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縄釣の戦いとは? わかりやすく解説

縄釣の戦い

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/05 14:06 UTC 版)

縄釣の戦い(なわづりのたたかい)は、永正13年6月1516年)に下野国上那須庄浄法寺縄釣で行われた合戦。別名・小川縄釣の合戦。




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縄釣の戦い

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/23 01:49 UTC 版)

宇都宮忠綱」の記事における「縄釣の戦い」の解説

詳細は「縄釣の戦い」を参照 永正11年1514年)の竹林の戦い佐竹義舜岩城由隆勢に勝利してから2年後永正13年1516年6月常陸国戦国大名佐竹義舜は再び陸奥国戦国大名岩城由隆とともに大軍率いて下野国侵攻忠綱は父・成綱と出陣し佐竹義舜岩城由隆勢と下野国那須浄法寺縄釣で対峙し、一戦した。結果大勝佐竹義舜岩城由隆勢は撤退宇都宮勢はそのまま追撃し下野国武茂庄で一戦勝利さらには常陸国の月居まで侵攻し佐竹義舜岩城由隆勢に壊滅的な被害与えた近臣である永山忠好文書から、この合戦佐竹方の城や砦を多数落としたことが判明している。 この合戦足利政氏敗北決定的になり、足利高基名実ともに古河公方となった。これによって高基の義父である宇都宮成綱義兄弟である忠綱権威相対的に強化されまた、佐竹氏との覇権争い勝利し下野宇都宮氏全盛期迎えた

※この「縄釣の戦い」の解説は、「宇都宮忠綱」の解説の一部です。
「縄釣の戦い」を含む「宇都宮忠綱」の記事については、「宇都宮忠綱」の概要を参照ください。

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