あく‐ま【悪魔】
悪魔
悪魔
悪魔
悪魔
作者レフ・トルストイ
収載図書クロイツェル・ソナタ悪魔 改版
出版社新潮社
刊行年月2005.7
シリーズ名新潮文庫
悪魔
悪魔
悪魔
悪魔
悪魔
悪魔
悪魔
悪魔
悪魔
悪魔
悪魔
悪魔
作者上木いさむ
収載図書ショートショートの広場 12
出版社講談社
刊行年月2001.5
シリーズ名講談社文庫
悪魔
悪魔
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/28 08:57 UTC 版)


悪魔(あくま)とは、特定の宗教文化に根ざした悪しき超自然的存在、または悪を象徴する超越的存在を指す言葉である[1]。
悪魔は、仏教において仏教を妨害する邪神を意味することもある。キリスト教ではサタンを指し、神を冒涜し試みる、人間を誘惑する存在とされる[2]。サタン以外の西洋文化における悪霊(悪魔)も、現代日本語では悪魔と呼ばれることが一般的。イスラム教では、悪魔は シャイターン、イブリースと呼ばれている。
一枚岩の宗教においては神に敵対するものを指し、他宗教の神に対する蔑称でもある(後述)。
日本語の悪魔
漢語の「悪魔」は本来、漢訳仏典に由来する仏教語であるが、現代日本語では西洋のサタン、デビル、デーモンの訳語としても用いられている[3]。ハビアンの『破提宇子』には「ヂヤボ」(ポルトガル語の Diabo の音訳)、「悪魔」、「天狗」といった、キリシタンによるキリスト教の悪魔の翻訳例が示されている[4]。
仏教語としての悪魔はサンスクリット語マーラの音訳「魔羅」「魔」と同義である。「魔」という漢字は、仏教関係者の新しい作字であり、死者を指し超自然的なものを含意する意符「鬼」と、マーラの音を表す音符「麻」とを組み合わせたものである。唐の僧侶湛然によれば、古くは「磨」と書かれていたのを梁の武帝蕭衍以来「魔」と書くようになったという(『止観輔行伝弘決』: 「古訳経論 魔字従石 自梁武帝 謂魔能悩人 字宜従鬼」)。康煕字典でも、前述した説文解字のあとに正字通からの引用として「訳経論にいわく。魔は古(いにしえ)は石に作って磨となす。䃺を省く也。梁武帝、改めて鬼となす。[この字は『訳経論』によれば磨の異体字である。元々石のところを梁の武帝が鬼に改めたのだ])」として記されている。[5]ただし、前述のように『説文解字』に出ている他、梁の武帝よりも前の時代に書写されたと推定される「魔」の字を含む考古学史料が存在する[6]。日本の民俗信仰では、災いをなす原因と想定されるモノを漠然と擬人的に「悪魔」と呼ぶようになった[7](通り悪魔も参照)。
西洋語の悪魔
悪魔・魔王を指す西洋語の「デビル」 (英: Devil, 独: Teufel) はヘブライ語のサタンのギリシア語訳ディアボロス (古希: Διάβολος、羅: Diabolus) から派生した言葉であり、キリスト教の神に敵対する存在を指す。
悪魔とも悪霊とも和訳される西洋語の「デーモン」(フランス語読みで「デモン」とも)の語源は、ギリシア語のダイモーン(古希: δαίμων、ラテン翻字 daimon)である(デーモンを指す西洋諸語 英: demon, 独: Dämon はギリシア語のダイモーンから派生した)。ダイモーンのラテン語綴り daemon はキリスト教的文脈においてほぼ悪霊・悪魔の意味で用いられている。英語でも daemon は demon と同様に [diːmən] と発音され、ギリシア神話のダイモーンの意味で用いられる場合もあるが、悪霊としての demon の別綴りとして用いられることもある[8]。
デビルとデーモンはいずれも、ラテン語で神を意味するデウス (deus) と同様に、サンスクリットで神を意味する語である「デーヴァ」(देव、女性形は「デーヴィー」 देवी)と同じ印欧祖語の語根 div (輝く)の派生であるという説もある[9]。
