株式会社アドレス/東京都千代田区
顧客志向の企業経営の実践
<2019年不動産経済研所主催セミナー等の講演より作成>
多拠点居住を推進し、都心と
地方の双方の課題を解決する
全国のコミュニティをつなぐライフプラットフォームを目指す
空き家を活用したシェアリングサービス
ADDressのサービスを立ち上げた背景は、テクノロジーが進化したことによって、SNS等を始めとした個人の情報発信の仕方や、サテライトオフィス、テレワークといった働き方が変化してきたのに対し、住まいに関しては変化が見られず、イノベーションが起こっていないと感じたことです。そこで、移動しながら生活する人や、複数拠点で働く人たちを対象に、定額制で全国どこでも住み放題という多拠点コリビングサービスを始めました。既に世界ではシェアリングエコノミーはかなり浸透しています。加えて、住まいと働く場所を融合したスペースで、しかもシェアして使うという“コリビング”の概念は、ミレニアル世代を中心に広まっています。
このサービスを始めた背景は、2016年に(一社)シェアリングエコノミー協会を立ち上げたことに始まります。事務局長としてシェアリングサービスの普及促進活動を進めたところ、人口減少が進む地方から、企業誘致や若者だけに依存するのではなく、その地域に住んでいる人たちがサービス提供者となり、シェアリングサービスを使って、地域が活性化するようなまちづくりをしていきたいという相談が多数寄せられたことがあります。しかし、人口が少ない地域ではシェアリングサービスというビジネスが成立しづらい状況がありました。その一方で、20代、30代の人たちは、都心だけでなく、都市部と地方の両方を移動しながら、働いたり暮らしたり、子育てしたりするライフスタイルを望み、所有することに投資をするより、人との交流といった体験価値に投資する人たちが増えています。そのため、都市と地方を結びつけるシェアリングサービスならビジネスとして成立する可能性が高く、地方の空き家を多拠点で生活する人たちにシェアすれば、マッチングができるのではないかと考えました。そこで、全国で増えている空き家を有効活用することで、低コストで物件の仕入れをし、リノベーションを施し、個室を提供することで、若い女性や家族連れも楽しめて、リビングやキッチンを共有しながら地域の人や利用者同士が交流できる、そのような場を提供するサービスを始めることにしました。
ハードとソフトとテクノロジーを融合させる
当社のサービスの利用にあたってはまず会員登録し、各会員は共同利用者として当社と全国の家について賃貸借契約を結びます。入会時には本人確認や反社チェックなどの入会審査を行います。会員料金は、月額税込み4.4万円のサブスクリプションモデルと言われる定額制で、敷金・礼金・保証金などの初期費用は一切かからず、電気・ガス・水道・インターネット回線料金などが全て含まれています。契約期間は1年間。最低利用期間を90日とし、短期契約の人はお断りしています。各物件には家具や家電、アメニティが設置してあるので身体一つで気軽に移動できますし、別途料金で専用ベッドプラン(個室タイプまたはドミトリータイプ)を契約すれば、住民登録も可能で、郵便物の心配もありません。最近は法人会員も増えており、福利厚生やサテライトオフィスやテレワークの場所として利用いただいています。
ビジネスモデルとしては、空き家をリノベーションした家と、その家を管理する“家守(やもり)”という地域の人たちを媒介にしたコミュニティと、ネットの予約や物件情報のチェック、利用者のレビューを蓄積するといったハードとソフトとテクノロジーを融合させたモデルです。
2019年のサービス開始時、ADDressの家は11物件でスタートしましたが、3年程度で47都道府県に200以上の物件数となりました。美味しい食事やお酒、自然や歴史・文化、どれをとっても日本の地方は宝の山です。そこにバブル時に建てられ、空き家になってしまった別荘や保養所があり、その当時はお金持ちしか利用できなかった建物を、シェアリングすることで、誰もが快適に利用できるようになりました。さらに、定額制にすることで使えば使うほどお得になるので、レビューを参考にしながら、今まで行ったことも聞いたこともない場所に気楽に行くことができるところに利用者の皆さんは魅力を感じているようです。実際に、千葉県南房総市にある元民宿は、目の前が海でプライベートビーチのように利用できますし、熊本県多良木町には廃車になったブルートレインを宿泊施設にした部屋に暮らせます。また、鹿児島県鹿屋市では廃校を利用して作った集合住宅の一室をADDressの家として提供してもらっています。
