エッセンス オブ フライ フィッシング & エッセイ オン フライ フィッシング vol.119 夏の訪れと源流イワナ釣り/竹田 正
2021年07月02日(金)
6月上旬の梅雨入り前のコト。真夏を思わせる日差しを受け山の緑は日増しに深くなり、動物や昆虫等様々な生き物たちで生命感に満ち溢れてくる。イワナ達も例外ではない。育ち盛りの若い世代はもちろん、この秋には産卵に参加する成魚も、この時とばかりにもりもりとエサを食べ、日々成長していく。夏の始まり、捕食活動が活発化するこのタイミングは、軽快な釣り上がりでのイワナ釣りにうってつけの季節である。
イワナを求めて、とある河川の上流を目指した。その源流域は沢幅2m以下という細流で、右の俣と左の俣の二筋の流れとなっている。右および左の沢には、イワナが生息するのに十分と思われる水量の枝沢が、少なくともそれぞれ一本づつあることを確認している。
数年前より、この二本の沢ともに、その全流域を行ける所まで釣り登る目標を立てている。毎年少しづつ釣り上がり、既に両沢とも大凡半分の流域を釣り終えているが、見付けている二本の枝沢も探釣すべき対象であり、全流域釣査完了となるのはまだまだ先になりそうである。
整列型エゾイワナ?に遭遇―――
下界ではTシャツ一枚でOKという真夏日のような暑さだったのだが、山の空気はひんやりとしていて気持ち良く、長袖シャツで丁度良い感じだった。渓に降りれば、冷たい沢水により更に涼風を感じることだろう。増して山の天気は変わりやすいもの。朝からの気温の上昇を考慮すれば、激しい夕立がくることも十分あり得る。ここは気象変化に臨機応変に対応できるようにして、左の沢へ入渓した。
午後になってからの入渓のため、イワナの活性は十分に上がっていた。ドライフライへの反応は上々で、入渓直後よりテレストリアルパターンが活躍した。
さすがに良い季節。次々とイワナが顔を出す。しかし、概して大人しくフライを吸い込む感じ。落ち着いていると言えば、落ち着いている。鈎掛かりは浅い感じが多かった。水温は11℃とまずまず。
ここのイワナは皆元気が良かった。鈎掛かりすると、良く走り良く跳ぶ。それ故バラシも多かった。
左沢の流れ。ロッド1本分程と細流だが、沢そのものは十分に広い。
ネットに掬った瞬間、これは!と思った個体。白斑が大きい。アメマスタイプのエゾイワナである。このような雰囲気のイワナと出会うと嬉しくなる。
いかにも沢イワナという風貌、にょろにょろ君。
枝沢との出合いに達する頃、釣れてきたこのイワナを見て思わず唸ってしまった。先ほどのイワナ同様に白斑が大きい。小白斑が僅かに見受けられるが、少なめの大きめの白斑が列を為している。これは準整列型と呼びたい個体……。この沢にも居たとは。
関連記事 vol.105とある沢のイワナ図鑑―――「側線を軸に、上下2~3列で等間隔などリズム感をもって綺麗に白斑が並びかつ着色斑が無い」規則性斑紋をもつイワナを整列型と呼ぶことにした。
整列型の特徴を備えたイワナが釣れてきたので、更に周辺を探った後、16時に退渓した。やや時間的に余裕はなかったものの、渓とイワナのコンディションを推し量るには十分な成果が得られた。おまけに「整列型のイワナが生息している可能性あり」という、嬉しい事実まで付いてきた。これで翌日の釣行計画は固まった。
いよいよ未踏の枝沢へ―――
左沢の整列型エゾイワナの生息状況を確かめる必要が出てきた。枝沢がその起源になっている可能性もあり、それも確かめておきたいのである。必然的に前日の入渓点よりも下流、左沢の最下流域から入渓し、再釣査しつつ枝沢出合いまで遡行、出合いより枝沢に潜り込んでみる、というスケジュールを組むことになった。
一箇所一尾、朝から良く出てくる。ランディングネットが乾く暇が無い。しかし、整列型は未だ来ず。気になるのはバラシたり、釣り落としたりしたイワナ達の白斑はどうだったのか?ということ。
ここでもキブネミドリカワゲラに出会った。水が冷たくて清冽な証。
普段よく見かける白斑のイワナの他、やや白斑が少なめかつ大きめのイワナも混じり、期待が高まる。画像の他にもイワナは釣れているが、整列型の要素を含むイワナは姿を現していない。
お昼を過ぎた頃、枝沢との出合いに辿り着いた。前日、準整列型が釣れてきたのはこの辺りである。昼食を取りながら、枝沢を見上げた。もしかすると、もしかする。この枝沢に整列型の起源があったら、面白いことになる。そう思うだけで、ワクワクしてきた。
いよいよと、出合いから一気に駆け上がる急峻な流れの枝沢に踏み込んだ。小さな落ち込みの連続である。
ポトリとフライを落とせば、すぐさま反応があった。一段ごとに一尾づつ、必ずイワナが居た。
幾つかの小滝を越えるとすぐに樹木が迫ってきた。枝に囲まれながら小滝が連続している流れ。ライントラブル続出、さすがに釣り辛くなってきた。何処まで釣り上がれるものなのか、自分の気力と集中力を試す感じ、言わば根比べである。
