企業が期ごとに発表する決算書には、その企業を知る上で重要な数字やメッセージが記されている。企業分析を続けるプロは、どこに目を付け、そこから何を読み取るのか。この連載では「ユニクロ対ZARA」「アパレル・サバイバル」(共に日本経済新聞出版社)の著者でもある齊藤孝浩ディマンドワークス代表が、企業の決算書やリポートなどを読む際にどこに注目し、どう解釈するかを明かしていく。2024年8月期連結決算から読み取れるファーストリテイリングの強さについて、2回に分けて紹介する。(この記事は「WWDJAPAN」2024年11月18日号からの抜粋です)
今回と次回は、ファーストリテイリング(FR)の2024年8月期連結決算について詳しく解説をします。売上高は3兆円超えで、営業利益も5000億円超えを到達。次のステージに上がった期だったのではないでしょうか。決算分析を通じての私の感想は「やっぱりユニクロってすごい」。
好業績を支えている要因は何か。「インバウンド需要」「海外事業」「生産性向上」が3つのキーワードです。今回は「インバウンド需要」「海外事業」について解説します。
まず、今年初めてインバウンド(免税)売り上げが公表されました。それが、国内ユニクロ事業の8%、つまり約750億円です。これは大きい。昨年と比べて比率が倍になったそうです。すごい伸び率ですし、ラグジュアリーブランドでもないのに、海外からの旅行者が「日本に行ったら買おう」と思うブランドだということです。ベーシックを販売するチェーン店がこれだけ売るというのは、本当にグローバルブランドになったんだなと感じました。特に夏休みのインバウンド需要をうまく捉えたことは、6〜8月期の好業績に表れています。
そんなユニクロの海外事業の売上収益は前期比28.5%増の1兆7118億円、同43.3%増の営業利益は2834億円。過去最高を達成しています。国内ユニクロ事業の売上収益9322億円を大きく上回っており、営業利益は2倍近く稼いでいます。
ユニクロ 2024年8月期 地域別売上収益・営業利益・営業利益率と前年比
投資家はユニクロが最多店舗数を構える中国市場の収益性低下を懸念していました。ただ、地域別売上高を見ると、欧州、北米、韓国・東南アジア・インド・豪州が躍進しており、中国の低迷をカバーしています。
欧州は売上高が前期比49.1%増で、営業利益が同82.5%増、北米は売上高が同43.7%増で、営業利益が同91.9%増と共に大きく成長しています。
カギを握るのはスーパーバイザー
この躍進の要因の1つには、キーパーソンの存在があります。職種的に言うとスーパーバイザーです。FRは「店長と店舗スタッフが主役」と掲げていますが、彼らがうまく仕事できるように支えているのがスーパーバイザーです。国内では1人で約8店舗を見る、いわゆるエリアマネジャーで、商売人、経営者である店長を育成します。
ユニクロ海外事業の躍進の背景には、そういうスーパーバイザーが国内で力をつけて、海外に出て行き、中国にしても欧米にしても、ローカルスタッフが店舗を上手に運営するサポートをしていたわけです。
今回ちょっとステージが上がったなと思ったのは、各国で店舗から地域を任せられる人が次々に現れていて、異動しているという話が出ていたからです。海外のローカルで育ったスーパーバイザーたちが、他の地域に異動し始めたということで、ここの人材の層が厚くなったことが、海外での成長をグッと押し上げていると考えます。
同時にマーチャンダイザー(MD)も動き始めています。今まではグローバルヘッドクォーターである東京にいるマーチャンダイザーがグローバルな商品企画をしていましたが、やはり品ぞろえを地域対応させる必要があるという観点から、海外に異動しているようです。つまり、店舗運営人材に続いて、ローカルマーチャンダイジングの精度を高めるステージに入ってきているなと感じました。こうした動きを踏まえると、さらにグローバルでの成長は続くでしょう。
ユニクロ 地域別店舗数の推移
筆者は中国には今年4回ほど行きましたが、かつては新しい商業施設ができると必ずといっていいほどユニクロが出店していて、「店を出せば売れる」状態でしたが、最近は館によって集客に勝ち負けが出ていて、ユニクロといえども、入店客数が少ない店舗を目にしました。決算発表で幹部が言っていたように、これから中国でもスクラップ&ビルドが本格化しそうです。
実は韓国・東南アジア・インド・豪州の貢献も大きいです。売上収益は前期比46.1%増の5405億円。中国の売上収益6770億円に追いつく勢いで成長しています。さらに営業利益率を見ると18.1%と群を抜いています。FR自身がアピールする欧米よりも、実は貢献度が高いですよね。
本当であれば、この辺りの出店を加速するべきなのです。会見でそのことを指摘されていましたが、「量より質です」という感じの答えでした。
やはりローカルで人を育てるのが、比較的やりやすい地域とそうでない地域があるのでしょう。あくまでも決算発表時の空気ですが、欧州と同じくらい国や地域で文化や言語が異なるので、なかなか難しいのかな、という印象を受けました。人口が多く、市場としての可能性は大きくても、質を伴っての成長を考えると、難易度が高いため、もう少し時間がかかるということでしょう。
グローバル化の恩恵は、値下げのコントロールにも表れています。例えば国内ユニクロ事業でいえば、気温が高い間はしっかり夏物を店頭に確保して、需要のあるうちは売り逃さない。シーズンが変わったら、潔く切り替えて、仕込んでおいた商品は、年中夏物が売れる東南アジアなど、売れる地域に持っていって販売できるようになってきたようです。こうしたことをグローバルレベルでできるようになったことは売上高と営業利益の伸長に大きく寄与していると言えるのではないでしょうか。
もう1つのキーワード「生産性向上」については12月9日号でお話しします。
最近気になっているのは
NBAで活躍するのが楽しみな日本選手
河村勇輝選手がツーウエイ契約でNBAの舞台に立ちました。身長172cmは現役NBAで最も背の低い選手だそうです。今年はまだNBAの下部リーグのGリーグでの活動が中心となると思いますが、富永啓生選手と共にGリーグでの活躍と実績を踏まえてNBAのレギュラー選手になることを楽しみにしています。
齊藤孝浩/ディマンドワークス代表 プロフィール
1988年、明治大学商学部卒業。大手総合商社アパレル部門に勤め10年目に退職。米国のベンチャー企業で1年勤務し、年商100億円規模のカジュアルチェーンへ。2004年にディマンドワークス設立。ワンブランドで年商100億円を目指すファッション専門店の店頭在庫最適化のための人材育成を支援。22年4月、明治大学商学部特別招聘教授就任。著書に「ユニクロ対ZARA」「アパレル・サバイバル」(共に日本経済新聞出版社)。「筆者が『ユニクロ対ZARA』を出版したのは2014年。書籍の『おわりに』に、当時まだ国内売り上げの方が圧倒的に多かったユニクロが将来ザラやH&Mのように海外旅行者に選ばれるブランドになることを楽しみにしている、と記しました。それから10年がたって、売上高・利益共に国内と海外が逆転し、インバウンド売上を着々と高めているのをみると確固たるグローバルブランドになったことが分かります。ユニクロに続く日本のグローバルブランドの登場を楽しみにしています」