英語での悪魔の俗称「オールド・ニック Old Nick」は北欧神話の「オーディン Woden」に他ならないという説がある[10]。
キリスト教の悪魔

堕落の教理

教父たちは、かつては神に仕えた天使の罪について論じた[11]。 中世のスコラ学では善良な天使と邪悪な天使との人間の交流についての思弁的な論究が交わされた。13世紀に入ると悪魔の存在が現実の危機として考えられるようになり、より具体的、現実的な考察が行われるようになった。特に悪魔と人間の肉体交渉について神学者は関心を寄せ、教義の一つへと発展していった[12]。
なかでも、当時絶大な権威を持っていた神学者トマス・アクィナスは、悪魔(インキュバス、サキュバス)は人間の姿をとって人間と交わることが可能であり、神の許しのもとに人間にあらゆる害を与える力があると主張し議論を決定づけた[12]。
キリスト教神学では、神に対して謀反を起こした堕天使(サタン)の手先である。神学では、人間を誘惑して堕落させ、カトリック教会を滅ぼそうとするものとされた。また、角、翼・蹄・尻尾などを持つ姿で表現されるほか、黒い影でも表現された。一方で、教化のため教会が利用した[13]。
近代的な合理主義的思考が定着するにつれて、悪魔は言い知れぬ恐怖の存在から、より具体的、肉体的な実在性を帯びるようになる[14]。1632年に発生したルーダンの悪魔憑き事件のような悪魔の仕業とされる事件や、悪魔憑きの現象や対抗措置としての悪魔払いは、近現代に至るまで否定されることなく続いている[14]。
キリスト教と異教
ギリシア語の旧約および新約聖書では悪霊的存在がダイモーン(またはダイモニオン)と記されており、使徒パウロ、教父アウグスティヌスは、異教の神と悪魔を同一のものとして記述している。アウグスティヌスは『神の国』第10巻において、人を欺くダイモーンの危険性を指摘した新プラトン学派の哲学者ポルピュリオスの不徹底を批判し、ダイモーンはすべて悪霊であって、異教の神々は悪霊が偽装したものであるとした[15]。
11世紀の東ローマ帝国の知識人で宮廷の有力者でもあったミカエル・プセルロスは悪魔学の著作を遺している (Greenfield, Traditions of Belief in Late Byzantine Demonology を参照)。新プラトン主義的な発想や民俗的デーモン観を取り入れたプセルロスの鬼神論は、東方正教会の中心地であったコンスタンティノポリスで重んじられたほか、ラテン語訳されてルネサンス期に西方教会の領域にも広まった[16]。
悪魔の罠
悪魔は罠を用いるとされる[17][18]。悪魔に立ち向かうようにと勧められてはいるが[19]、全世界は悪しき者の配下にあるとされているため[20]、悪魔の罠を見破るのは一般人には容易ではない。
イスラムの悪魔
イスラームの文化においては悪魔はアラビア語で「シャイターン」という。これはイスラム教以前からあったアラブ人の言葉であるアラビア語に由来するが、ムハンマドがユダヤ教やキリスト教の影響下でヘブライ語のサタンに関連付けた[21]。その頭目は堕天使イブリース(キリスト教のルキフェルに相当)であるが、キリスト教とは違い、それ以外の悪魔は単なる人に悪さをするジン(精霊)にすぎない(イブリースを参照)。
グノーシス派の悪魔
グノーシス主義では、旧約聖書の創造神ヤハウェがこの世の悪しき支配者とみなされ、悪魔化された[22]。それ以下の偽りの神や悪霊的存在とみなされたものはアルコーンと呼ばれた(デーミウルゴス、ヤルダバオート、アルコーンを参照)。
仏教およびインドの悪魔
仏教の悪魔を表すサンスクリット語のマーラ (Māra) は阿含経『相応部』の「悪魔相応」(マーラ・サンユッタ)に書かれている[23]。この語が魔羅、悪魔などと漢訳される。仏典にみられる悪魔の名称には天魔、魔羅(マーラ)などがある。この他、インド神話や仏教の万神殿にはナムチ、アスラ(阿修羅)、ヤクシャ(夜叉)、ラークシャサ(羅刹)といった悪神や悪鬼的存在がいる(詳細は各項目を参照)。他の宗教と異なり、仏教の悪魔は改心すれば善神となる場合が少なくない。例えば『首楞嚴經』にあるように、悪魔の王やヤクシャ(夜叉)やラークサシャ(羅刹天)も善心を持ち仏教を信じるものはブッダの座の下にいることが出来るとされている[注釈 1]。
