エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.145 イワナ、かける森 /竹田 正|アウトドアライフストア WILD-1

エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング    vol.145 イワナ、かける森 /竹田 正

2024年06月21日(金)

仙台東インター店


 日々好天が続いていた5月下旬のコト。つい先日のことに感じられる春先の頃には十分な水を湛えていた渓であっても、早くも夏の渇水期が始まりつつある気配が感じられていた。同時に、里の渓流でのヤマメ釣りにひと区切りをつけ、深い緑に包まれつつある源流へと足を延ばしイワナを探し始める頃合いでもあった。
 それならばと、「水量が落ち着いてくると、ようやくドライフライでの釣り上りが楽しくなってくる」イワナの棲む渓へ出かけることにした。


 車を走らせること3時間余り……。林道を上りようやく沢に辿り着くと、すでに2台の車が停まっていた。
「いやいやいや。なんてこった。考えていることは皆一緒ということか~!?」
少なくとも2人、おそらくはパーティで数人以上が入渓していると思われた。おまけに何時入渓したのかも分かるはずもなく、沢泊まりで遡行している可能性もある。つまりこの状況、この渓はもうすでに、ほぼ満席状態と言えるのだった。
 この場から入渓して、源流域までくまなく釣り上がるとなれば、私であれば少なくとも4日は必要になる規模の沢であり、複数の釣り人が入ることは十分に可能ではある。しかし、先行者がどの辺りを釣り上がりどの地点まで辿り着いているのか?或いはどこまで詰め上がる様子なのか?などは、実際に自分自身が遡行して確かめる他はない。また、経験的に言って多くの場合、釣った後を追いかけることになりがちである。増して、奥行きのある沢とは言え、先行者を追い越すのは気が引けることであり、状況によってはマナーに反することになるのだ。
 諸々の事情を鑑みると、入渓はできそうでいて、そうでもない。残念であるが、ここは潔く諦めるべき状況と思われた。今しがた上ってきたばかりというのに引き返さねばならない……。このような時は実際のところ、ここまでのヤル気が削がれ、なんともやるせない気分になってしまうのだが、時々このようなことに出くわしてしまうのが、渓流釣りなのである。

 移動先をどこの沢にするか考えがまとまらないまま、林道を下りてしまった。時計の針はすでに昼近くを指しており、これからの移動にかかる時間や、入退渓の行程と釣り上りに必要な時間も考慮しなければならない。無駄に駆け回る余裕はなかった。
「もう、後は無い。ラストチャンス!」
過去の経験から、いくつものイメージが脳裏に湧いてきていた。その中からひとつを選び出し、これに賭けた。
「頼むから、次は空いていてくれよ!」
強くそう念じながら次の沢を目指し、林道の奥へと入り込んだ……。
「ふう、これでひと先ず大丈夫、かな?」
思いは天に通じたのか、心配していた先行する釣り人の車を見かけることはなく、車止めまで辿り着くことができたのだった。ここ数日間で入渓した釣り人がいるのか、いないのか。少々気にはなるが、その時はその時である。もう後には引けないのだ。

 車の運転はもとより、焦燥感にかられ、少々疲れていた。車から降りると同時に、伸びをしながらの深呼吸、天を仰ぐようにぐいっと腰を伸ばすと、ごごっと腰が鳴った。木漏れ日と新緑は目に眩しく、緑が放つ森の香りが清々しい。それらが心地よく浸み込んでくると同時に、何かが抜け出ていったように感じられた。
 かなりの出遅れ感は否めなかったものの、ようやく気が急くこともなくなり、じっくりと渓歩きを楽しむ気分になってきた。ぼちぼちと入渓準備を整え、深い緑に包まれ始めた森に踏み入った。あちらこちらで忙しなく響き渡るミソサザイの囀りに誘われ、身も心も渓へと吸い込まれて行くのだった――。


  
   

このところ渇水気味の渓が目に付くようになっていた。ところが、この沢はそれほど渇水している様子は感じられなかった。遡行を開始するや、早速イワナからのご挨拶があった。その後もここぞというポイントごとに、イワナは顔を出してくれた。しかし、それは岩陰や落ち込み付近から出てくることがほとんどであって、未だヒラキには出てきていなかったのである。水温は9℃、やや食いが浅い印象も受けていたのだが、イワナたちの機嫌は概ね良いように感じられた。


膝ほどの深さも無いような、淵とは言えな浅いところ。落ち込みに続く緩い流れの筋にフライを置いた。すると、岩の陰からその姿を露わにしたイワナは、ゆっくりとフライに近づき、静かにドライフライを吸い込んだ。鈎掛かりすると同時にどっしりと大暴れ。その一連の動きは実に堂々としていて、風格を感じさせるものだった。腹鰭のきりっとした白線と大きな尾鰭、印象的な出会いとなったイワナ。

