PROFILE: 仁王厚志/ポーラ化成工業フロンティアリサーチセンター コミュニケーション研究領域 プリンシパルインベスティゲイター
ビューティ企業の競争力である新商品や新成分は、研究員の努力の結晶だ。本連載では、普段表舞台に出てくることが少ない研究員たちの仕事内容や醍醐味を聞く。第3回はポーラ・オルビスホールディングスの研究・開発と生産を担う子会社ポーラ化成工業に焦点を当てる。同社が2018年、基盤研究強化を主眼に立ち上げた「フロンティアリサーチセンター(以下、FRC)」で、「コミュニケーション」の研究領域をリードするのが仁王厚志プリンシパルインベスティゲイターだ。(この記事は「WWDJAPAN」10月30日号からの抜粋です)
WWDBEAUTY(以下、WWD):「コミュニケーション」領域の研究とは。
仁王厚志プリンシパルインベスティゲイター(以下、仁王):化粧品の基盤研究といえば皮膚生理や新成分開発などがイメージされる。そのため社外の人には、そういった類の質問をよく受ける(笑)。考えてみると化粧品は、肌に作用を及ぼすだけでなく、人と社会、環境の間に多くの相互関係を作り出している。例えば乳液を塗ると、肌にしっとり、すべすべといった感触が生まれる。これは「肌」と「化粧品」の相互関係が良好だからだ。視野をもっとマクロにしてみる。人々が化粧品を廃棄し、自然が破壊されたとする。これは「人」と「環境」の相互関係の問題にまで発展している。このような、化粧品を起点としたあらゆる相互関係=コミュニケーションをデザインし直すことが私たちのミッションだ。研究対象も化粧品の剤型からサステナビリティまで多岐にわたる。
WWD:具体的な研究成果は?
仁王:当社独自開発の乳化剤「M-ポリマー」が代表例だ。入社後、スキンケアの内容物の研究に8年ほど従事した。その中で開発に携わったM-ポリマーは当初、ローションの使用感を高めるための新基材として開発した。しかしFRCで多角的な視点からポリマーの基礎研究を進める中で、さまざまな性質が判明し、今は乳化剤としての有用性に注目している。業界で広く活用されれば、化粧品の廃棄問題にも一石を投じる画期的な成分になる。
乳液やクリームは水と油でできていて、これらを混ぜ合わせて安定化させるためには「乳化」が必要だ。一般的な乳化では界面活性剤を加えた上で加熱する。M-ポリマーは、混合液に加えるだけで乳化できて、加熱が必要ない。M-ポリマーによる化粧品製造が普及すれば、工程で発生するCO2を大幅に抑えられる。また界面活性剤による乳化物は、分離して元の原料に戻すことが困難。しかしM-ポリマーは配合濃度を高めると、乳化が解ける性質がある。この性質を利用すれば、工場や店舗に眠る化粧品の余剰在庫を減らせる。M-ポリマーによって乳化・製造した化粧品を回収し、ポリマーの濃度調節により原料を分離すれば、新しい商品の製造に再利用できるというわけだ。化粧品容器のリサイクルは徐々に進みつつあるが、M-ポリマーは内容物のリサイクルにも可能性を広げる。
月に4、5回は社外コミュニティーへ
発想の枠組みは「宇宙」に広がった
WWD:プリンシパルインベスティゲイターの仕事とは?
仁王:コミュニケーション領域には現在13人の研究員が所属しており、大部分が20代の若手社員だ。私の仕事は、彼らの研究成果を外から眺めたり、他のものと結びつけたりして、M-ポリマーのようなイノベーションのきっかけを作ることだ。知らない人、土地、文化に触れ、会社の外にある知見や価値観を吸収することも大事。普段は研究所にいないことも多い。月に最低4、5回は、BtoBの化学メーカーや大学などの社外のコミュニティーに参加して意見交換する。
20年には、内閣府が主催する宇宙ビジネスアイデアコンテストに参加した。宇宙は地表と環境条件が異なるため、過酷な環境下で身体や肌にストレスを抱える宇宙飛行士もいる。今年10月に(ポーラから)発売した宇宙発想のスキンケアブランド「コスモロジー」は国際宇宙ステーションへの搭載が決まった。宇宙から得た知見が、今後の一般向け商品の開発にも生きるヒントになるはずだ。
WWD:今後について。
仁王:来春稼働する仙台の「次世代放射光施設整備開発センター」(運営:量子科学技術研究開発機構)の実験施設の利用に、当社は化粧品メーカーとして初参画する。物質の構造を原子レベルで観察できる巨大な顕微鏡のような施設だ。クリームなどエマルジョンの構造分析、化粧膜の肌への働き、外界からの影響などを仔細にモニタリングできる。化粧品の剤型研究の新たな1歩に今からワクワクしている。
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