神話や民間信仰における悪魔
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各地の神話や土俗信仰等においては、人を傷つけ、あるいは悪い感情を誘発するなど、人を不幸にするような神秘的力を持つものが語られる例は珍しくない。それが人格を持って語られる場合、それは悪魔的なものとなる。翻訳する際には悪魔とされることもあり得る。カレワラのヒーシなどはこれに当たる。
それらは悪意を持って人を傷つけるだけでなく、場合によってはいたずらが予想外な事態を引き起こし、巡り巡って新たなものの誕生などにつながる。そのようなものをトリックスターという。
宗教史学による悪魔と近代の悪魔観
一神教の文化に根ざした西洋の悪魔は、大文字の〈悪魔〉(英語の the Devil)と小文字の複数の悪魔(英語の devils)とに区別される[24]。後者のような悪霊ないし悪鬼的存在(英語の demons)は多くの宗教伝統の中に見出されるが、前者のような単独の〈悪魔〉の観念をもつ宗教は限られている。悪魔の概念史の研究で知られるジェフリー・バートン・ラッセルは、〈悪〉の人格化としての単独の〈悪魔〉の概念はゾロアスター教、古代ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の4宗教に特有のものであると論じている[25]。ただし、一神教の立場からマニ教的二元論を回避しようとするキリスト教では、〈悪魔〉もまた神の被造物であって、完全に神から独立した存在ではないとする捉え方が一般的である[26]。厳格な一神教であるイスラム教では、悪魔は神の特別な許可に拠って活動するのであって、神の計画の一部であるとされる[27]。
〈悪魔〉(ギリシア語:
アブラハムの宗教の悪魔
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比較宗教学の宗教分類で並置されるユダヤ教、キリスト教、イスラム教(いわゆるアブラハムの宗教)は、さまざまな名で呼ばれる〈悪魔〉を、人間をそそのかして罪を犯させたり悪行をはたらいたりするひとりの反逆的な堕天使ないしデーモン(悪霊)とみなしてきた。
アブラハムの宗教における悪魔は元来、神とその使いを除く超越的な存在全てであった。唯一神教であるユダヤ教は、他宗教の神々を悪魔と称して否定した。その派生であるキリスト教とイスラム教も同様であった。西方キリスト教世界における悪魔は、地中海世界で信仰されていた古代文明の神々が否定され悪魔とされたものが多く、バアル神やモレク神などは代表的なものである(これらの神格はユダヤ教の時点で「魔神」シェディムであるとされていた)。ただし、唯一神以外の神々が全て悪魔とされたわけではなく、キリスト教に取り込まれた例もある。その代表例は、かっては新バビロニア地域の神々、あるいは神の諸側面を表象する存在であったミカエルやガブリエルである。ユダヤ民族のバビロン捕囚時代以降にペルシアの宗教(とくにゾロアスター教のアムシャ・スプンタ)に影響を受けて、ユダヤ教に天使として取り入れられた。ミカエルやガブリエルは旧約聖書にも登場し、キリスト教では大天使として継承された。ヨーロッパ土着の神々が矮小化され妖精伝承となったこともあるらしい。
人間に試練を与えるための神の道具であったサタン(試みる・誘惑する者)は旧約聖書において悪魔ではなく、人間の敵ではあっても神の僕であった。サタンは「大敵」と呼ばれ、異教の神とは区別された。
近代オカルティズムの悪魔論
