高額フレグランスが好調な理由 いかにして日本人は「香り沼」にハマるのか? - WWDJAPAN
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高額フレグランスが好調な理由 いかにして日本人は「香り沼」にハマるのか?

フレグランス市場が拡大する中、2024年下半期は5万円前後の高価格帯商品が続々登場した。購入者は富裕層が多いのかと思いきや、実際に購入するのは少々意外な顧客であるという。今回、接客経験が豊富であり、アロマセラピストの資格も持つ「フエギア1833(FUEGUIA1833)」のラウンダー、佐藤まり代氏に「日本人特有の香水事情」を聞いた。

家賃より高いフレグランスを購入する人たち

経済産業省の生産動態統計によると、国内の香水・オーデコロン市場は、直近2年で約1.9倍へと拡大している。その背景には、コロナ禍を経て、生活の中に香りを取り入れる人が増加し、フレグランス自体の価格上昇も、少なからず影響している。

佐藤氏によると、「フレグランスは商品も原料も輸入品が多いため、為替の影響で軒並み価格が上昇しています。原料に関していうと、世界的な環境破壊の影響もあり、ワシントン条約で保護対象になった香料は、高値で取引されている状況です」と話す。

その中で、24年下半期に各メゾンから登場したのがラグジュアリーなフレグランス。希少な香料をぜいたくに用いた「他にはない」「心に響く」香りであるが、いずれも価格帯は5万円前後。ターゲットは富裕層かと思いきや、「いわゆる富裕層のお客さまは、ひと握りに過ぎません」という。

「お客さまの中には、家賃より高い香りを購入したり、『ボーナスはこの香りに使います』と、10万円以上のフレグランスを複数購入されるお客さまもいます。特長としては、皆さん香水そのものが本当にお好きなんです。美容やファッションの一環として香りを楽しむというより、『香水沼』にどっぷりハマった人が多い印象です」。

「推し」の香りに包まれて眠りたい

佐藤氏によると、高額フレグランスを購入する人には、大きく分けて2タイプいる。1つは「推しの香りをまといたい」人たちだ。著名人の愛用香水を思い浮かべそうだが、そうではないという。「もちろん、著名人の愛用品をお求めのお客さまもいますが、より情熱的なのは『推しをイメージした香り』をまといたい人たちです。『〇〇君(=推しの名前)はこういうキャラだから、きっとこんな香りを使っているはず』という風に、ご自身の中にストーリーをお持ちなんですね。推し対象は、日本のアイドルやK-POPアーティストもいれば、アニメのキャラなど、実在しない人物のケースもあります」。

自身の中で推しのイメージを作り上げるのは、クリエイティブで知的な楽しみがある作業だろう。それを香りに落とし込むことで、感覚的な喜びも味わえる。

「イメージに合致した香りに出合うと『この香りに包まれて眠りたい』と、高額な商品でも購入するお客さまが多い印象です。香りは嗅覚を通じて感情に働きかけるため、誰かを身近に感じる体験や、背中をそっと押してくれるような感覚を抱きやすいのかもしれません」。

好きになったら、とことん極める
生真面目&オタク気質の日本人

もう1つのタイプは、フレグランスそのものに魅了された、いわゆる「香水沼にハマった」人たちである。日本人を接客していると、好きになったらとことん知識を深めたいという、「香水道ともいうべき、いい意味でのオタク気質を感じる」と話す。

「海外のお客さまに香りの説明をする際は『ローズを使っています』程度なんですね。ところが日本の、特に香水好きなお客さまは、『ローズの品種は何か』『産地はどこか』『抽出の方法は』など、非常に研究熱心な人が多い。中にはびっしりメモを取る方もいます」。

メモは「SNSで香りを語り合う」際に活用されるらしい。現在SNSにはフレグランスのコミュニティーが複数存在し、香りに関する知識や情報がシェアされている。その多くが、テキストベースの「X」であるという。

「香りをご自身の言葉で表現すること。それに対して共感を得ることに、特別な喜びを感じる人が多いのではないでしょうか。SNSでつながった人たちと百貨店で待ち合わせをして、隅から隅まで色々なフレグランスを試す、オフ会的なイベントもよく見かけます」。

