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介護離職を防ぎたい 企業に対応策を模索する動き…休むと「同僚に迷惑」「昇進に響く?」
高齢の親など家族の介護を理由に、社員が仕事を辞める「介護離職」の防止が、企業の大きな経営課題になりつつある。働き盛りの人材を失うことは、事業の継続を揺るがしかねないからだ。社員が安心して介護と仕事を両立できる環境づくりに向け、企業が支援策を模索している。(野島正徳)
人手不足、業務効率の低下…経済的損失 社員の悩み聞く機会設ける
9月上旬、東京都内の「アフラック生命保険」の会議室。リモート参加を含めて12人の社員が親の介護をテーマに語り合った。
「在宅ワークをしながら介護しているが、精神的な負担を感じてイライラすることがある」と、参加者の一人が打ち明けた。
すると、別の社員が自身の経験を紹介した上で、「介護施設やデイサービスの利用を考えてみては」と助言した。在宅介護がきつくなり、親を施設に入れた当初は罪悪感があったが、介護職員のケアのおかげで親の顔色が良くなり、安心できたのだという。
参加者からは「困っているのは自分一人じゃない」「勇気がもらえる」などと、 安堵 の声が漏れた。
同社は両立支援の一環で2019年から、社員同士が悩みや不安を共有できるように2か月に1回、昼休みなどに会合を開いている。介護への心構えや介護サービスごとの内容を紹介するガイドブックを作り、社員が社会福祉士やケアマネジャーらに個別に相談できるようにした。
ただ、昨年の社内調査に回答した社員の大半が、介護休業などの支援制度の存在や役割を知らないことが分かった。実際に介護をしている社員が6%いたが、このうち4割が「職場に迷惑がかかるのがつらい」と考え、3割が「上司に相談しない」と答えるなど職場で孤立する実態も浮かんだ。
3年以内に介護を担う可能性があると答えた社員も40%を占め、「近い将来、多くの社員が両立に直面する」と、担当の横尾真紀子課長(40)は語る。「職場の相談しにくさや、つらさを抱えていることの原因を深掘りし、どのように支援をするべきか考えたい」という。
■離職者 年10万人
介護をしながら働く人は増えている。総務省の5年ごとの調査では、22年10月時点で364万6000人と、前回より18万3000人増えた。同年9月末までの1年間の介護離職者も10万6000人と、前回調査より7000人増加した。
危機感を持つ企業は多いが、具体的な支援策を打ち出せていないのが現状だ。
東京商工リサーチが昨年10月、インターネットで全国の企業に調査したところ、回答した5125社のうち、64%が「介護離職者は将来的に増える」と答えた。一方、自社の離職防止対策については、38%が「不十分だ」と回答した。
介護離職は、収入が途絶えるといった個人的な問題にとどまらない。経済産業省は、主に正社員の離職に伴う人手不足や、心身の疲労による業務効率の低下で生じる経済的な損失を試算。30年時点で年9兆1792億円に上るとした。例えば、製造業で社員3000人の大企業の場合、1社あたり年6億2400万円、中小企業(社員100人)は同770万円になるという。
■より深刻な中小企業
中小企業にとって、人材流出の影響はより深刻だ。
「社員が1人欠けると、代わりは簡単に見つからない。私がハンドルを握ることもある」。埼玉県川口市の運送業「新郷運輸」の赤城義隆社長(52)は語る。
社員はドライバーを中心に約30人。平均年齢は50歳で、高齢の親を持つ世代が中核を担う。赤城社長は3年前、母親(76)が脳 梗塞 で介護が必要になり、「心配事を抱えていては仕事にならない」と痛感したという。
社員全員から、定期的に家庭の事情を聞くことができるよう、年2回の健康診断に合わせた個別面談を始めた。福利厚生で、民間医療保険の個別相談サービスが使えると社員に周知。社員の介護についてケアマネジャーに助言を求められるように協力を取り付けた。
赤城社長は「社員一人ひとりのマンパワーが、中小企業の宝だ。思いつくところから、支援態勢を整えたい」と話している。
制度の積極的周知求める…経産省
経済産業省は、企業向けに介護と仕事の両立支援のノウハウをまとめた指針を策定し、今年度から中小企業を中心に支援策の導入を働きかけている。
指針では、社内アンケートで介護の事情を抱える社員の実態を把握し、介護休業(通算93日)などの両立支援制度や介護保険サービスの利用法を積極的に周知する「プッシュ型」の支援を求めている。専門職による相談窓口の設置や、社員同士で悩みや不安を語り合える場づくりといった対策を例示した。
特に介護休業の使い方について、社員自身が介護に直接携わるためではなく、介護サービスの利用手続きなど態勢の準備に充てるといったポイントを社員に伝えるよう呼びかけている。(2024年11月5日付の読売新聞朝刊に掲載された記事です)
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