未解決事件
迷宮入り
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/01 07:04 UTC 版)
1949年(昭和24年)8月、捜査一課は下山事件を自殺という形で決着させることとし、捜査報告書の作成を始めていた。しかしこの決定にGHQから待ったがかかり、自殺説発表は見送られた。他方、他殺説をとる捜査二課は、東京地検、東大裁判化学教室と連携してその後も植物油や染料の全国捜査を地道に続けていた。これに気付いた捜査一課は、情報入手のため塚本鑑識課長を使って東大裁判化学教室の秋谷教授を訪ねさせた。その結果、捜査二課が全刑事を動員して油と染料の捜査を行っていることを知った。この報告を聞いた堀崎捜査一課長は驚愕した。このまま二課の捜査が進むと、一課が決定した自殺説の決着が覆されるだけでなく、捜査本部解散もできなくなる。非常な危機感を感じた堀崎課長は、田中警視総監、坂本刑事部長を担いで、12月初めに捜査二課二係長の吉武辰雄警部を上野警察署次席に配転させたのを皮切りに、12月31日には捜査本部を解散、翌昭和25年4月には二課の刑事たちのほとんどを都内23区の警察署に分散異動させるという強引な人事を断行させ、事実上二課の捜査を強制終了させた。 1949年(昭和24年)12月15日に、警視庁下山事件特別捜査本部が作成した内部資料「下山国鉄総裁事件捜査報告」(通称「下山白書」)は、1950年(昭和25年)1月に『文藝春秋』と『改造』誌上に掲載された。警視庁記者クラブは、事件白書のようなものは記者クラブで共同発表すべきものとして抗議し、漏洩元を調査して回答せよと要求した。これに対し坂本刑事部長は、あれは正式なものではない、事実関係は調査の上回答するとした。しかしその後も回答はなく坂本部長は言を左右にして回答を避け続けたため、記者クラブは独自に調査を行い、次のような事実が判明した。 本報告書が完成したのは12月はじめで、15日にはガリ版刷り五百枚の冊子二十部が完成した。総監や部長クラスには各一冊宛、残った部数が捜査一課の金庫にしまわれた。捜査本部の看板も数日中に外されることになったものの、世間ではまだ殺人事件だと騒いでいた。捜査本部解散のあとではせっかくの報告書も世に出ぬままになる可能性がある。むしろ世論を「自殺」に落ち着けるには「極秘」の報告書を世に出したほうがいい。そう考えた男が捜査一課の幹部の中にいた。その男は自分で金庫を開けることのできる地位の人物だった。この男はなかなか頭のいい人物で、捜査一課の自殺説を支持している毎日新聞には話を持ち込まず、全国ネットでニュースを流す共同通信社の山崎記者に渡りをつけた。金庫は開かれ、山崎記者は分厚い報告書を抱えて日比谷の自社に走った。こうして12月17日には共同通信社会部は、三千字の活字にまとめて全国各地に流したのである。東京では東京タイムズと朝日が小さくこれを扱ったが、他紙は毎日を含めて黙殺した。地方紙でもこの特種には冷淡で、ほとんどの各紙がニュースにしなかった。ニュースにしないばかりか、地方紙のなかには「共同通信は自殺説を支持しているのか」と文句をつけるという一幕もあった。どうして各紙ともこのニュースを無視したかというと、東大法医教室ではすでに五反野現場で、総裁の血液型と一致するAMQ型血液を数ヶ所で検出しており、ついで同裁判化学教室では、遺品の衣類からヌカ油や染料が多量に発見され、これらの事実は「自殺」ではあり得ないことを物語っていたからだった。問題の報告書は、ニュースになったときにはもちろん警視庁に返されていたのだが、次に動いたのは雑誌社だった。三千字の内容ではくわしいことはわからない。新聞がとりあげないなら自分のところで全文をいただこうという算段である。「文藝春秋」では十二月二十六日に山崎記者を通じて、また金庫から報告書を持ち出してもらい、四百字詰原稿用紙百五十枚に要約して昭和二十五年二月号に発表した。捜査一課の金庫というのは常時開けっ放しだったとみえて、山崎記者でなくても報告書は手に入れることができたようである。新顔の「改造」は「文藝春秋」がすでに原稿を手に入れたのも知らず、別の仲介者の手を借りて同じものを要約した。しかし「改造」のほうは「文藝春秋」の二倍くらいの枚数にまとめた。しかたなく二、三月号に分載することになったわけである。 本報告書は自殺と結論づける内容となっているが、矢田喜美雄や松本清張などは、報告書の内容に矛盾点や事実誤認を指摘している。特に矢田は報告書に書かれている目撃証言のうち昭和39年に生存していた目撃者に直接聴き取りを行い、いくつかの証言に捜査一課刑事による改竄や創作が盛り込まれていることを解明した。1964年(昭和39年)7月6日、殺人事件である場合の公訴時効が成立した。
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