大丸松坂屋百貨店は18日、大丸東京店4階のD2Cブランドのショールーミングスペース「明日見世(あすみせ)」を9階に移設・増床する。展開するのはかつて子供服ブランドの売り場だった区画で、面積は従来の4倍の約430平方メートルとなる。
ショールーム機能に特化した、いわゆる“売らない店”である「明日見世」は2021年10月にオープン。ファッションやビューティ、雑貨などジャンルレスに小規模ブランドをキュレーションして見本を展示し、大丸松坂屋側はブランドから出展料を徴収する形で運営してきた。優れた商品がありながら商品SKU数が少ない、店舗運営のための資金・人材に乏しいといった理由でリアル出店ができない企業やブランドへのソリューションとして、百貨店が抱える優良顧客とのタッチポイントを提供してきた。
数週間〜数カ月のタームで出品ブランドを入れ替えて、鮮度を保つ点も特徴。基本的にはその場で販売はせず、QRコードで出品ブランドのECサイトに誘導するほか、NTTドコモとの協業でAI顔認証カメラによる顧客分析を導入するなど、同社のOMO(オンラインとオフラインの融合)における実験的空間としても機能してきた。約3年の運営期間で200以上のブランドからの出展実績を重ね、取引先と顧客からの一定の好反応を得て移設増床を決めた。
「売る」「売らない」は重要ではない
「明日見世」が運営を開始した2021年は、“売らない店”が小売業界でバズワード化していた。そのころと比べればブームは落ち着いた印象があるが、「明日見世」の仕掛け人である大丸松坂屋百貨店DX推進部の岡﨑路易部長と和田房枝「明日見世」プロジェクトマネージャーの両人は、これまでの3年の運営で“売らない店”という形態の本質や目指すべき価値が見えてきたと話す。
「“売らない店”が盛んに謳われたころに『明日見世』を作ったため、メディアにもそういった文脈で取り上げられたりもしたが、今となっては『売る』『売らない』はそこまで重要ではなく、お客さまの選択の結果にすぎないと感じている」と和田プロジェクトマネージャー。コロナ禍を経て消費がデジタルシフトする一方、「デジタルでは伝えきれないものを伝えるという、リアルの場の役割がくっきりしてきた」と話す。「リアルでは単に商品を買うだけでなく、さまざまな体験を通じた『出合い』がますます重要性を帯びてきている。まさにそれがショールーミング型ストアの本質なのだと思うし、今回の増床移設もそのパワーアップに焦点を当てている」(岡﨑部長)。
ブランドを深掘るキュレーションエリア
商品だけでなく歴史や製造背景を知る
移設後は、一部商品をその場で購入できる物販コーナーを設ける。ウールTシャツなどを取り扱う「C-ONE」やコスメブランドの「ジブンサロン(JIBUN SALON)」、インテリア雑貨の「スフェラーパワー(SPHELAR POWER)」など20ブランドの展開からスタートする。全体で取り扱うブランドの数はほぼ増やさず、カフェの飲食ゾーンや特定のブランドに光を当てるキュレーションエリアに大きくスペースを割いた。
移設拡大での強化ポイントは「知る、試す、考えるという顧客体験を深める」こと。その考えを象徴するキュレーションスペースは、移設オープンから6カ月間、「デルメッド(DERMED)」「イロイク(IROIKU)」などのビューティブランドを展開する三省製薬にフォーカスする。同社ブランドの商品テスターのほか、製薬会社としての出自や歴史、製造背景などに関するコンテンツも展示することで、来店客とブランドの接点をこれまで以上に立体的にする。
出展者のリアルな声
「販路拡大のチャンスにつながった」
三省製薬の陣内宏行社長は、「明日見世」の移設前にすでに複数回出展し、その価値を実感したという。「これまで当社はEC販売を中心に事業展開してきたが、ネット上の情報があふれる中で自分たちのブランドや商品の価値を届けることが難しくなったと実感している。そんな中、『明日見世』に出展したことで、一般のお客さまはもとより他の百貨店や専門店のバイヤーともリアルでつながり、販路拡大などのチャンスにつなげることができた」と話す。
改装で取引先が出品するメリットを高めるとともに、出展料は従来の12週間あたり45万円から90万円へ引き上げる。出展料収入は移設前の2.5倍とする計画だ。