物件については、基本的には当社が所有者から5万円~10万円/月の家賃で一括して借り上げますが、最近では所有者がより貸しやすくなるように、オーナー住み込み型の「部屋貸し」プランとして1個室単位から稼働率に応じて変動賃料で借りる方法もとっています。シェアハウスの形態で交流を図っていきますので、一戸建てで部屋数が多い物件を探しています。また、家具や家電、食器など活用できるものは利用しますので、わざわざ家財を処分する必要はありません。最近ではコロナ禍でインバウンド観光客の減少などの課題を抱える旅館やホテルと提携し、空いている部屋を貸してもらうケースも増えています。さらに、地方の空き家を買い取ってADDress用の家を作り、投資物件として当社に貸し出す人もでてきました。リノベーション費用含めて100万円~300万円くらいで初期投資をし、3年~5年で回収できる物件が多いようです。また、沖縄県では地域を活性化したいという不動産会社と提携し、所有物件やサブリース物件を当社に提供し、家守も集めてくれるエリアパートナーのような役割を果たしてもらっています。当社としてもまだまだ物件数が少ないので、空き家になって何年も使い手が見つからない大きな家や、宿泊事業やシェアハウスを始めたものの入居者が決まらない部屋なども、当社のサービスと相性がいいと思いますので、相談があれば、活用していきたいと思います。
“家守”が利用者の価値を高め、地域の安心を担保
当社のサービスの大きな特徴として、各物件に“家守(やもり)”という管理者を置いていることが挙げられます。家守とはADDressの家での生活をサポートする地域コミュニティ・マネージャーのことで、下は20代から上は80代まで個性溢れる地域住人がいます。彼らが管理者となり、地域に暮らしている人たちが行くようなお店、地域の人が好きな場所やイベントなど、その地に暮らしているからこそわかる情報を提供します。また、家守たちは「今週地元の若者がバーベキューをやるから参加したらどう」とか「海でイベントがあるから地元の人たちと交流してみたらいい」というように、地域の人たちとの交流機会を設けたり、それぞれの裁量で食事会や農作業の体験イベントなどを開いてくれたりしますので、普通の旅行ではできないユニークな体験をすることができます。実際に一度観光で行ったけど地元の人と交わることができなかったという人が、家守の紹介で地元の人とつながって、イベントに参加したり、仕事が見つかったりと、人とのつながりを希望して年に何回も通うというケースも増えています。
また、地域に住む近隣の人たちも、地域住人が管理してくれるので安心だと思っているようです。当社も、町内会や自治会に加入し、商店街や商工会の会員になり、責任をもって地域との関係づくりをすることを伝え、安心していただいています。最近では、この地域の家守をやりたいと、住民票を移してやってくる人や、役場に勤めながらこの仕事をボランティアでする人たちもいます。
利用者のアンケート結果※1を見ると、男女比率は6割強が男性ですが、最近は女性も増えてきました。また、年齢は30代が31%と最も多く、20代26%、40代が22%を占めていますが、定年後に旅行や趣味を楽しむアクティブシニアの方もいます。職業は会社員が4割弱と最も多く、テレワーク等の利用者のほか、会社役員や経営者も1割程度います。若い人の中には都内で家賃を払って会社を往復するのではなく、家を解約して交通費だけ払い、月4万円でADDressの家だけで暮らすという人もいます。また、年収は500万円未満の方が約4割ですが、1,000万円以上の人も14%おり、別荘を買うより断然安いということで週末利用されています。主な住まいは関東エリアが7割強です。東京生まれ東京育ちが非常に増えている中、「第二の故郷」、または「田舎の実家」と思えるような場所を見つけたいという方もいます。
利用頻度についても、ときどき使うというレベルではなく、4割近い人がADDressを主な住まいとして利用し、14%の人が住民票を移しています。このように、このサービスは定額制なのでその地域が好きになったら何度でも住むことができます。それが高じて、最近では、ADDressのサービスを中心に生活する人も増えてきました。今の仕事を辞めてリモートワークを推進する企業に転職したり、フリーランスになったり、平日はADDressの家に暮らし、そこから出社して週末だけ家に帰るような人たちです。
