エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング vol.146 再訪の渓、未踏の源流/竹田 正
2024年07月19日(金)
夏至も近づく6月中旬、渓流釣りのシーズンが折り返しを迎える頃のコト。未だ踏み込んだことの無い支流を目指す私の胸は高鳴っていた。この日、入渓を予定していた支流を含む源流域を訪れたことは過去に一度きりで、10年ほどを経ての再訪であった。
梅雨入りは遅れているようで予報通りの快晴、それでも山の空気はしっとりとしながら、夏の香りが立ち込めていた。それを味わいながら装備を整えるのもひとつの楽しみである。その香りが記憶を呼び覚ますのか、昔のことを思い出しながらてくてくと、軽快な足取りで林道を上って行った。
「あの枝沢には、どんなイワナがいたのだろうか?」
その当時の私は「イワナの白斑」について、現在ほど気に留めることはなかった。今思えば、「なんともったいないことをしたのだろう」と後悔しているのである。
そのため、今回の釣行では、イワナの生息状況と共に「その点もしっかりと確認すること」を明確な目的としていた。また、源流域に足を運ぶとなれば、このところ気になっている「オビカゲロウの生息域」についても、何かしらの手掛かりを得たいとも考えていた。
林道を上り続けて40分を過ぎた頃、林道からルートを外し本流筋となる渓に降りた。小休止をはさんだ後、目的の支流と本流筋の出合を目指して遡行を開始した。このところの日照り続きでかなり減水していたため、渡渉に厳しいところはなく歩きやすい状況だった。
じゃぶじゃぶと歩いていくと、突然の訪問に驚いたイワナたちはあちらこちらで走り回り、隠れ家を探すのだった。その様子を見ていて、何やら申し訳ない気持ちになるその一方で、イワナたちを釣りたいという欲望も湧き起ってくるのだ。そこをぐっと堪えて目的の支流へと向かうのだった。
「ピィーポピィ~ フィフィフィフィフィ ピープルピィ~ ピョピョピョ…」
時折、遥か頭上のどこからか、高らかで伸びやかな鳴き声が聞こえていた。深緑の木々に紛れ姿こそ見つけることができないが、渓に響くその美しく澄んだ声の主はオオルリだった。オオルリが訪れたということは、渓はいよいよ夏本番を迎えるという兆しである。渓にこだまするようなそのさえずりは、イワナ探しに向かう私の気分をさらに盛り上げてくれるのだった。
渓歩きを楽しみながら遡行しているうちに、目的地と思しき支流との出合に辿り着いた。その支流は深い藪で覆われており、水不足も手伝ってのことか、流れ出てくる水量はあまりに乏しく、藪の中からちょろちょろと流れ出てくるような有様だった。以前、この出合を通り過ぎるように、本流筋を釣り上ったことがあったのだが、その当時のおぼろげな記憶と目の前の景色が一致しなかった。
場所の間違いも考えられたため、地形図を取出し現状と照らし合わせて確認するが、地図上でも、立っている場所が入渓を予定している支流の出合に違いなかった。
「さて、ボサボサで水がちょろり……。この沢は釣りになるのだろうか?もしもダメならダメで、藪を行って帰ってくるだけ。ちょいと面倒だけれど、やってみるか!」
気分が高揚していたこともあって、少し強気だった。普段なら尻込みしていたことだろう。
グローブを装着し、未踏の支流に潜り込んだ。入口の濃密な藪に突入し、かき分けながら10分ほど登っていくと、次第に谷間が広がる気配が感じられた。沢に降りてみると、一跨ぎ程しかない細い流れだが、どこを見てもイワナの隠れ家ばかりだった。
頃合いの良いポイントを見つけたところでロッドを繋ぎ、物は試しとフライを投げ入れてみた。すると、すかさずフライに飛びついてきた。そのイワナはバレてしまったが、居るべきところにイワナは居てくれた。藪に潜り込む試みは報われた。
「よし!これならいける」
入渓時に感じていた不安は、これで払拭された。本格的に釣り上りを開始することにした――。
緑のトンネル。まるで真上から差し込むような木漏れ日を見上げる。真夏の感覚がやってきた。渓は涼しく気温は23℃だった。この日、下界の気温は30℃を超えていたという。
ロッド1本分の幅も無いような沢、一跨ぎの細流に棲むイワナは小さい。そうなのだけれども、どちらも凛とした良いイワナ。白斑は小さめで整っている印象で、その並び方に妙な乱れは感じられず良い感じ。このときの水温は14℃、この時期にしてはやや高めの印象だった。
寝床ひとつに1尾いる、というイメージで、次々とテンポ良く出てくるイワナ。しかし、鈎に掛かったイワナはあっという間に石の下、倒木や枝に潜り込んでしまう。無事キャッチできたのは2尾に1尾だったかもしれない。一枚上手のイワナたちにしてやられるところが悔しくもあり、また楽しくもあり。それが魚釣り。
