「D2C(ダイレクト・ツー・コンシューマー)」と呼ばれる、デジタルを軸としたブランドビジネスが米国を中心に急拡大。日本国内でもインフルエンサーによるブランドビジネスやベンチャー企業の参入が相次いだ。ところが、その多くは大きな成功を収められていない。一方で、底堅いのがやずや(福岡市)、サントリーウエルネス(東京・港)といった老舗通販だ。D2Cと老舗通販を分ける決定的な違いは、利益を生む仕組みづくりにある。「売れるEC」の極意を学ぶ。
「新興系D2Cの9割が失敗している」
衝撃的な数字を口にするのは、ネット通販の支援会社、売れるネット広告社の加藤公一レオ社長だ。定量的な調査に基づいたものではなく、あくまでも加藤氏の肌感で口を突いた数字だろう。だが、それぐらいネット通販市場は参入が相次ぎ過当競争に陥っている。勝ち残る企業はごく一部だ。
日本国内のEC市場は新型コロナウイルス禍中で大きく成長した。経済産業省によれば2022年度のBtoC(消費者向け)EC市場は前年比9.91%増の22兆7000億円となった。中でも約58%を占めるのが物販系分野だ。食品、飲料、酒類、化粧品、生活雑貨などが該当する。新興系D2Cが商材としても扱うことの多い分野だ。
新型コロナウイルス禍で外出自粛生活が広がり、消費者の間でECサイトの利用が増加したことはもちろんだが、市場拡大の一助となったのがD2C市場の勃興だ。「BASE(ベイス)」「STORES(ストアーズ)」「Shopify(ショッピファイ)」といった新興系のECサイト構築サービスの躍進、SNSの普及による集客策の多様化、OEM(相手先ブランドによる生産)を活用した商品開発の活性化などにより、オンラインで完結するブランドビジネスが可能になった。
こうした中、米国ではマットレスブランド「Casper(キャスパー)」、化粧品ブランド「Glossier(グロッシアー)」など、D2Cでユニコーン企業(企業価値10億ドル、日本円で約1500億円以上の未上場企業)に仲間入りをする企業が増加。その大きな可能性に魅入られ、国内でもSNSで多数のフォロワーを抱えるインフルエンサーによるブランドの展開、デジタルを軸とした新たなブランドビジネスを展開するベンチャーの参入などが相次ぎ、D2Cブームが到来した。
D2Cの多くは赤字経営状態にある
だが、そうしたD2C企業の多くが「赤字経営に陥っている」と加藤氏は指摘する。決定的な弱点は「継続性の弱さ」(加藤氏)だ。
新興系D2Cはベンチャー企業に多い。顧客数などの数字を基にした将来性でベンチャーキャピタル(VC)から資金を調達し、それを新規顧客開拓に投資する。ところが、継続購入率が低いため利益が上がらず、自転車操業になり、再び資金調達をするという悪循環に陥ってしまう。
ECサイトの売り上げは「ユーザー数(訪問者数)」「CVR(成約率)」「客単価」の3つのかけ算で算出できる。月間10万人が訪れるECサイトで、CVRが5%、客単価が4000円なら、月間の売り上げは2000万円となる。
売り上げを伸ばすには、これら3つの数字を高める必要がある。だが、売り上げを上げれば経営は安定するかといえばそうではない。安定的な経営の実現には利益が絶対条件。利益が出なければ、経営に必要な資金を第三者から調達しなければならないため、赤字経営から抜け出せなくなる。
利益を出す上で重要なのは、客単価だ。客単価といっても、1回当たりの購入金額ではなく、継続的な購買で得られる金額、すなわちLTV(顧客生涯価値)だ。
おそらくネット通販会社の多くは新規顧客獲得数を増やすための広告費の投下、初回購入割引キャンペーンなどの実施にマーケティング費用の多くを割いているはずだ。そのため、初回購入時は顧客獲得コストが売り上げを上回り、赤字であることが大半だろう。
顧客獲得はスタートに過ぎない。そこから、クロスセル(併せ買い)を促したり、購入頻度を増やしたりしてLTVを増やすことで利益が生まれる。
ところが、「新興系D2Cの多くはCRM(顧客関係管理)が非常に下手で、LTVが低い。ネット通販の黎明(れいめい)期から事業を展開してきた老舗通販企業とは似て非なるモデルになっている」と加藤氏は言う。
では、長く愛される老舗ECや、急成長を続ける新興ECは、どの数字を伸ばし、どんな打ち手を実施しているのだろうか。まずは通販会社を3つの世代に分類することで、D2Cと老舗通販が似て非なる事業である理由を説明しよう。
- D2Cの多くは赤字経営状態にある
- ネット通販市場を3世代に分類
- 第3世代は失敗する企業が9割
- LTVとCRMを見る企業が減少
- D2Cが失敗する4つの共通点
ネット通販市場を3世代に分類
ひとくくりに単品通販といっても、実は「3つの世代に分かれる」と加藤氏。第1世代は、1990年代から2000年代前半に全盛期を迎えた、やずや(福岡市)、キューサイ(福岡市)、健康家族(鹿児島市)、エバーライフ(福岡市)、えがお(熊本市)を中心とする、九州の通販企業だ。
第2世代は、00年代後半から参入が目立ち始めた、大手メーカーによる通販事業だ。大手ならではの研究力を生かし、サントリーウエルネス(東京・港)のサプリメント「セサミンEX」やカゴメの野菜ジュース「毎日飲む野菜」、サンスター(大阪府高槻市)の野菜ジュース「健康道場 緑黄野菜」といった、特保(特定保健用食品)や機能性の高い商品で差別化を図り、企業ブランドの認知度を生かしてシェアを拡大した。
第3世代は、10年ごろから日本でも広がり始めたD2Cと呼ばれる、ネット直販に取り組む新興企業だ。健康食品や化粧品などの独自ブランドを展開する北の達人コーポレーション、「DUO(デュオ)」ブランドの化粧品事業で知られるプレミアアンチエイジングなどはネット広告を主軸に、急成長を遂げてきた。
それぞれの世代には特徴的な強みと弱みがあり、それを一覧にしたのが以下の表だ。
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