斎山古墳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/23 08:17 UTC 版)
名古屋市遺跡番号14-156。斎山稲荷社は、大府丘陵上の標高約30メートルの突端に築かれた斎山古墳(いつきやまこふん)の上に座すとされる。1997年(平成9年)に行われた測量調査によれば当古墳は高さ3メートル、直径30メートルほどの円墳とみられているが。墳丘の西側で1955年(昭和30年)頃に土取りが行われて畑になったといわれ、露わになった西端崖面には前方部につながる形跡がみられることから、前方後円墳であった可能性も十分にあるという。 発掘調査は行われていないが、墳丘の西側石塚や東側参道で野焼きの円筒埴輪片が採取されている。一方で葺石はみられず、周溝や段築の存在は不明とされる。西端崖面や社殿の築造で破壊された墳丘南側の断面では一部で小礫層が認められ、ボーリング調査でも墳丘内部に礫層が介在していることから、西南西500メートルにあったカブト山古墳(東海市名和町、4世紀後半の円墳、滅失)の礫槨に類似すると考えられ、当古墳もはじめはカブト山古墳に連続する5世紀頃の造営とみられていた。しかし、採取された埴輪を精査するに、窖窯で焼成された無黒斑かつ灰色の仕上がりのものがみられ、低平な突帯(タガ)の特徴を持つことからも、造営は6世紀以降に下ると考えられるようになる。
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