エルメス(HERMES)財団は、「エコロジー:循環をめぐるダイアローグ」展を銀座メゾンエルメスフォーラムで、2024年5月31日まで開催中だ。同展は、地球規模の気候変動への取り組みなど、現代人が直面している環境にまつわるさまざまな課題を、アートを通じて考察するもの。展示は個展とグループ展の2部構成となり、第1弾はチェ・ジェウン(崔在銀)の個展「新たな生(La Vita Nuova)」 を24年1月28日まで開催する。
チェ・ジェウンは1953年に韓国・ソウルで生まれた。76年の来日を機にいけばなと出合い、草月流3代目家元である勅使河原宏へ師事。80年以降は、“生”そして自然との理想的な共存関係をテーマにアート制作を続けてきた。「新たな生」展では、環境や自然と40年にわたり対話してきたチェの取り組みを紹介する。
8階には過去作から最新作まで
死珊瑚を用いた「白い死」や現行の
「ワールド・アンダーグラウンド・プロジェクト」
展示作品は、過去作から現行プロジェクト、新作まで多岐にわたる。会場8階の新作「白い死(White Death)」は、白くなった死珊瑚を用いた作品だ。チェが今年1月に30年ぶりに沖縄を訪れた際、浜辺に打ち上げられた大量の死珊瑚を見て衝撃を受け、ドキュメンタリーとして同作品を制作した。沖縄の海では現在、地球温暖化や水質汚染などが原因で、90パーセントの珊瑚が白化(死)しているという。同作に使用した死珊瑚は沖縄の許可を得て借用し、会期終了後は返還する予定だ。
さらに、現行プロジェクト「ワールド・アンダーグラウンド・プロジェクト(World Underground Project)」も紹介している。同プロジェクトは、世界7カ国の土の奥深く5メートルほどに、束にした約50×50センチメートルの和紙を200枚ほど埋め、3〜5年の月日を経て掘り起こすもの。チェは、86年の韓国・慶州をスタート地点に、日本やアメリカ、ヨーロッパ、アフリカに至る世界中の地域に和紙を埋めてきた。掘り出した和紙の中には、分解されて土に還ったり、化石化したり、埋めたままの状態で出てきたりするものもあり、チェは自然と文化の特性が土の性質によって形作られることに興味を抱いたという。同展では、韓国・慶州と日本・福井に5年間埋め続けた和紙「大地からの返信(Reply From the Earth)」(慶州 / 福井、1986〜90)を初公開している。
他にも、「ある詩人のアトリエ」シリーズでは、156個の絶滅危惧種の名前を描き連ねた壁や、チェが毎朝の散歩で見つけた雑草や花をドライフラワーにし、名前を付けて展示。チェは「自然の中には、私たちが名前すら知ることのないまま消えていくものもある。私たちは自然のごく一部しか知らない。今作は、自然と人間の矛盾した関係性をテーマにした」と説明。「まず名前を知るところから始め、未来へつなげたいというメッセージを込めた」という。
9階は未来に思いを馳せて
地雷エリアの生命「大地の夢プロジェクト」
会場9階では、2015年に開始した「大地の夢プロジェクト(Dreaming of Earth Project)」を展示する。朝鮮半島を南北に隔てる北緯38度付近の非武装地帯(DMZ)には、全長約250キロメートル、幅約4キロメートルにおよぶ同地帯には大量の地雷が埋められており、休戦から70年経った現在も立ち入り禁止エリアとなっている。しかしその地には今も人間以外の数多くの生命が存在しており、チェはこのエリアの生態系を未来のビジョンとして、同プロジェクトを構想。DMZの北と南をつなぐ空中庭園や東屋、シードバンクなどを舞台に、チェの思想に共感した建築家の坂茂やアーティストの川俣正、リー・ウーファン(李禹煥)、クリスチャン・ボルタンスキー(Christian Boltanski)ら約20人が参加。活動は継続中で、その様子をマップや動画で紹介している。
チェは同展について、「私たちは今、大量生産や大量消費がもたらした現状に世界中で直面している。国家も社会も、環境問題に対してそこまで責任を取っていない。私たち一人一人が、ものの価値観を見直し、新たな視点を持ち、想像力を働かせて考える必要がある。今がそのチャンスのときだ」と語気を強めた。
「新たな生」展の後には、第2弾のグループ展「つかの間の停泊者」を24年2月16日から5月31日まで開催する。同展にはニコラ・フロック(Nicolas Floc'h)、ケイト・ニュービー(Kate Newby)、保良雄、ラファエル・ザルカ(Raphael Zarka)の4人が参加する。
■エコロジー:循環をめぐるダイアローグ
ダイアローグ 1「新たな生」 崔在銀展
会期:10月14日〜2024年1月28日
時間:11:00〜19:00(入場は18:30まで)
場所:銀座メゾンエルメスフォーラム8・9階
住所:東京都中央区銀座5-4-1
休館日:不定休
料金:無料