ディオン・フォーチュンは、古代世界の際立った宗教の慈悲深い神と悪神のうち、悪神は悪魔とは呼ばれなかったと述べており、その悪神の例としてヒンズー教のシヴァ、カーリー、エジプトの宗教のセト、ベス、テューポーン、ギリシア神話のプルートー、ヘカテーをあげている。また、神が悪魔を許容するのは、悪魔が宇宙の推圧遮断機であって、神々の清掃人だからであり、破壊的な力が魔神ではなく神として分類されている理由は、それが宇宙の法則による反作用であり、無秩序で乱れた力ではないからだ、と説明している[29]。
悪魔の姿形
悪魔の姿を見た、という伝承は古来から様々な形で残るものの、信頼に足る記録などは現在のところ存在しない。
悪魔の観念が固定しつつあった11世紀ごろの芝居に登場する悪魔は黒い服を着たグロテスクな異形であり[12]、今日でもロマネスク様式やゴシック様式の建造物のレリーフにそういったデーモンを見ることができる。
よくある類型的な悪魔像は、ある程度「人間に似た形」をし、肌が紺色、あるいは黒や赤色で、目は赤く、とがった耳を持ち、とがった歯を有する裂けた口を持ち、頭部にはヤギのような角を生やし、とがった爪の付いたコウモリのような翼に、矢印のように鋭く尖った尻尾を持つ、といったもの。また、かかとがないことも重要な特徴とされる。絵に描かれた悪魔は、これらの特徴のほぼすべてを備えているものもあれば、一部のみを有するものもある(バフォメット(山羊頭の悪魔)の項目を参照)。
高等な悪魔は外見が男性的であったり、女性的であっても実際は両性具有であるという説もある。中世には、女性に近づく悪魔は上品な身なりの伊達男や兵士、騎士の姿をしていると言われていた[12]。
ペルシア神話や初期ゾロアスター教の悪魔アンラ・マンユはトカゲ・ヘビ・人間の若者と姿形を変化させることができるとされたが、後期の文献では、実体を持った物質世界は神の創造した善の領域であり、悪魔は実体を持たず人間や動物の中に住むと説明している[30]。
比喩・強調としての「悪魔」
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悪魔という言葉は、残忍・非道でずる賢い人間の喩えとしても用いられる。
議論の方法として、あえて個々人の賛否について反対の立場から議題を眺め、批判や矛盾点を明らかにするという方法がある。このときの役割を担う人を悪魔の代弁者と呼ぶ。
「小悪魔」という表現は、見せかけの可愛らしさと性的魅力とで男性を誘惑する女性を指すことがある。「悪魔のささやき」は常に甘美である。神に従うのは潔癖さや信仰への忠誠が求められるなど厳しい道であるが、悪魔に従うのは堕落であり、むしろこちらの方が魅力的な場合が多い。
音楽
楽器の速弾きによる超絶技巧は往々にして悪魔に結びつけられる。神業でもあるのだが、音楽においては神のそれはゆったりしたものとの定見がある。遅いテンポで美しい旋律が流れる音楽は「天国的」といわれる。
また、モーツァルトの音楽は悪魔が書かせたもの、との言葉がある。音楽美において、アポロン的美とディオニューソス的美を対立させる考えがあり、モーツァルトのそれは後者の代表とされるが、ギリシャ神話は多神教で悪魔の性質も神々が抱えており、中でも酒の神であるディオニューソスは集団的狂乱を呼び起こしたりと悪魔的な側面が強い。哲学者のニーチェはこのディオニーソス的な狂乱を美徳とし、ディオニーソス賛美の著書を記した。
科学の世界の悪魔
デカルトが「我思う、故に我在り」を導くために悪魔を仮定したことで知られる。
ゲーテの『ファウスト』で描かれるところのメフィストフェレスは「理性は持っているが悟性は持たない」ことになっている。
科学の分野でも悪魔の存在を仮定する例がある。「ラプラスの悪魔」や「マクスウェルの悪魔」が有名で、いずれもパラドックスに関わっている。
近年でも、化学兵器や核兵器など大量破壊兵器に関わる学者は「悪魔の科学者」といわれることがある。創作の中でのマッドサイエンティストはその例である。
