最近の日本との関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 01:48 UTC 版)
ブキティンギ市内には、日本軍政期、旧日本軍が築造した防空壕があるが、1987年、インドネシア政府はその遺構を「インドネシア労務者を殺害し、遺棄した穴」という紹介で、国立公園に指定した。そして、その防空壕入り口に、旧日本軍が労務者を殴打するレリーフを設置した。 これに対して、日本人ジャーナリスト加藤裕が旧日本軍関係者(元陸軍主計大佐本庄弘直など)に聞き取りを行い、「現地労働者には日当も支払い、虐殺はおろか負傷者も出ていない」などの証言を得た上で、旧日本軍による虐殺はなかった、と指摘した。 インドネシア政府は、1997年、「旧日本軍は虐殺をしていない。間違いだった。」と公式に認め、このレリーフを撤去させたが、2004年には、依然として現地のガイドがその遺構を「旧日本軍による虐殺の穴」と紹介していることが新聞報道で明らかになった。 また、2002年には、1997年に日本のODAによって建設されたコタパンジャンダムが、自然に悪影響を与えるとして、現地住民3,861人(2003年現在8,396人、また動物も原告となっている)がダム撤去など原状回復と被害への賠償を求めて日本政府・東電設計・JBIC・JICAを被告として東京地裁に提訴した。2004年現在も係争中である。
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