ある時そんな百貨店巡り中の男性に、「僕、まだ『フエギア1833』は『未履修』なんで」と言われ、「大学の授業で使う言葉では!?」と、佐藤氏は驚いたという。

実はオタク用語としての「履修」には、マンガ、アニメ、舞台など広く展開される作品を、網羅的に把握するという意味がある。フレグランスにも使われるとは驚きだが、確かに香料や、調香師、ブランドの歴史など、香りには網羅的に極めたくなる要素が多いのかもしれない。

香りだけが持つセラピー的な側面

なぜ人は、ここまでフレグランスに「沼る」のか。そこには、香りだけが持つ「嗅覚を通じて記憶や感情に働きかける」特性が関係しているように思えてならない。

「店舗で香りを試しながら、『亡くなった父を思い出します』『実家の香りがします』など、個人的な思い出を語って下さるお客さまが、とても多いんですね。『フエギア1833』には、『雨に濡れた草』『古い図書館』のように、記憶と結びつく香りがあるからかもしれません。時には香りを試しながら、涙する人もいるほどです」。

もう1つ、佐藤氏が注目するのは、特定の香りの前で立ち止まり、その場を離れなくなってしまう人がいること。代表的なものはウッディ系や、ウード(沈香)の香りである。

「樹木の香りやベチバーなど土を想起する香りは、気分を落ちつかせるといわれています。またウードは瞑想的な気分へと誘うものとして、古来宗教的な儀式にも使われてきました。お疲れの人ほど、このような香りの前で立ち止まるんですね。すでにこのような香りをご愛用のお客さまは、『この香りがあるから眠れる』と、お守りのように使う人もいます」。

精油を用いたアロマセラピーとはまた違った形で「フレグランスにも一種のセラピー効果があるのでは」と佐藤氏は分析する。だからこそ、自分にとって唯一無二の香りに出合ったら、ラグジュアリーな商品でも購入したいという、強い心理が働くのではないだろうか。

心に響く24年秋の「ラグジュアリーフレグランス」

今回はこの秋に誕生したラグジュアリーなフレグランスの中から「他にはない」「心に響く」という視点で3つの香りを紹介したい。

ディオールの名香を再解釈した特別なコレクション

ディオール(DIOR)」の主要なフレグランスを、調香師フランシス・クルジャン(Francis Kurkdjian)が再解釈した“メゾン クリスチャン ディオール エスプリ ドゥ パルファン”シリーズ。選び抜かれた香料を用いた全5種の香りの中で、“グリ ディオール”は、メゾンを象徴する色「グレー」を濃密な形で表現している。インドネシア産のパチョリやアトラス産シダーに、アンバーの温もりが重なり、ブルガリアンローズなどの花々と調和していく。伝統的なシプレーをモダンに昇華した、洗練された作品だ。

ミラノの夜にインスパイアされた濃密な香り

独学で音楽家、弦楽器制作者、研究者でもある創設者ジュリアン・ベデルが手がける「フエギア1833」。最新作の“ノクトゥルナ”は、ジュリアンがラボを構える、ミラノの夜の静けさをイメージした香り。ウッディなパチョリを基調に、アンバーがエレガントな雰囲気を添え、バニラオーキッドの深みと甘みが包み込んでいく。ミラノが持つ長い歴史と、ファッションの中心地の華やかな空気を融合した、官能的な香り。

香りのない「砂漠のバラ」を巧みに表現したフレグランス

ディプティック(DIPTYQUE)」の“レ ゼサンス ドゥ ディプティック”は、サンゴや睡蓮など、本来香りのない自然界の存在を、巧みに表現したコレクション。全5種の中で“ローズ ロッシュ”は、花の形に結晶化した鉱物「砂漠のバラ」をイメージしている。フレッシュなイタリア産のレモンに、ミネラル感のあるパチョリが深みを添え、ローズの甘みと調和。砂漠のドライな空気とローズの透明感あふれる甘さが奏でる、余韻のある香り。

フレグランスは下半期にも大型商品が登場し、クリスマスに向けて販売数も増加していく。高価格帯フレグランスが増えている今、経済産業省の生産動態統計を元に過去2年の販売数の伸張率から考えると、24年度にはフレグランス市場は100億円規模の成長が予想される。

ストレスが多い現代において、香りは私たちにどのような影響をもたらし、今後どのような香りが支持されるのか。そして高価格帯を含め、フレグランス市場はどのように成長していくのか、興味深く見守りたい。

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