シンボル・マスコット・名称としての「悪魔」

- BSDデーモン - FreeBSDに代表されるBSDオペレーティングシステムのマスコット。
- デーモン (ソフトウェア) - Unix系のオペレーティングシステム (OS) で、主にバックグラウンドで動作するプロセス。
悪魔を自称している人物
- デーモン閣下---人間の体を借りた悪魔と自称
脚注
注釈
- ^ 『首楞嚴經』には、仏教を信じれば十方の仏が現れて救われ浄土が顕現することを述べたあと、夜叉や羅刹でも仏像を拝んだり、仏戒を守ったり、陀羅尼を覚えたり、禅定を護持すればブッダに救われるだろうとしている。経文の原文では「即爲飛仙大力鬼王。飛行夜叉地行羅刹。遊於四天。所去無礙。其中若有善願善。心画像護持我法。或護禁戒隨持戒人。或護神呪隨持呪者。或護禪定保綏法忍。是等親住如來座下。」(即ち飛仙、大力鬼王、飛行の夜叉、地行の羅刹…と為すも、その中にもし善有り、善を願えば…是等は親しく如来の座下に住まん)。文は『大正新脩大蔵経』の「大佛頂如來密因修證了義諸菩薩萬行首楞嚴經」によった。
出典
- ^ 中村元、福永光司、田村芳朗、今野達、末木文美士 編 『岩波 仏教辞典 第二版』 岩波書店、2002年、p.6
- ^ 大貫隆・名取史郎・宮本久雄・百瀬文明編『岩波キリスト教辞典』岩波書店、2002年、16-17頁
- ^ 南條竹則 『悪魔学入門』 講談社、2010年、pp.20-21
- ^ 破提宇子 (吉利支丹史料)
- ^ 『康熙字典』亥集上:武英殿本(内府本)6998頁、第16字の「魔」字項より。
- ^ 船山徹 『仏典はどう漢訳されたのか - スートラが経典になるとき』 岩波書店、2013年、185-187頁。
- ^ 福田アジオ、新谷尚紀、湯川洋司、神田より子、中込睦子、渡邊欣雄 編 『精選 日本民俗辞典』 吉川弘文館、2006年、p.9 「悪魔」(池上良正 筆)
- ^ 『リーダーズ英和辞典』、『ジーニアス英和大辞典』など。
- ^ フレッド・ゲティングズ 『悪魔の事典』 青土社
- ^ S・ベアリング=グールド『民俗学の話』今泉忠義 訳、角川文庫、1955年、62頁。
- ^ 稲垣良典 『天使論序説』 講談社学術文庫
- ^ a b c d シュメルツァー 1993, pp. 54–61.
- ^ [監修]岡田温司『「聖書」と「神話」の象徴図鑑』ナツメ社 p166
- ^ a b 谷口茂(編}『宗教における罪悪の諸問題』 山本書店 1991年 ISBN 4-8414-0163-6 pp.151-157.
- ^ 田中雅志 『魔女の誕生と衰退』 三交社、2008年、pp.34-41
- ^ J・B・ラッセル 『ルシファー 中世の悪魔』 野村美紀子訳、教文館、1989年、p.32
- ^ テモテヘの第一の手紙(口語訳)#3:7
- ^ テモテヘの第二の手紙(口語訳)#2:26
- ^ ヤコブの手紙(口語訳)#4:7
- ^ ヨハネの第一の手紙(口語訳)#5:19
- ^ J・B・ラッセル 『ルシファー 中世の悪魔』 野村美紀子訳、教文館、1989年、p.52
- ^ 大貫隆、名取四郎、宮本久雄、百瀬文晃 編 『岩波キリスト教辞典』 岩波書店、2002年、p.17 「悪魔」(大貫隆筆)
- ^ 誠信書房 『新佛教辞典』
- ^ ルーサー・リンク 『悪魔』 高山宏訳、研究社出版、1995年、p18
- ^ J・B・ラッセル 『悪魔の系譜』(新装版)、大瀧啓裕訳、青土社、2002年、p16
- ^ A・リチャードソン、J・ボーデン編 『キリスト教神学事典』 古屋安雄監修、佐柳文男訳、教文館、2005年、p25
- ^ J・B・ラッセル 『ルシファー 中世の悪魔』 野村美紀子訳、教文館、1989年、pp.51-52
- ^ "devil", Encyclopædia Britannica. 2007. Encyclopædia Britannica Online. 29 June 2007.