さらに多様な会員同士の出会いを楽しむという人たちもいます。当社のサービスの特徴は、単にいろいろな場所で暮らせるというだけでなく、そこでいろいろな人と出会える、交流できるというところにあります。アンケートでは8割以上の人がADDressを通じて新しい仲間ができたと回答し、仲間の数も5名以上と答えた方が半数を超え、10名以上という人も2割に上ります。そこで、会員同士の交流や家守との交流を促進するために、“部活動”制度を始めました。サウナ部や星空部をはじめ35以上の部活動が登録されています※2。
100万人が多拠点生活をする世界を目指す
今まで、学校も職場も病院もお店も全てが定住する人を前提に、社会のシステムが形成されていましたが、人口が減少し、多拠点で生活する人が増えると、それぞれのあり方が変わっていくと思います。会員の中には医者や料理人もいますが、ADDressの家のある地域の病院で働いたり、訪問医療を始めたり、その地域で料理を作ったりと、移動しながら生活する人がサービス提供者になって地域で働き出しています。また、学校についても、熊本県多良木町では、2週間以内であれば自分の通っている学校に転入・転出届なしで都心と地方の両方の学校で学べる、デュアルスクールという制度を作ってくれました。
一方で、会員を辞めて地域に移住する方もいます。熊本県宇城市では、ゲストハウスをしたいという夢を持っていた30代の女性が、その地域を気に入り、家守に空き家を紹介してもらい移住しました。すると、「都会から若者が移住してきて、宿泊施設など1軒もないまちに宿を立ち上げる」という話を聞いた地元の人たちが、夜な夜な集まり、DIYを手伝い、冷蔵庫やテーブルを寄贈したりして彼女を応援しました。そして、2021年春にゲストハウスがオープンし、地域を活性化する一翼を担っています。このように、退会したから当社との関係が終わるのではなく、その人たちが移住して事業を始めたり、農業をしたり、お祭りで神輿を担いだり、地域で活動する人になってもらうことで、地域からの信頼は高まります。そのうえ、当社の旗振り役となって、地域の情報を発信したり、家守やオーナーになってくれたりするので、ありがたい卒業生だと感じています。
空き家の活用や関係人口の増加といった取り組みをしていると、行政の課題と重なることが多く、最近では多くの自治体と連携しています。具体的には、空き家バンクを通じた空き家の紹介やリノベーション費用の一部を補助してもらったり、地域おこし協力隊を家守として紹介してもらったりしています。また象徴的な出来事として、佐賀県武雄市が全国で初めて多拠点居住の促進を主目的にした事業を立ち上げてくれました。武雄市が多拠点居住用を前提に物件を公募し、リノベーション実施後の活用先として当社と連携し、“ADDress武雄の家”として提供するものです。さらに、武雄の家に一定条件で滞在する会員を対象に、交通費補助の制度も作ってくれました。
これからの地方創生の仕組みは、観光地をどんどん作り、年に1回、数年に1回来るような人を集めることに奮闘するのではなく、多拠点で生活する人を迎え入れて、地域の人たちと働き、学び、遊び、そして食事をするといった、その地域に“帰属”する人を一人でも多く増やすことが重要です。そうなれば、都市と地方が活性化し、双方の課題が解決していくと思います。私たちは、地方の側面だけではなく都市の課題も解決するために“全国創生”をスローガンに掲げています。地方と都市がつながっていくような取り組みを促進するのが多拠点生活者だと思いますので、移住定住促進の名の下に地域間で人口を奪い合うような感覚を持つのではなく、多拠点生活者が増え、ADDressの家をホッピングする人が増えることで、地域同士が助け合う関係になるのではないかと思います。
このサービスを通じて、多拠点居住者が暮らしやすい関係性を生活インフラと接続し、彼らが帰属できるコミュニティを一緒に作り、多拠点居住を通じて日本中のコミュニティに新たな関係を作るライフプラットフォームになることを目指したいと思います。
住まいの定額制に移動の定額サービスを付加する発想
