはっきりしていないからかもしれませんね。私とラウラが手本をご覧に入れますので、流れをおつかみください」

 マックスは、楽人に合図をすると、ラウラの手を取りお辞儀をしてから踊り出した。儀礼的な祝祭歌と言われ、実際に先ほどレオポルドとラウラが踊っていたときには非常に礼儀正しく典礼に則ったように踊っていたと感じた『森の詩』が、かなり違って見えた。

 ラウラは、わずかに頬を紅潮させてマックスを見つめていた。マックスは、優しい微笑みを見せながら、誇り高く彼女を次の位置に導いていた。2人の間には、他の者が立ち入られぬ信頼と絆があり、形式的な動きを繰り返すはずのダンスにもそれが表れていた。

 エレオノーラは、そうした強い絆を知っていた。今は亡き兄フランチェスコと友ペネロペが、窓辺で見つめ合いながら古い詩歌を暗唱していたとき、同じ空氣が流れていた。多くの言葉は必要なく、占星術師が勧めるような特別な宵である必要もなかった。同じ詩歌は、エレオノーラも朗読することはできるが、同じ魔法は使えなかった。

 いま、踊るマックスとラウラの姿の向こう側に、エレオノーラは既視感のある立ち姿を感じた。

 そこに立っているのは、デュランだ。常に自信に満ちた様相で立ち、エレオノーラに対して皮肉ばかり言う不敵な男だ。グランドロン王国の商人のフリをしているが、おそらくはかなり高位の貴族。だが、彼は、いつもの彼らしくない表情をしていた。その表情に既視感があったのだ。

 その既視感は、デュラン自身の表情ではなかった。

 兄とペネロペが静かで幸福に満ちた時を過ごしていたあの午後に、エレオノーラの他にもう1人、黙って立ちすくんでいた者がいた。2人の忠実な橋渡し役であったトゥリオが、できるだけ表情を変えないようにしながら、硬い微笑みを浮かべていた。愛する大切な2人を祝福するその口元の笑みとは対照的に、瞳はなんとも言えない哀しみをたたえていた。決して叶わない願いを封印した忠実な男の心を映す窓をエレオノーラは見たのだ。

 トゥリオが、ペネロペを崇拝し、苦しい想いを抱えていることをエレオノーラはよく知っていた。それでも、エレオノーラは、トゥリオの想いに対してなにも感情を抱かなかった。兄と親友の想いの成就を強く願っていたこともあるが、彼の瞳の中にあふれる哀しみは、彼女にとって完全な他人ごとだった。

 初めて見たデュランの意外な姿こそ、エレオノーラにとっては他人ごとで然るべきだ。けれど、彼女はもう、ラウラとマックスの踊りを見ていなかった。1度も感じたことのない妙な心持ちに彼女は戸惑っていた。微かに苦く、喉につかえる何かがある。それは重しのように腹の方へと引っ張っているようだ。その感情につける名前を彼女は持たなかった。

 下を向いて、つま先を見た。美しいつま先の尖った靴。その靴に包まれている粗暴な動きしかできない足。美しく優秀な《学友》、完璧な貴婦人と比較するまでもない。何がこんなに重くて痛いのだろう? 踊りも礼儀作法も、候女としての未来も、どこかへと押しのけてしまいたい衝動に包まれる。

「下を見ているとは、ずいぶんと余裕があるな。……そなたのために我々はこうして時間を割いているのだが」

 声にはっとして顔を上げると、いつの間にかレオポルドがもっと近くに来ていて、いつもの皮肉に満ちた表情をしていた。先ほど見せた複雑な表情はすっかりと消え去っており、有無を言わせずに彼女を教育に引き戻した。
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Posted by 八少女 夕

どのクラシック音楽が好き? 【歌曲編】

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どのクラシック音楽が好き?シリーズの9つめは歌曲編です。

シューベルトの『魔王』などは学校の音楽の時間に聴かされた方も多いのでは? では、いきます。

第3位 アレッサンドロ・スカルラッティ 『ピッロとデメートリオ』より『菫』
第2位 フェリクス・メンデルスゾーン・バルトルディ 『歌の翼に』
第1位 シャルル・グノー『アヴェ・マリア』

第3位だけはまたしてもマニアックですが、これは個人的な思い入れで、ここにぶち込みました。亡くなった母がよく歌っていたんですよ。母はわりと日本歌曲を歌うことが多かったのですが、イタリア語のものではなぜかこの歌を選んでいたですよね。紫色が好きだった母らしい選択だったのかも。

第2位はメンデルスゾーンの『歌の翼に』です。この曲は、男性も女性も同じくらいよく歌っている印象がありますが、わたしとしては男性が歌う方が何となく好きです。オーケストラ版やピアノ版もあって、それはそれで好きですが、ハイネの詩がはっきりとわかるドイツ語のものを聴くのが好きですね。

そして第1位は『アヴェ・マリア』、それもグノーのものにしました。グノーのアヴェ・マリアは、ご存じの方の方も多いですが、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「前奏曲 第1番 ハ長調 BWV 846」の旋律を伴奏に使って、その上に独自の旋律を乗せています。即興的にこれを作ったと言われていますが、すごいですよね。歌詞の方はカトリック教会ではとても重要な「天使祝詞」の祈りのラテン語版です。たくさんの作曲家がこの祈りに曲をつけていてカッチーニやシューベルトの『アヴェ・マリア』も捨てがたいのですが、やはりわたしはこれが一番好きです。

この記事には追記があります。下のRead moreボタンで開閉します。

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アレッサンドロ・スカルラッティ 『菫』

Renata Tebaldi - Le Violette

フェリクス・メンデルスゾーン・バルトルディ 『歌の翼に』

Auf Flügeln des Gesanges, Op. 34, No. 2

シャルル・グノー『アヴェ・マリア』

Ave Maria · Bach · Callas
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