- ^ ダイアン・フォーチュン 『心霊的自己防衛』 国書刊行会 pp.90-91
- ^ ジョン・R・ヒネルズ『ペルシア神話』井本英一、奥西峻介訳 青土社 1993年 ISBN 4791752724 pp.107-119.
参考文献
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- 『新カトリック大事典』 研究社
- 山北篤・佐藤俊之 監修 『悪魔事典』 新紀元社。ISBN 4-88317-353-4。
- フレッド・ゲティングズ 『悪魔の事典』 大瀧啓裕 訳、青土社。ISBN 4-7917-5185-X。
- ヒルデ・シュメルツァー 著、進藤美智 訳『魔女現象』白水社、1993年。ISBN 4560028737。
関連項目
- 悪魔の一覧
- 悪魔学
- 悪魔の階級
- 偶像崇拝
- 女悪魔
- キリスト教悪魔学における性
- 七つの大罪
- サタニズム
- サタン教会
- 魔王
- ローマ帝国
- 陰陽道
- 反キリスト
- 死神
- ニューエイジ
- 魔女
- サタン
- ソロモン、タフムーラス - 悪魔を使役したとされる。
外部リンク
悪魔(登場人物)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/02 02:13 UTC 版)
種族としての悪魔については「#悪魔」を参照 サタン(青焔魔、魔神) 声 - 藤原啓治 虚無界に住む悪魔の創造主。巨大な力そのものであり、階級問わず全ての悪魔はサタンから生じた個性に過ぎない。燐の実の父親。「神の炎」とも呼ばれる物質界・虚無界双方に干渉可能な青い炎を操る。15年前に引き起こした「青い夜」の一件から祓魔師たちには恐れられている。物質界を手に入れることを目的とし、たびたび物質界に来ては人間に取り憑いている。しかし物質界にはサタンの憑依に対応しうる物質が存在しないため、一度取り憑かれると人間は体が持たず、すぐに崩壊してしまう。 元々は虚無界そのものというべき概念的な存在で、脈絡なく物質界に現れては消えるだけの怪火でしかなく、燐火(りんか)、鬼火、アジュア、イルリヒト、ウィルオウィスプ、イグニスファトスなど、世界中で様々な名前で呼ばれていた。死者の魂、地獄の劫火、小鬼・妖精・狐の仮の姿などと諸説あったが、正体は謎だった。自我を持たない非我の存在であったが、40年前にユリと“知的交流”を行なったことで知性が芽生え始め、人間になりたくてユリの家族へ強制憑依したが、奥村が自害した事で憑依に失敗。大きなダメージを受けてしばらく力を失うが、29年前ごろから自らの意思でユリを守るようになる。 この頃から藤本獅郎の次のクロン強化人間アザゼル群005号「齩郎」に干渉を開始し、9年かけて強化された彼に完全に定着。憑依に成功した直後は幼児同然であったが、ユリから教育を受けて1年3カ月という短期間で驚異的な学習能力を発揮していく。一方で理性や情緒の成長が追いつかず、ユリに紹介された獅朗と接触したことが契機となって自分の意思で大量の知識を獲得した結果、自らが「魔神」と呼ばれる存在だと自覚し、性格も傲慢になる。生きるために必要ではない殺人を行なったことをユリに咎められて13號セクションを再び脱走すると、悪魔たちを集めて正十字町の地下に2年間潜伏するが、憑依に耐えられなくなった肉体が崩壊し始めたため、延命するためにアサイラムを襲撃し立て籠もり、エリクサーの研究を続けさせる。だが、自分に会いに来たユリが本当に大切なものだと気付いたことで施設を放棄することを決め、愛する彼女と好きな場所で死ぬために施設からの逃走を図ったが、密告によって騎士團に包囲され、射撃からユリを庇ったことで肉体が限界を迎えてしまい、脳の甚大なダメージによって半覚醒状態のまま動けなくなってしまう。