ロッドを取り回すスペースはごくごく狭いもので、フォワードのひと振りのみ。それすら無理ならボウ&アロウキャストである。上手くフライが入らなければ、必ずどこかに引っかかる。枝にフライを絡め取られながらも、なんとか数尾のイワナを手にしていた。
小一時間程、藪に次ぐ藪の中を進んだところで、高さが5mほどの滝に辿り着いた。その壺に大きいイワナの姿が見えた。息を潜めての一発勝負に出たものの、フライを枝に引っかけてしまい、この滝壺のイワナは釣り落としてしまった。
「この先は藪がもっとひどいかもしれない、引き返すか?」などと考えつつ、少し下がり、ひとまず滝壺の藪から抜け出した。気付けばこの滝は遡行を阻んでいた。両岸ともに切り立ち、直接滝を越える手掛かり足掛かりは無かったのだ。
今しがた釣り落としたイワナが少しばかり心残りだった。これだけの密度でイワナが居たのだから、この先にもイワナが居るのは確実だった。未だ整列型も現れていない。
周囲を見回してみると、右岸側に登れそうなルートがあった。かなりの急勾配だが、上手いこと樹木につかまり、次々に伝っていくことができれば、なんとか登れそうだった。
「ここで引き返すにせよ、この先を一応見ておくか……」折角見つけたルートである。ロッドを畳み、バックポケットに収めた。
果たして、無事に登り切り高巻きは成功。滝をひとつ越えることが出来たものの、眼下に広がる景色は、またも滝の連続。昇龍さながらの渓流滝だった。今までの藪が嘘のように、その先の視界は広がりがあった。当然のこと、この先を更に釣り上がりたいと思った。
「さて。この崖。降りたとして、帰りに登れるか?」谷底までの落差は10m弱。経験上、大抵の場合、降りられると思った急斜面は降りることはできる。しかしそこを登るとなると話は変わってくる。簡単に降りられた場所でも、装備無しではおいそれと登ることが出来ない、そのようなことは結構あるのだ。周辺を良く観察し、上がれるルートを探した。無理は禁物、見つけられなければ、引き返すまでだ。
「あの木に取り付ければ、上の枝を手掛かりに、次の木の幹へ飛び移れる。その幹を足がかりに次に取りつけば……」点と点を線で結び、想像を巡らせる。ルートが見えてきたところで再入渓を決め、谷底へ滑り降りていった。
退渓時に備え登る崖をマークした後、釣りの準備に取り掛かる。時計を見ると時刻はまだ13時半。じっくりと釣り上がる時間は十分にあった。昇龍のような滝を越えると、流れは穏やかな表情を見せ始めた。小渓ではあるが、その懐の奥深さを味わいつつ遡行していく。
期待している整列型は、現れない。
流れが分断されて二筋で流れ落ちる、夫婦の滝。渓を歩き回っていると、夫婦の滝は結構見かけるもの。この夫婦の滝、高さこそ3m少々と小さな滝なのだが、滝の真ん中に立っている木までもが夫婦の木という、珍しさ。このような風景を眺めていると、心に沁みてくる。その壺、左手の落ち込みで釣れてきた。右手の落ち込みでも釣れてくれば、夫婦イワナというオチで面白かったのだが。ここでも一箇所一尾らしい。健全なエゾイワナ。
ふと時計に目をやると、すでに15時を指していた。そろそろ時間切れである。まだまだ渓は良い感じで続き、更に探釣できそうである。上流を見ると大きめの滝も見え隠れしていた。その先も確かめて見たい。しかし、あれだけの落差を越えてきながら、ここまで、これと言って整列型が釣れてくる気配は無かったのだ。その起源は本流筋の奥にあるような気がした。心残りではあるが、上ってきた流れを引き返すことにした。
退渓は暫く川通し、再入渓した崖を登って、また下る。その時にふと気付いた。本流筋にあたる左沢には、釣り人が入った形跡や山菜取りが入っていた痕跡が残っていた。それはごく普通のことである。しかし、この枝沢にはその気配が無かった。考えて見れば、出合い付近の激しい藪と落差が、人の気安い進入を拒んでいるのかもしれない。このような沢は、殊更に大切にしなければならないと思った。
さて、「vol.90いろいろなイワナ。カワサバ。」および「vol.105とある沢のイワナ図鑑」で紹介した「整列型エゾイワナ」。件の沢以外では、これと同じ特徴を持つイワナは未だお目にかかれていない。準整列型と言えそうな個体は、今回のように稀に見かけることがある。それ故に、あの個性的な白斑を持った整列型が数多く生息している沢があれば、それをこの目で確かめたい、という願望を持っているのである。
今回、思わぬところで「整列型エゾイワナ探し」になってしまい、普段の釣行よりも随分とワクワクした気分で楽しむことが出来た。結果は記事の通りで、特段の有力な手掛かりは何も得られなかった。「整列型エゾイワナ探し」は今後も続く……。それで無くとも、初めての沢を遡行する楽しさと言ったら、この上ないことなのだ。このような楽しみを与えてくれる山や川、イワナ達に感謝!ありがとう。
THE ESSENCE OF FLY FISHING & THE ESSAY ON FLY FISHING vol.119/ T.TAKEDA
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