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 「当社からITツールを導入すれば、国から補助金が出ますし、キックバックも渡しますよ」――。中小企業の経営者は、このような甘言に乗ってはならない。補助金等不正受交付罪や詐欺罪に問われる可能性がある。

 中小企業のデジタル化を支援する国の「IT導入補助金」を巡って、不正受給が大量に見つかった。会計検査院の抜き取り検査で不正受給率が約8%にも達した。多くのケースではITベンダーがユーザー企業に不正を働きかけていたが、補助金を不正に受け取ればユーザー企業も罪に問われかねない。事業を担当する中小企業庁や中小企業基盤整備機構(中小機構)には、厳しい再発防止策が求められる。

 会計検査院は2024年10月21日、国のIT導入補助金事業で、2020年度から2022年度の3カ年に1億4755万円の不正受給が見つかったと公表した。補助金を交付した9万9908社から376社の445案件を抜き出して利用実態などを検査。このうち30社の41案件が不正だったと認定した。

 検査で不正受給が見つかった企業の割合は約8%に達する。会計検査院によれば、特に疑いが濃い案件だけに絞り込んで検査したわけではないという。「他の補助金事業などと比べると不正の割合は高い」(経済産業検査第1課)と指摘する。

 IT導入補助金は同期間、9万9908社に対して1464億2197万円を執行している。約1.5億円という認定された不正は「氷山の一角」にすぎない。会計検査院は、現時点で不正が疑われる案件や不正ではないが給付を改善すべき案件についても、9億5648万円分を指摘している。

 さらに会計検査院は今回の検査で不正受給を主導していた不適正ベンダー15者が支援した1978事業(既に不正認定した41事業を含む)58億2891万円について、不正受給がないか全件調査するよう事業を担当する中小企業庁と中小企業基盤整備機構(中小機構)に求めた。

不正受給は犯罪、補助金等適正化法違反や詐欺罪の恐れ

 中小企業庁と中小機構は会計検査院の指摘を受け、不正に関わったユーザー企業から補助金を返還させる取り組みを進めている。ただユーザー企業にとっては補助金の返還で終わらない場合がある。補助金の不正受給は犯罪だからだ。

 現在までに警察による検挙はないが、会計検査院が事務局など関係機関に検査に入った際には、関係者の証言から警察が捜査に動いていたことが判明している。また中小企業庁の担当者は会計検査院の検査を踏まえ、不正給付について「警察に相談している事実はある」と話す。

 今回の不正受給の多くは、中小企業に対して補助対象となるITツール(ITサービスやIT製品、コンサルティングなど)を販売し導入を手助けする「IT導入支援事業者」と呼ぶ登録済みのITベンダーが主導的な役割を果たしていた。「実質ゼロ円で導入できます」など不自然な導入スキームを持ちかけ、ITツールの販売先を開拓していた。

 会計検査院は不正を指南した不適正ベンダー15者を挙げて、手口の一部を明らかにしている。また会計検査院が検査に入ったことを契機に、補助金の事務局が2024年夏から調査と摘発に動き出した。中小機構は不適正なベンダーとして登録を取り消した事業者の公表を始めている。現在も調査が続き、不適正なベンダーは19者に増えた。

中小企業基盤整備機構(中小機構)が設けるIT導入補助金のWebサイト。不正に関する警告が目立つ
中小企業基盤整備機構(中小機構)が設けるIT導入補助金のWebサイト。不正に関する警告が目立つ
(出所:IT導入補助金のWebサイトを日経クロステックがキャプチャー)
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 不正を指南するこれらのベンダーの甘言に乗った場合、ユーザー企業が罪に問われる可能性がある。IT関連の法務に詳しいモノリス法律事務所の河瀬季代表弁護士は、「ユーザー企業が不正を持ち掛けられてIT導入補助金の不正受給に関与した場合は、補助金等適正化法の『補助金等不正受交付罪』が成立する可能性がある」と指摘する。量刑は5年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金である。

 実際に犯罪の構成要件を満たすか否かは、故意かどうかや受給の目的、受給状況などによる。同法に抵触しない可能性があるのは、ベンダーの行為につきユーザー企業側には過失がなかったと証明された場合や、不正を持ちかけたベンダーが適正化法32条1項の「代理人」に該当しないと判断された場合などだという。

 刑法の詐欺罪に該当する場合もある。ユーザー企業が「交付申請の内容が虚偽であることを認識しながら、虚偽の交付申請を自ら行った場合や支援事業者に交付申請を行わせていた場合、刑法の詐欺罪での単独正犯か(ベンダーとの)共同正犯が成立する可能性がある」(河瀬代表弁護士)。

 IT導入補助金は2024年現在でも、IT導入支援事業者が中小企業を支援する枠組みとして続いている。中小企業庁などは不正防止の強化に動き出したが、今も不正な受給をユーザー企業に持ちかけるベンダーが残っている可能性がある。ユーザー企業に有利な条件やキックバック後の実質価格を提示するベンダーの甘言をうのみにすれば、不正受給の当事者になりかねない。