思わず、おおっ!と唸った。白斑が少ない!このイワナを眺めるにつれ、この沢にも整列型白斑を持つイワナがいるかもしれない、という期待が芽生えてきた。
大きめの白斑を纏ったイワナも現れた。その白斑、側線下側の一列は薄い橙色に染まっていた。
苔生す清流、そこに棲むイワナ、渓に身を置く幸せ。日常から抜け出し、肩の力がするっと抜けていく時。
小さな淵。と言っても、小沢では大淵にあたる存在。尺に届くような大物との出会いを期待したのだが、出会いはこの1尾のみ。白斑は少なめ且つ小さめ、パーマークは体の大きさの割に不明瞭。赤みの強いイワナ。
さわさわさわ…、まるで風にそよいでいるかのよう。掌で触れるとふわふわ。ずっと撫でていたくなる。
このイワナ、主流となる右岸側の落ち込み、副流とは言い難い左岸の滴るような落ち込み、それぞれから流れ来るエサを待つ絶妙なポジションに定位していた。明瞭且つ小さめの白斑が背部まで。パーマークは11個。
整列型の条件を満たしつつあるイワナが釣れてきた。一部の配列がサイコロ5の目になっているが、左右両側面共に白斑の配列が良い感じである。準整列型とする。高さ2~3mほどの小滝を越えたところで、遂に出現した。期待と予感。これなら、もしかすると、もしかする。
次にやってきたイワナにも整列型の要素が感じられた。白斑の輪郭はぼやけ気味であるもののそれは大きめで、腹鰭から尾丙部にかけての白斑が整列しており、準整列型とする。更に高まって来る期待感。
目にした瞬間に喜びがカラダ中を駆け巡った。この沢にも整列型白斑を持つイワナがいたのだ。このイワナは右体側にその特徴が表れていた。白斑は小さめ、側線を境に上下で白斑の配置のリズムが若干異なるものの、ついに見つけた。こうなるともう、ワクワクの気分である。
白斑はランダムに配されている個体。残念ながら、このイワナには整列型の要素は見いだせない。上流に行けば行くほど、整列型の出現率が上がると考えているのだが……。
きたきた!左体側、並びかけている雰囲気は感じられるが、腹鰭より前方の配列に乱れがある。白斑の大きさは良い感じ。右体側の白斑はよりランダムは配置だがその数は少なめ。準整列型とする。
次は白斑が少なめの個体。右体側は整列型。左体側、腹鰭から尾丙部にかけての白斑は完全に整列している。なんとも惜しい気分になった。
倒木の下にフライを送り込むと間髪入れずイワナが出てきたのだが、バレてしまった。そのまま上手の落ち込みを狙いに行くと、これもまた間髪入れず、ぎゃぼっ!フライが吸い込まれた。腹鰭の位置辺りの白斑は整列しているが、尾丙部で乱れている。これもまた惜しい。準整列型とする。先に逃したイワナの白斑はどうだったのだろう?
白斑は小さ目で薄く判別しにくいが、左右体側ともに整列の要素を含んでおり準整列型とする。これほどまでにに準整列型が出現するとは……。次こそ!
魅惑の水玉模様、白斑大きめ少なめで良い雰囲気のイワナ。これで整列していてくれたら、思わず歓喜の叫びが出ていたに違いない。
退渓時刻を意識しはじめる頃、流れは更に細くなり、フライを流すスポットが減ってきた。釣り上りのペースを速め、整列型のイワナを探し続けた。
白斑は小さめ。側線上側に2列、下側は胸鰭から腹鰭までは2列、腹鰭から尾丙部にかけては1列というイメージで白斑が並んでいるが、少しランダム。残念ながら、整列型と呼ぶことができない。
このような細流にも立派なイワナが棲んでいることは、とても喜ばしいこと。体が大きくなればなるほど、抱卵数が多くなる傾向がある。つまり、大物こそ大切にリリースすべき存在であると考えている。この秋にはたくさんの子孫を残しておくれと願いつつ元の棲み処に帰し、このイワナとの対面をもってロッドを畳むことにした。
沢の上流を眺めると、山肌から清水が湧き出るような流れが続き、この沢の終わりはまだ見えていなかった。
時計の針はそろそろ16時近くを指していた。日が傾き始めるとともに渓はあれよと言う間に暗くなるのだ。帰着に要する時間は1時間少々の見込みだった。時間に多少の猶予はあるのだが、初めて潜り込んだ沢である、余裕をもって行動を開始する。またいつか再訪すると心に決め、退渓するのだった。
vol.147へ続く……。
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THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.146/ T.TAKEDA
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