第2次シルテ湾海戦
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第2次シルテ湾海戦[4](だいにじシルテわんかいせん)は、1942年(昭和17年)3月22日に地中海戦域で連合国軍と枢軸国軍の艦隊が交戦した海戦[5]。
注釈
- ^ 海戦終了後、帰路で悪天候のため軽巡1損傷、駆逐艦2隻沈没[2]。
- ^ この損害のほかに、船団部隊がマルタ到着後、空襲と機雷で輸送船4隻沈没、駆逐艦2隻沈没[2]。
- ^ 地中海艦隊の主力艦だったクイーン・エリザベス級戦艦は、戦艦ウォースパイト (HMS Warspite) が前年5月にクレタ島攻防戦で損傷し[19]、アメリカでの修理後は東洋艦隊に配備された。戦艦バーラム (HMS Barham) は前年11月25日にU-331の雷撃で沈没した[20]。戦艦クイーン・エリザベス (HMS Queen Elizabeth, 00) と戦艦ヴァリアント (HMS Valiant) は前年12月19日にアレクサンドリア港攻撃で大破着底、大修理を必要とした[21]。大西洋方面配備の戦艦マレーヤ (HMS Malaya) は1942年3月20日にU-106に撃破されてアメリカでの修理を余儀なくされた。
- ^ 前年12月19日、K部隊は機雷原に入り込み軽巡ネプチューン (HMS Neptune, 20) と駆逐艦1隻が沈没し、軽巡2隻(オーロラ、ペネロピ)も大破した[30]。オーロラ (HMS Aurora) はイギリス本国に戻り、ペネロピはマルタで修理をおこなっていた。
脚注
- ^ 三野、地中海の戦い 1993, p. 154.
- ^ a b c 三野、地中海の戦い 1993, p. 141.
- ^ a b c d e f g 三野、地中海の戦い 1993, p. 287.
- ^ 福田誠、光栄出版部 編集『第二次大戦海戦事典 W.W.II SEA BATTLE FILE 1939~45』、光栄、1998年、ISBN 4-87719-606-4、272ページ
- ^ 『世界の艦船 増刊第41集 イタリア戦艦史』海人社、1994年、126ページ
- ^ 三野、地中海の戦い 1993, pp. 138a-141第二次シルテ湾海戦
- ^ a b マルタ島攻防戦 1986, p. 49.
- ^ a b c d 三野、地中海の戦い 1993, p. 138b.
- ^ a b c d e f g マルタ島攻防戦 1986, p. 50.
- ^ 呪われた海 1973, pp. 234–235.
- ^ a b マルタ島攻防戦 1986, pp. 64–70輸送船団編成への動き
- ^ 呪われた海 1973, p. 226地図8 地中海航路図と基地航空隊行動圏
- ^ 呪われた海 1973, p. 227.
- ^ 三野、地中海の戦い 1993, pp. 117–120北アフリカの戦いとマルタ島の重要性
- ^ 三野、地中海の戦い 1993, pp. 142–144マルタ島に危機迫る
- ^ a b マルタ島攻防戦 1986, pp. 46–48.
- ^ イギリス潜水艦隊(上) 2003, pp. 237–238.
- ^ 三野、地中海の戦い 1993, pp. 130–131イギリス海軍悪夢の二ヵ月間
- ^ 三野、地中海の戦い 1993, pp. 107–108.
- ^ 三野、地中海の戦い 1993, pp. 125–128思わぬ敵 ― ドイツUボート
- ^ 三野、地中海の戦い 1993, pp. 128–130思わぬ敵 ― イタリア人間魚雷
- ^ 三野、地中海の戦い 1993, pp. 105–110ギリシャ情勢とクレタ島をめぐる戦い
- ^ 呪われた海 1973, p. 232.
- ^ 三野、地中海の戦い 1993, pp. 136–137第四期/1942年1月~6月まで
- ^ イギリス潜水艦隊(上) 2003, p. 244.
- ^ 呪われた海 1973, p. 234.
- ^ a b c イギリス潜水艦隊(上) 2003, p. 309.
- ^ a b c d 三野、地中海の戦い 1993, p. 140.
- ^ a b 三野、地中海の戦い 1993, p. 156.
- ^ 三野、地中海の戦い 1993, pp. 122–124思わぬ敵 ― 機雷
- ^ a b イギリス潜水艦隊(上) 2003, p. 313.
- ^ イギリス潜水艦隊(上) 2003, p. 314.
- ^ マルタ島攻防戦 1986, pp. 70–79一九四二年六月の輸送船団
- ^ 三野、地中海の戦い 1993, p. 155.
