思わぬ形で、課題解決の糸口が見えてきた。悩みを抱えていたのは、電気自動車(EV)で使われた中古電池のリサイクルやリユースに取り組む日本企業。中古電池が海外に流出し、研究開発や事業化に向けた検討を十分に進められずにいた。
事態が急変したのは2023年7月28日。日本政府はウクライナ侵攻を続けるロシアへの経済制裁に関して輸出を禁じる製品の追加を発表した。750品目程度を新たに禁輸対象とし、そこに中古EVを含めた。同年8月9日に施行し、ロシアへの流出が止まった。
財務省の貿易統計によると、2023年1~7月にロシアへ輸出された中古EVは6995台に上る。同期間の輸出台数は世界全体で1万2849台。2位のニュージーランドの2540台を大きく引き離して、ロシア向けが断トツに多い。
貿易統計では中古EVに関する統計データを2017年から集計しており、この年は1048台の中古EVがロシアへ渡った。ロシアへの輸出台数は右肩上がりで増加し、「輸出規制がなければ2023年は1万台を超えていた」(中古車の動向に詳しい関係者)と見られる。現在、市場に出回っている中古EVのほとんどは日産自動車が2010年に発売した初代「リーフ」と考えていいだろう。
ロシア向けに輸出される1台当たりの金額は平均で、2017年は約50万円だったが、直近では100万円を超えている。自動車リサイクルや資源確保などの観点では中古車の国内循環が望ましいが、海外に買い負ける状況になっていたわけだ。
日産子会社で中古電池ビジネスを展開するフォーアールエナジー(横浜市)社長の堀江裕氏は、ロシアへの制裁を機に「国内に中古電池が蓄積していく流れが出てきた」と捉える。国内で中古電池が十分に流通すれば、大規模な技術検証や商用展開を検討しやすくなる。
廃棄電池は2000万トン超へ
いずれ訪れるEVの大量廃棄時代――。環境負荷の軽減だけでなく、リチウム(Li)やコバルト(Co)といったレアメタル(希少金属)の確保という観点でも電池サイクルは極めて重要だ。
米McKinsey & Company(マッキンゼー・アンド・カンパニー)は、2030年ごろからEVの廃棄によって発生する使用済み電池が急増していくと予測する。リサイクルされる車載電池の量は、2020年は5万トンだった。2030年には185万トン、2040年には2050万トンへと増える。2050万トンのうち、生産時の品質不良で廃棄される電池が6%で、残る94%が中古EVから出る使用済み電池だ。
欧州は規制という武器を使って電池リサイクルの競争力を高める。米国は独自のエコシステムを構築しはじめた。日本はロシアへの輸出制限を機に取り組みを急ピッチで進められるのか。
欧州電池規則が転換点に
「大きな転換点を迎えた」。車載電池大手AESCグループ(神奈川県座間市)の副社長で最高技術責任者(CTO)の明石寛之氏がこう受け止めたのは、欧州連合(EU)が2023年8月17日に発行した「電池規則(Regulation(EU)2023/1542)」だ。電池の性能や材料、二酸化炭素(CO2)排出量など製造過程の情報を記録する「電池パスポート」の導入や、ライフサイクル全体のCO2排出量であるカーボンフットプリント(CFP)の算出、廃電池の再資源化、リサイクル材の採用などに対応する必要がある。
再資源化については、リサイクル事業者が対応する。レアメタルごとに規定されるリサイクル収率を達成する必要がある。2027年末までに、Liは50%、Coとニッケル(Ni)は90%を再資源化するように規定した。リサイクル収率はその後、2031年末までにLiは80%、CoとNiは95%へと引き上げられる。
リサイクルに関しては、使用済み電池から回収したレアメタルを一定量使用することを電池製造者に求める。2031年8月18日からは、Coは16%、LiとNiは各6%についてリサイクル材の使用が必要になる。2036年8月18日以降は、Coは26%、Liは12%、Niは15%に使用比率を引き上げる。