この構想を推進するためにいくつかのチャレンジを始めました。まず、移動のための交通費の定額制です。そこでJR東日本のベンチャーキャピタルからも出資を受け、ANAホールディングスと提携し、電車と飛行機とカーシェアリングという移動手段と住まいを定額制にできないかという実証実験にも取り組みました。
今後空き家は増えていきますし、多拠点居住者も増えることを考えると、その人たち向けの新しいサービスは右肩上がりの産業になると思います。しかし、ビジネスの組み立てをしっかりしないとうまく回っていきません。例えば、神奈川県小田原市の物件では、1階のスペースを地域の人にも開放しています。基本的にはコワーキングオフィスとして活用していますが、地元の人にイベント開催場所としても提供しています。アーティストにギャラリーとして活用してもらったり、地域の人に軒先市(フリーマーケット)を開催してもらったり、さまざまなイベントとさまざま地域交流が生まれました。私たちが場を提供し、公民連携を進めることで、家守がいなくても地域の人たちが関われる機会は増えていくと思います。私たちが場を提供し、公民連携を進めることで、家守がいなくても地域の人たちが関われる機会は増えていくと思います。
地方に行くと地域の方が何百年以上にわたり守ってきた、自然や文化があります。それに対して私たちがすべきことは、その地域で消費するだけの観光客に頼るのではなく、地域の人たちと一緒に交流したり、仕事をする人を増やしたりすることで、無理なくオーガニックに地域全体の価値が高まるようなサービスを提供することだと思います。シェアリングエコノミー協会の調査では、その市場規模は2020年の約2兆円から、2030年には14兆円まで拡大すると予測されていますし、国内Maas市場も6兆円になると推測されています 。このようにテクノロジーの進化によって複数の場所で働いたり暮らしたりすることが、今後ますます現実的になってくると思います。そして、このような環境の中で、地域の空き家活用の可能性はとても大きくなってきます。2030年には空き家の数は2,000万戸を超えると推計されていますが、仮にそのうち1%がADDressの家になれば、100万人が使えるサービスになります。100万人が多拠点生活をする時代が来れば、働き方と住まいのあり方が変わり、結果として地方のあり方も大きく変わると思います。そのような想いを込め、“移動型人口を100万人まで増やす”ということをビジョンに掲げてビジネスを展開しています。
会社名のADDressのADD(加える)を大文字にしているのは、「一人一住まいの時代から複数の住まいが追加できる」、そのような社会にしていきたいという思いがあります。キャッチコピーを“いつもの場所がいくつもある、という生き方”としているのも、いくつかの地域に自分の居場所と思える場所ができ、そこで仲間ができたり、仕事ができたり、新しいチャレンジができる機会が増えていくと、幸福感の高い生き方ができるのではないかと思うからです。都会で身に着けたビジネス経験やIT技術が、地方では唯一無二の存在になり、地域の人に喜んでもらえる一方で、地方の人には当たり前の自然や日常生活が、都会の人にとっては憧れの暮らしになります。それぞれのいいところがマッチすれば、誰もが自分らしい生き方を実現できるのではないかと考えています。
※1 「ADDress多拠点生活 利用実態レポート2021年版」2021年5月14日
※2 2022年2月時点
佐別当隆志(さべっとう たかし) 氏
2000年ガイアックスに入社。広報・事業開発を経て、2016年シェアリングエコノミー協会設立。
内閣官房、総務省、経産省のシェアリングエコノミーに関する委員を務める。
2018年、定額で全国住み放題の多拠点コリビングサービス事業 ADDress代表取締役社長。
2020年シェアリングシティ推進協議会代表
2021年シェアリングエコノミー協会幹事
株式会社アドレス
代表者:佐別当隆志
所在地:東京都千代田区平河町二丁目5番3号
mail:contact@address.love
H P:https://address.love
業務内容:定額制で全国の家(登録拠点)に住める多拠点コリビング(co-living)サービスの提供。「全国創生」をスローガンに掲げ、多拠点居住を通じ、全国活性化および日本中のコミュニティに新たな関係をつくるライフプラットフォームを目指している。