メンズ最大の見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ(PITTI IMMAGINE UOMO)」2024-25年秋冬シーズンが、イタリア・フィレンツェで1月9〜12日に開催中だ。今シーズンも前回とほぼ同じ規模でコロナ前に比べて縮小気味ではあるものの、特に初日と2日目は多くの来場者で賑わった。
今シーズンの大きな潮流の一つが、ウィメンズウエアのムードや作りをメンズのドレス服になじませ、“ほぐして”前進させる動きだ。第105回「ピッティ」にゲストで参加しショーを行った「マリアーノ(MAGLIANO)」「エス・エス・デイリー(S.S. DALEY)」「アキレス イオン ガブリエル(ACHILLES ION GABRIEL)」の新鋭3組は、テーラリングをベースに、メンズとウィメンズを行き来させながら、普遍的なクラシックを“破壊”せず“再構築”でもなく、いかにしてほぐすかという三者三様のクリエイションだった。
このウィメンズを参考にした新たな潮流はショーを披露したブランドだけでなく、質実剛健な「ベルベスト(BELVEST)」から「ヘルノ(HERNO)」、パンツ専業の「ブリリア 1949(BRIGLIA 1949)」といった展示ブランドまで広く波及し、ウィメンズライクなカッティングや素材、色使いでメンズクラシックに新風を吹き込んだ。
ますます進化するイタリアの雄
クラシックをほぐす代表的な一例は、「マリアーノ」が「ピッティ」で披露した2024-25年秋冬シーズンのコレクションだろう。イタリア・ボローニャ出身のデザイナーは「ピッティ」で5年前にデビューすると、以降はミラノ・メンズ・ファッション・ウイークに参加し続けて頭角を徐々に表し、課題だったプロダクションやクオリティー面も向上させ、大きく成長を遂げてデビューの地に凱旋した。
デザイナーのルカ・マリアーノ(Luca Magliano)は、ブランド立ち上げ時からイタリアの伝統技術を重んじたテーラリングを軸とし、ストリートウエアの柔軟なアイデアや、過剰なまでにグロテスクなカルチャーを投入して進化を続けてきた。今シーズンも実験的な試みは数あれど、最も強く感じたのは古典的なメンズ服を書き換えたいというメッセージ。ショー前の会見でマリアーノは「服自体はクラシカルなメンズウエアでも、それぞれが性差にとらわれないアイデンティティーを宿している。私のジェンダーレスというビジョンを通じて、古典的なファッションの言語を書き換えたい」と意気込みを述べていた。
その言葉通り、「マリアーノ」の個性でもあったえぐみはこれまでよりも軽減し、洗練された分、女性的なアプローチが浮かび上がった。ニュートラルカラー中心のテーラリングのシルエットは柔らかな弧を描き、センターの合わせをひねったり、ヘムを内側に巻き込ませて膨らみを持たせたりと、細かいテクニックで中性的なニュアンスを加える。ミリタリー調のパファーブルゾンの胸元にはリボンをあしらい、ジップアップパーカは胸から左右にばっくりと割れてオフショルダーのフォームに変化するなど、分かりやすい女性らしさも打ち出しながら、男性服の硬さと女性服の柔らかさを曖昧になじませる。
ハットの老舗「ボルサリーノ(BORSALINO)」や、高級スーツ「キートン(KITON)」との協業で故郷イタリアブランドのクラフツマンシップを賛美しながら、個性的なデザインアプローチでブランドのクリエイションを一歩引き上げた。
安定を手に入れたイギリスの天才
27歳のスティーブン・ストーキー=デイリー(Steven Stokey-Daley)による「エス・エス・デイリー(S.S.DALEY)」も、「マリアーノ」とは別の角度でクラシックをほぐす。ストーキー=デイリーは、燕尾服や軍服といった厳格な服をベースに選び、ノスタルジックな世界観とフェミニンなムードで、ユニホームスタイルの規範を優しく解き放った。
コレクションはE.M.フォスターによる短編小説「パニックの物語(The Story of a Panic)」に着想し、イギリス人仲間がイタリアへの旅を通じて得た自由な感覚をコレクションで表現した。オックスフォード地の燕尾服は下着オンリーの無邪気な“ノーパンツ”スタイル。大胆に肌を露出させたフェミニンなスタイリングを取り入れながら、色使いとディテールの牧歌的なムードによって品を感じさせる。
英国「ローワン(ROWAN)」の糸を使った巨大なブランケットにはインターシャで花を描き、ワックスジャケットは鮮やかなビビッドカラーを採用するなど、イギリスの代表的な衣服を再解釈し、伝統を前進させた。ブランド初のシューズも、モダン・ブリティッシュスタイルにアクセントを加えた。
同ブランドは22年「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ(LVMH YOUNG FASHION DESIGNER PRIZE)」のグランプリを獲得し注目を集めるも、前シーズン参加予定だったロンドン・ファッション・ウイークは生産の遅れで直前にキャンセル。しかし歌手ハリー・スタイルズ(Harry Styles)がブランドへの投資を発表するなど業界内外のファンも多く、生産やビジネスが安定すればさらなるブレイクが期待できる才能を「ピッティ」のショーで見せつけた。
勢いのあるスタートダッシュ
シューズブランド「カンペール(CAMPER)」のクリエイティブ・ディレクターを務めるアキレス・イオン・ガブリエル(Achilles Ion Gabriel)は、自身の名を冠した「アキレス イオン ガブリエル」を「ピッティ」で初披露した。クラシックなストライプやチェックのスーツは、肩を誇張したボクシーなシルエット。王道のメンズスタイルにランジェリーライクなデザインで官能性を、ハードなアクセサリーでパンクのエッセンスを投入し、古典的な男性服を解きほぐす。荒々しさとバリエーションに改善の余地はあるものの、世界観の打ち出しは明確で、デビューショーで存在感を示した。
かつて“イタリアン・クラシコの祭典”として名を広めた「ピッティ」が、この前衛的な3ブランドをショープログラムに組み込むチャレンジは、メンズの新たな潮流の拡大をさらに予感させた。3ブランドは現状のドレス市場にはまだ縁遠い存在ではあるものの、「ピッティ」やクラシコがかつての勢いを取り戻し、産地の伝統技術を未来へと継承していくためには、3人のデザイナーのように性差やルールにとらわれない自由な発想が必要なのかもしれない。