  

チョチョチュリリリ、チュイチュイチュイリリリリー……ミソサザイの囀りはあちらこちらから。渓に響き渡る合唱に耳を傾けながら、ゆったりのんびりと釣り上っていく。すると徐々にではあるがヒラキやカタに出ているイワナを見かけるようなってきた。良い兆候である。こうなってくるといよいよと、ランディングネットの乾く暇が無くなってくるのだ。沢釣り特有の心地よいテンポ、リズム感が徐々に蘇ってきた。元気いっぱいのイワナたちは鈎掛かりするなり、そこかしこを駆けめぐりジャンプを繰り返すのだった。このイワナの体側にはパーマークが12個、うっすらと浮かんでいる。

 
  
    

淵尻近くのヒラキに定位しているイワナを見つけた。このイワナは言わば門番である。門番を釣り落とすことになれば、更に奥のポイントをも、自ら潰すことになるのだ。門番イワナに気取られないように気遣いながら、そっとキャスティングを開始。ドライフライをイワナの左側斜め前にポトリと落とすと、イワナはすっと前進するや躊躇することなく、ちゅるっとすするようにフライを口にした。淵を騒がすことのないように、手際良く門番イワナをネットに掬い上げた。次の狙いは本命である奥のポイント。落ち込みから続く白泡の流れにフライを乗せゆるゆると流してくると読み通り、ウケになる石の前でピシャリと飛沫が上がった。釣れてきたイワナのパーマークは、それぞれに10個と12個。

 
着色斑は無し、小さめの白斑を纏うイワナたち。ここまで瞳の大きさと同等の白斑を持つイワナは現れていない。

  
 
ここまでのイワナと比べて、この2尾はやや大きめの白斑を持っているが、その大きさは瞳より小さい。

 
やはり、白斑は小さ目。

 
比較的明瞭な白斑が散りばめられている印象。


風格が滲み始めたイワナ。白斑は不明瞭でかなり小さ目。

  

こちらの身を隠すのに都合の良い岩陰から、イワナに気取られないようにキャストする。アワセが決まったところで、しっかりと竿を曲げつつ岩を乗り越え、イワナを迎えに行く。その間、イワナは所狭しと駆けめぐり、石の下に潜ろうとする。釣れてきたのは良く食べている様子のふっくらさん。白斑は小さ目、パーマークは見えない。


こちらは色黒で精悍な顔つきの立派なイワナ。たくさんの子孫を残しておくれ!

  
 
ここでもかくれんぼ。狙い通りにイワナが出てきたところで、岩を乗り越えてお迎えに行くのがお決まりという感じ。パーマークは薄く不明瞭だがその数12個。この沢のイワナは大きめの白斑を持つ個体が少ない印象を受けた。着色斑を持つイワナは現れなかった。


もとより小渓の流れがいよいよ細くなり、ゴーロが現れ始めた。この辺りで納竿とした。戻りの時間も考えて、ほどほどに。少しばかり心残りだけれど、今日も十分に楽しめた!


ふかふかの手触り、瑞々しい苔。ずっと触れていたくなる優しい感触。夏に向かって、溢れんばかりの緑が渓を覆い尽くしていく。


 いよいよイワナを探す川旅の季節が廻ってきた。今回は少々出鼻をくじかれそうな出来事もあったのだけれど、結果的には沢歩きのシーズンインに向けて、足慣らしにちょうど良い感じの釣行となった。
 以前であれば、梅雨入り直前直後の6月上~中旬頃に多くのイワナと出会えるベストシーズンを迎えていたものだが、今回入渓した沢ではイワナたちは元気よくフライを追い始めており、その季節に入りつつあることを実感した。ここ数年、よく見受けられる傾向である。
 ところで、これからやってくる夏本番を控え、早くも渇水が進んでいることは、様々な意味で憂慮すべき状況と言える。今後、良い雨が降って森に潤いをもたらしてくれることを願う。
 さて、これからの季節、渓は生命感に満ち溢れてくる。イワナ釣りは本格的にシーズン開幕という感じで、今回も野性味に溢れる立派なイワナたちに出会うことができた。釣りはロマン、謎解きに宝探し。それは私にとって、まだまだ果てしないこと。
 自然に触れこれを享受する豊かな時間を与えてくれる山と渓、イワナに感謝!ありがとう!


THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.145/ T.TAKEDA
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