世代を超えて読み継ぎたい、心に届く選りすぐりの子どもの本をご紹介いたします。
ニューイングランドの民謡をもとにした美しい絵本
おつきさま おねがい
あかりを ください。あかり あかり
ぼくは むらに つきたい
つきたいんだ。
川にかかった橋を渡り、教会の墓地を通り抜け、たわわに実るりんご畑を突っ切ってたどりついたお百姓さんの家畜小屋。きつねのとうさんがその小屋の扉を開けたとき、驚いたあひるたちは、目をまん丸に開けて驚く表情をしながら、涙を浮かべています。きつねのとうさんは、しかし、容赦はしません。舌なめずりをするが早いか、あっという間にかもとあひるを一羽ずつ仕留めることに成功です。
家畜小屋の持ち主、お百姓のジョンはというと、恰幅のいいおかみさんに急かされベッドから飛び起きます。いかにもおかみさんの尻に敷かれています、という風情の彼は、あわてて銃を手にするとラッパを吹きながら家を飛び出しますが、きつねのとうさんに追いつくことはできません。真剣に生きているからこそ生まれるおかしみ―スピアーが自身の作品でくり返し表現してきたテーマはもちろんここでも健在。おかみさんとジョンの関係がクリアでひょうきんに描かれます。
一方、まんまと人間をだしぬいたきつねのとうさんは、大切な獲物を落とすことなく、無事にわが家へと帰り着くことができました。そのあたたかなほら穴の中では、奥さんぎつねとたくさんの子ぎつねが、今か今かととうさんの帰りを待ちわびていたのです。
まってた まってた、とうちゃん。
むらは すてきだ。すてきな とこだ。
とうさんの とってきた
かもや あひるは きられ
はじめての すてきな
ごちそうになった。すてき すてき
物語の最初から最後まで、きつねのとうさんがどの場所にいても、月は明るくその行く手を照らし続けています。水彩絵の具で掃くように塗られたそれぞれの見開きは、やわらかい光を帯びていて、この作家特有のパノラマに広がる画面に深さと奥行きを与えているようです。そして、交互にあらわれる黒いペン一色で描かれたページは、生き生きとした線がディテールの精巧さを際立たせ、余白とうまく溶けあいながらすっきりと美しい画面をつくっています。頼もしいきつねのとうさん、まぬけなお百姓のジョン、そして牧草地で休む牛や美しく紅葉した野山―すべての動物、人間、そして自然に注がれる作者の温かい視線が感じられる1冊でした。
吉田 真澄 (よしだ ますみ)
長年、東京の国語教室で講師として勤務。現在はフリー。読書指導を行いながら、読む本の質と国語力の関係を追究。児童書評を連載するなどの執筆活動に加え、子どもと本に関する講演会なども行う。著書に『子どもファンタジー作家になる! ファンタジーはこうつくる』(合同出版)など。