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ルー・リードの人生にかかわった二人のトランスジェンダー

ルー・リード2013年に死去した際、マイケル・スタイプは彼のことを「21世紀における最初のクィアアイコン」と呼んだが、これは70年代におけるルー・リードのミューズだったレイチェル・ハンフリー(Rachel Humphreys)についての文章である。

が、その前にキャンディ・ダーリング(Candy Darling)というルー・リードが人生でかかわったもう一人のトランスジェンダーの話から始まる。

キャンディ・ダーリングは、アンディ・ウォーホル周辺の「スーパースター」の一人で、特にルー・リードと人間的に親しかったわけではないらしいが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代に「キャンディ・セッズ」、そしてトランスジェンダーを扱ったロックの代表曲「ワイルドサイドを歩け」で、ルーはキャンディのことを歌っている。

ワタシも特に前者の歌詞の儚さが大好きなのだが、キャンディ・ダーリングは1974年に悪性リンパ腫で亡くなる。彼女が『マイラ ―むかし、マイラは男だった―』のマイラ役を演じられなかったのは残念な話である。

この文章で知ったが、キャンディ・ダーリングの伝記本 Candy Darling: Dreamer, Icon, Superstar が来年刊行される。そういえば彼女の人生が映画化され、トランスジェンダーモデルのハリ・ネフがキャンディを演じるというニュースを昨年見たが、その話は進んでいるのかな。

さて、ルー・リードは「ワイルドサイドを歩け」を収録した代表作『Transformer』発表してから一年少しした後に、イースト・ヴィレッジのドラッグバーでレイチェル・ハンフリーに出会い(なので、『Transformer』の裏ジャケに写る美女がレイチェルという説は間違い)、一緒に暮らすようになる。二人は1974年から1977年まで同棲したと言われる。

実はこの文章の著者である Aidan Levy は、ルー・リードの伝記『Dirty Blvd.: The Life and Music of Lou Reed』(asin:B0150SA7M2)の著者でもあり、レイチェルはルー・リードにとって重要な存在なのに、彼女がトランスジェンダーだったせいで存在を抹殺されていると感じていたため、家族や友人にインタビューをしたそうだ。

1980年にルーと結婚するシルヴィア・モラレスは、レイチェルのことを「強くて自信に満ち、スタイルを持った人」と評しており、それ以外にもレイチェルについて語っているが、シルヴィアがレイチェルのことを人間的に知ってるとは正直思わなかった。当時、レイチェルの美しさを讃えた人は多いが、彼女酷く書いたレスター・バングスは、ルーの生涯続く恨みを買った。

「レイチェル」という名前は、1975年秋に精神病院で亡くなった彼女の妹の名前をとったものと思われるが、その同年にルー・リードが発表した『Coney Island Baby』の感動的なタイトル曲の最後で、彼はこの曲をレイチェルに捧げている。

同棲した2人が一種の共依存の関係にあったことをシルヴィア・モラレスが証言しているが、ツアー時はロードマネージャー役までやってたとな。レイチェルがルーにとってのミューズだったのは言うまでもないが、当時、レイチェルのファンもいたという話は知らなかった。

2人の関係はやがて緊張を迎えるが、それは性転換手術を受けたいと思うレイチェルに対し、ルーがそれに反対したのが大きな要因だったらしい。1977年末までに2人は別れ、それ以降、ルーがレイチェルについて公に発言することはなかった。キャンディ・ダーリングのときと異なり、ルーはレイチェルの言葉を歌にはしなかった。

ただ、1978年に発表した『Street Hassle』の11分に及ぶタイトル曲の歌詞は、一部レイチェルのことを歌っているという解釈もある。

1979年のはじめにレイチェルは所持品を返しにリハーサル中のルーを訪ねるが、それがおそらくは2人が顔を合わせた最後と思われる。

ルーのバンドのリードギタリストだったジェフ・ロスは、その数年後にレイチェルと道でばったり出会うが、その時彼女は衰弱し、明らかにホームレスと思しき姿だったらしい。彼女はジェフに近づいて来て、しっかりと抱きしめたという。「俺が、ルーを知る人でレイチェルで最後に会った人間かもしれない」とジェフ・ロスは述懐する。

レイチェルは、1990年1月30日に37歳の若さでマンハッタンのセントクレア病院で亡くなった。死因は公表されていないが、その病院は当時エイズ患者を受け入れていたことで知られる。

当時、ルーはその訃報を知らなかったとされるが、彼が前年に発表した傑作『New York』における「ハロウィーン・パレード」は、ゲイパレードハロウィーン仮装行列に見立てたどぎつい歌詞だが、当時のゲイコミュニティに蔓延したエイズが、ルーが親愛を感じる人たちを死に追いやっていることへの恐れが歌われている。

もうすぐ刊行されるアンソニー・デカーティス『ルー・リード伝』でもレイチェルのことは当然ページが割かれているだろうが、ルー・リードという人のパートナーの扱いの酷さも書かれているはずなので、心して読もうと思う。

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