「史実は細部に宿る」にはたと膝を打つ…『今につながる日本史 完全版3』
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特別寄稿 渡部 晶・前財務省財務総合政策研究所長
単行本『今につながる日本史』(中央公論新社 2020年5月)は、2018年1月から読売新聞オンラインに連載中のコラムを加筆修正してまとめた。江湖に好評を博した1冊だ。
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私は、財務省広報誌『ファイナンス』2020年8月号の書評欄(ファイナンスライブラリー)で本書を紹介した。丸山氏はこの本の「おわりに」で、「最近、SNS上で『ネトウヨ』『パヨク』とレッテルを貼って、議論とは程遠い非難合戦が目立つのは、あふれかえる情報の取捨選択に疲れて、耳障りがいい情報だけを取り込む人が増えている結果ではないか。自戒を込めていえば、政治家も学者も、そして私が属するメディアも、それを止めるどころか世論の分断に乗っかり、右でも左でも上でも下でもない物事の『真ん中』を見つける努力をしていない」と書いている。その後も、そのモットーを大切に、連載は人気コラムとして不動の位置を占めている。
今回、2019年11月~20年8月初出の計20本を採録し、電子書籍の第3弾が出た。この時期はまさに、「新型コロナウイルス禍発生前後から第2波に至る時期」で、ほぼ忘れられていた大正期の「スペイン・インフルエンザ」の流行があらためて脚光をあびていた。
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この「スペイン・インフルエンザ」の考察や「幻の1940年東京五輪」、飲食店への休業要請に関連した「徳政」の問題など、時のトピックに関連したテーマが並ぶ。鎌倉時代を取り扱ったものが1本、安土桃山が4本、江戸が5本、明治以降が2本、戦前が2本、太平洋戦争が1本、戦後が3本、通史が2本と幅広い。
謙虚に見れば…歴史を学ぶ意義
私は福島県いわき市の出身で、いわき市応援大使をしている。その中から福島にかかわるものを取り上げたい。
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「第48話 歴史をどう生かすか・・・、事故から9年のイチエフが問うもの」は、映画「Fukushima50(フクシマフィフティ)」の公開を機に執筆された。この映画はジャーナリスト門田隆将氏の『死の淵を見た男』がもとになっている。この著作を発刊されてすぐに読み、映画は当時業務で行き来していた沖縄県の、人もまばらな那覇の映画館で、現場の奮闘と中央の混乱ぶりのあまりの違いを苦い思いで見た。丸山氏は、謙虚にみれば歴史から様々な兆候を見出すことはありえたことを詳細にたどり、「自然からの警告を見落としていたことは否定できない」という。
続く「第49話 福島第一原発の事故、「悪魔の連鎖」寸前だった―門田隆将氏に聞く」もその場での判断がその後の展開に大きく影響したことを物語る。福島に原発を建設するにあたり、東京電力の中興の祖として知られる福島県出身の木川田一隆社長の存在があったことも指摘される。
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「第50話 東京にエネルギーと人を運び続けた常磐線・・・・九年ぶり完全復旧が持つ意味」も、日暮里―三河島間の急カーブの所以や、東北初の特急「はつかり」が常磐線経由で上野―青森経由となった事情などを解き明かす。「余話」の「常磐線になぜ直流区間と交流区間があるのか」もディテールにこだわる丸山氏の面目躍如だ。
また、「世界らん展」にちなんだ「第47話 蘭栽培発展に尽くした四人の日本人 華麗な花に託した信念とは」も見逃せない佳作である。蘭の栽培にかけた日本人としての誇りを浮かび上がらせる。
通読して、丸山氏が巻の副題を「史実は細部に宿る」としていることに、はたと膝を打った。これは、「神は細部に宿る(Der liebe Gott steckt im Detail)」という19世紀のドイツの美術史家、ヴァールブルクの言葉からとったものだろう。その意味するところは多義的だが、「見落とされがちな些細な事実のなかに真理へと通じる重要なヒントが隠されている」というあたりが本来の意味のようだ。
加藤哲弘・関西学院大学名誉教授は、「この言葉が,とくに最近になって頻繁に流通しはじめたことの背景には,いわゆる『大きな物語の喪失』の時代になって(『木』ばかりで)『森』が見えにくくなってきたことが関係しているのかもしれない」と分析している(注)。副題に秘めた丸山氏の熱い想いをかみしめた。第3弾も、これまで同様広く読まれることを期待する。
(注)加藤哲弘「ヴァールブルクの言葉『親愛なる神は細部に宿る』をめぐって」『人文研究』第53巻1号 関西学院大学人文学会 2003年
プロフィル
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渡部 晶(わたべ あきら)
1963年福島県平市(現・いわき市)生まれ。京都大学法学部卒。1987年大蔵省入省。財務省大臣官房地方課長、沖縄振興開発金融公庫副理事長、財務省財務総合政策研究所長などを歴任し、2024年7月退官。いわき応援大使。2024年3月放送大学大学院修士(学術)、学習院大学非常勤講師(2024年度前期)、早稲田大学現代政治経済研究所特別研究所員。