- ^ イギリス潜水艦隊(上) 2003, p. 317.
- 1 第2次シルテ湾海戦とは
- 2 第2次シルテ湾海戦の概要
- 3 戦闘経過
- 4 海戦後
- 5 参考文献
- 6 外部リンク
MG1作戦
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アンドルー・カニンガム提督が指揮する地中海艦隊は、マルタへの大規模輸送作戦を準備した。MG1作戦は、輸送船4隻(ブレコンシャー、クラン・キャンベル、パンパス、タラボート)からなる船団をアレクサンドリアからマルタへ送るというものである。このMW10船団の護衛には、直接護衛として軽巡カーライル (HMS Carlisle,D67) 、駆逐艦サウスウォールド (HMS Southwold,L10) 、ボーフォート (HMS Beaufort,L14) 、ダルヴァートン (HMS Dulverton,L63) 、ハワース (HMS Hurworth,L28) 、エイヴォン・ヴェイル (HMS AvonVale) 、エリッジ (HMS Eridge,L68) 、ヘイスロップ (HMS Heythrop,L85) が同行した。 この輸送船団部隊を、フィリップ・ヴァイアン少将(旗艦クレオパトラ、第15巡洋戦隊)が指揮する間接護衛隊が護衛する。軽巡洋艦クレオパトラ (HMS Cleopatra, 33) 、ダイドー (HMS Dido) 、ユーライアラス (HMS Euryalus, 42) 、駆逐艦ジャーヴィス (HMS Jervis, F00) 、キプリング (HMS Kipling) 、ケルヴィン (HMS Kelvin, T37) 、キングストン (HMS Kingston, F64) 、シーク (HMS Sikh, F82) 、ヒーロー (HMS Hero) 、ライヴリー (HMS Lively, G40) 、ハヴォック (HMS Havock, H43) 、ヘイスティー (HMS Hasty, H24) 、ズールー (HMS Zulu, F18) という編成であった。 今回の護衛部隊に加わっていたイギリス軽巡洋艦は防空型であり、敵水上艦艇に対する火力が不足していた。船団は3月20日にアレクサンドリアを出発し、3月23日の夜明けにマルタ到着の予定であった。またメッシーナ海峡の南側とターラント湾を哨戒するため、U級潜水艦3隻(アンバートン、アプホルダー、アルティメンタム)が配備された。 3月19日、まず航続距離の短いハント級駆逐艦7隻からなる第5駆逐群が対潜哨戒も兼ねて船団に先立ってアレクサンドリアから出航し、トブルクへ向かった。3月20日7時、船団が軽巡カーライルと駆逐艦6隻に護衛されてアレクサンドリア出航した。残りの護衛部隊も同日18時に出撃した。第5駆逐群は3月20日にトブルクで給油し、その後船団に合流した。この間に英駆逐艦ヘイスロップ (HMS Heythrop,L85) がソルム北方でU-652の雷撃を受け、沈没した。3月22日午前6時に、後から出撃した部隊も船団に合流し、午前8時には2日前にマルタから出撃していた軽巡洋艦ペネロピ (HMS Penelope, 97) と駆逐艦リージョン (HMS Legion, G74) も合流した。 この作戦を支援するため、北アフリカではイギリス陸軍による陽動攻撃がおこなわれた。また、船団に対する航空攻撃の脅威を低減するため、キレナイカとクレタ島に対する空襲も行われた。 3月21日17時5分、イタリアの潜水艦プラチナ(イタリア語版) (Platino) がイギリス船団を視認していた。また、Ju52輸送機もイギリス船団を発見した。イギリス側の動きに呼応して、メッシーナからアンジェロ・パロナ(英語版、イタリア語版)上級少将が指揮する重巡洋艦ゴリツィア (Gorizia) 、トレント (Trento) 、軽巡洋艦ジョバンニ・デレ・バンデ・ネレ (Giovanni delle Bande Nere) 、駆逐艦アルピーノ、ベルサリエーレ(英語版、イタリア語版)、フチリエーレ(英語版、イタリア語版)、ランチエーレランチエーレが出撃した。 ターラントからアンジェロ・イアキーノ中将が指揮する戦艦リットリオ (Littorio) 、駆逐艦アスカリ、アヴィエーレ (Aviere) 、アルフレード・オリアーニ(英語版、イタリア語版)、ジェニエーレ、グレカーレ (Grecale) 、シロッコ (Scirocco) が出撃し、両部隊は22日朝に合流してイギリス船団攻撃に向かった。イギリスの潜水艦P36はタラントを出撃したイタリア艦隊を発見、報告した。イギリス側は有力な敵艦隊との遭遇を覚悟して進撃を続けた。
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