視覚と聴覚を完全に失いながらもユリを求めて彷徨うが、ルシフェルによって肉体を破壊されてしまい、憑依できる身体を求めて「青い夜」を引き起こす。そして前聖騎士や獅郎に憑依してユリを求め続けたが、獅郎が自ら首を斬った事で憑依を保てなくなり虚無界へ退散する。その後、燐を憑依体として育てるというサマエルと、十三號セクションの研究を引き継いでより完璧な憑依体を造り上げるというルシフェルを天秤にかけ、自分の物質体を用意した者に一生味方すると宣言する。 以降15年間、自分とつながった獅郎を介して物質界を監視しており、燐の力が覚醒したことを知ると悪魔でありながら物質界に存在できる燐を求め、獅郎に憑依して息子を虚無界へと連れ去ろうとしたが、意識を取り戻した彼が自殺を図ったことで憑依を保てなくなり撤退した。それ以降も時折雪男の左目を介して燐の様子を観察しており、翌年の正月、自殺を図った雪男を妨害する。燐の青い炎で一旦は虚無界へ送り返されるが、ドラグレスクがルーマニア研究所から持ち出した複製体を知覚し帰還すると、エリクサーを投与された完全な肉体に憑依し、物質界を蹂躙して好きにつくり直すことを宣言し、手始めに祓魔師を皆殺しにしようとする。 ルシフェル(光明天) 「八候王」の一人で、「光の王」。虚無界の第1権力者。「#ルシフェル」を参照 サマエル(砂漏天) 「八候王」の一人で、「時の王」。虚無界の第2権力者。「#メフィスト」を参照 アザゼル 「八候王」の一人で、「氣の王」。虚無界の第3権力者。「#アザゼル」を参照 イブリース 「八候王」の一人で、「火の王」。虚無界の第4権力者。「#イブリース」を参照 エギュン 「八候王」の一人で、「水の王」。虚無界の第5権力者。「#エギュン」を参照 アスタロト 「八候王」の一人で、「腐の王」。虚無界の第6権力者。「#アスタロト」を参照 アマイモン(甘毳) (Amaimon) 声 - 柿原徹也 / 演 - 玉城裕規(2012年)、二階堂隼人(2014年) 「八候王」の一人で、「地の王」。虚無界の第7権力者。大地にまつわる悪魔たちを統べる首領で、地震を発生させる能力を持つ。メフィストの弟で、彼と同じくサタンの息子の一人。花のような形の「心臓」を顕すと角と尻尾が出現、腕が肥大した恐竜のような姿となりパンチ一発で全力を出した燐を戦闘不能にするほどの力を発揮できるが、憑依体が力に耐えきれないためめったに本気を出すことはない。 古の時代に怒りで大地を荒れ果てさせたため、創造皇シェミハザによって本体は結晶となって封印されており、現在物質界で活動しているのは、憐れに思ったシェミハザが下僕となる代わりに残したほんの一部の“自我”に過ぎない。現在憑依している人間の肉体は1000年以上前から使っているもの。正確には適合度の高い肉体を基にしたクローンの中で、奇跡的に唯一成功した良質な実験体を使用しており、Sm群のクローンに憑依しているため顔立ちがメフィストに似ている。真意の見えない言動と無表情が特徴的だが、「狂犬」と称されるほどに気性が荒く好戦的な性格で、無視されることを嫌う。サタンの息子である燐に興味を持っているが、物覚えの悪い彼からは「味みたいな名前のやつ」と認識されている。鬼(ゴブリン)のベヒモス(声 - 西健亮)をペットとして連れている。メフィストから無限の鍵を預かり、虚無界と物質界を行き来している。 勢力抗争には興味が無く虚無界では中立派に当たるが、サマエルに「借り」があるので現在は人類保護派に協力中。メフィストの指示で林間合宿中の塾生たちを襲撃、炎を顕した燐と戦うが自制が利かなくなったため「お菓子の鳩時計」の中に閉じ込められる。