薬にまつわるエトセトラ 公開日:2024.08.02 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第118回

人間だけじゃない?近年の研究で分かった「薬を使う動物」の事例

本連載の第54回で、医薬の起源について書いたことがあります。そこで、人類が医薬を用いた最古の例として、アルプスの氷河からミイラとして発見された男性(通称「アイスマン」)が、駆虫薬と見られるキノコを携帯していたことを紹介しました。

🔽 第54回「人類はいつ医薬を使い始めたか?」はこちら

また、約5万年前のネアンデルタール人の歯から、ポプラのDNAが検出されています。ポプラはサリチル酸を含むため、彼らはこれを鎮痛剤代わりに噛んでいたと推測されています。
 
(なお同じ歯の化石から、ペニシリンを産生する青カビのDNAも検出されています。これを、ネアンデルタール人が抗生物質で感染症を治していた証拠とみなす主張もありますが、青カビのペニシリン生産量の少なさを考えると、これは少々考えにくいと個人的には思います)
 
となると、人類が誕生する以前から医薬はあったのではないか、とも考えられます。そしてどうやら、人類以外の各種動物たちも医薬を使用しているらしいことが、近年の研究で次々に明らかになりつつあるのです。

 

駆虫薬を使う動物たち

前述の通り、アイスマンが所持していたのは駆虫薬でした。動物たちにも、駆虫薬らしきものを使っているケースがいくつか観察されています。
 
昆虫などによる食害を防ぐため、虫に対して有毒な成分を作っている植物はたくさんあります。これを食べることで、寄生虫を駆除する効果が期待できるわけです。
 
たとえばチンパンジーは、ある種のキク科植物の葉を摂取することが知られています。しかも彼らは、この葉を噛まずに口の中で転がし、カプセル状にして呑み込みます。有効成分であるチアルブリンAが、胃で分解されることを防ぐためとみられます。
 
またこの葉には毛状の突起がたくさん生えており、これが腸内の条虫などを絡め取り、体外に排出することも観察されています。つまりチンパンジーの「薬」は、二重の効果があるわけです。

シカは、タンニンを多く含む植物を積極的に食べます。そしてタンニンを多く摂ったシカは、寄生虫が少なくなる傾向がみられます。
 
タンニンはタンパク質に結合する性質があり、口内の粘膜に張り付いて収斂させることで、渋みを発現していると考えられています。これと同様な作用で、寄生虫を駆除しているのではと推測されています。
 
その他、オマキザル科のタマリンは、時に栄養価のない植物の大きな種を丸呑みしています。アラスカに棲むクマも、春にスゲの葉を呑むことが知られています。これらも、寄生虫駆除を目的とした行為と考えられています。
 
薬を使っているのは、哺乳類ばかりではありません。ある種のアリも、寄生生物から身を守るために「薬」を服用していることが報告されています。
 
Beauveria bassianaは、世界中の土壌に存在する真菌です。多くの節足動物に寄生して病気を引き起こすことが知られており、アリもその例外ではありません。その対策としてアリが用いるのが、消毒薬としておなじみの過酸化水素です。
 
ある種の植物は、花蜜に過酸化水素を含みます。また、アブラムシなどの食害から身を守るためにも、過酸化水素を放出します。ある種のアリは、これを積極的に摂取することで体内の過酸化水素濃度を上げ、真菌の侵略から身を守っているのです。

 

傷の治療をするクマ

寄生虫対策以外にも、動物たちは薬を使いこなしています。たとえば動物園で飼育されているオマキザルが、砂糖のシロップを傷口に塗って、けがの手当をしている様子が観察されています。
 
北米に棲むヒグマは、オシャという草の根を唾液と混ぜてペースト状にして毛皮にすり込み、虫刺されの痛みを和らげています。この植物には、クマリンなど105種類の活性化合物が含まれており、虫よけの作用を持つと考えられます。北米先住民のナバホ族は、クマのこの行動をヒントに、この根を胃痛や感染症の治療に用いることを学んだという伝承があります。

 

動物もドラッグを乱用する?

病気や傷を治す医薬だけではなく、嗜好用薬物(いわゆる「ドラッグ」)を用いる動物の例も知られています。ゾウやサルなどが、発酵した果実に含まれるアルコールを、好んで摂取する様子はよく観察されています。ネコが好むマタタビなども、この範疇に入れることができるでしょう。
 
海洋生物の例では、イルカが鼻先でフグを押し転がしながら、無気力な様子で泳いでいたとの報告があります。これは、イルカがフグ毒テトロドトキシンで酔っていたのではないかとして、テレビなどで話題を集めました(ただしテトロドトキシンの精神への作用は知られていないため、この報告には疑問の声も上がっているようです)。
 
こうして見てくると、動物が薬を用いる例は思っているよりずっと幅広く、まだ知られていないケースも多数ありそうです。医薬というもののルーツに迫るためにも、こうした研究はもっとなされてよさそうに思います。

 

※動物が医薬を用いる例は、以下のページにまとめられています

人と動物と薬の歴史 | 東京薬科大学研究ポータル【CERT】
Zoopharmacognosy|Wikipedia
Recreational drug use in animals|Wikipedia

 

 
 


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。