京都編後メフィストの手で意識のみが虚無界に送られた燐と交戦、全力を出して彼を一蹴したが無理が祟って自壊する。その後は燐への殺意を冷ますために拘束され続けていたが、「健全な学生生活を送る」ことを条件に解放され理事長の甥のアンブロシウス・ファウストとして正十字学園に通うことになる。自身に刃向かったしえみに興味を持っており、彼女が所属する1年B組に配属される。 ベルゼブブ 「八候王」の一人で、「蟲の王」。虚無界の第8権力者。昆虫の翅と触覚が生えた子供の姿をしている。 中立派であるが、メフィストに召集されて対魔神封殺軍に協力する。 シェミハザ 「双皇」の一人で、「創造皇」。「#シェミハザ」を参照 アルムマヘル 「双皇」の一人で、「虚無皇」。「#アルムマヘル」を参照 クロ 声 - 高垣彩陽 獅郎の使い魔だった猫又(ケット・シー)。正十字学園南裏門の元門番。一人称は「おれ」。121歳。 元はある地方の養蚕の守り神だったが、その衰退とともに人々から忘れられてしまう。そのことを悲しんで自分が住処としていた祠を開発しにやってきた人々を襲っていたが、獅郎の説得を受け彼の使い魔となった。 普段は普通の猫の大きさだが、巨大化して背中に人を乗せることができる。「蚕神」と呼ばれていただけのことはあり、燐には劣るものの重機を破壊するほどの怪力を持ち、聖薬類は効かない。 獅郎の死を聞き暴走するが、燐の説得で受け入れる。その後門番の任を解かれ、燐の使い魔として共に生活するようになるが、契約が切れても人間のもとにいようとしたため一族を追放されてしまい人間に化ける能力は失っている。燐とは主従というよりも同居している仲のいい友達といった関係。獅郎のマタタビ酒のほか、燐が作ったすきやきも好きだが猫舌なので熱いうちには食べられない。イカが苦手。 ニーちゃん 声 - 東山奈央 しえみの使い魔。緑男(グリーンマン)の幼生。名前の由来は「ニー」という鳴き声から。 手に乗るほど小さく、頭に葉の帽子を被っている。身体からあらゆる植物を出すことができ、それによって治療や支援行動を行う。不浄王編で自分の体を巨大化させられるようになったことで、それまで以上に大量の植物を生産できるようになる。 御饌津(ミケツ)&保食(ウケモチ) 声 - 井上剛(ミケ)、西健亮(ウケ) 出雲の使い魔。宇迦之御魂神に仕える神使にあたる二体の白狐。愛称はそれぞれ「ミケ」「ウケ」で、ミケはプラズマや電光を、ウケは大気や気象を操る。首の巻き布にはそれぞれの名前が書かれている。目がはっきり開いている方がミケで融通が利かず生真面目な性格。編み笠を被っている方がウケで明るいのんびり屋。両者とも各々の一族の八番位にある上級悪魔で、それぞれ手下となる「兄弟」がいる。普段は4足歩行だが、「鎮魂の祓い」をするときなどは人型をとることもできる。また、人型になった時は、ミケが太刀を、ウケが弓矢を装備する。 元々は出雲の母である玉雲と契約していた。出雲が幼いころから兄弟同然に育っているが、玉雲ほどの信頼関係は築けておらず、彼女の動揺に乗じて反旗を翻したこともある。出雲がイルミナティに囚われた際に彼女の脱走を手伝い、一度は印章円を消されて送還されたのにもかかわらず自分たちの意思で再び物質界に帰還、志摩と交戦するが敗北し黒い炎に焼かれて2人とも消滅。手加減されていたために完全消滅は免れ復活し、出雲がそれまでの傲慢さを捨てて純粋に助けを求めたことで信頼関係が強まり、暴走した外道院を倒すために祓魔塾生たちと共闘した。 海津見彦(アマツミヒコ) 熱海沖の小島で1500年以上前に信仰されていた海神(ワダツミ)。牙と手足の生えたマッコウクジラのような姿をしている。 長らく人間から忘れられ、老齢により弱っていた。自らの縄張りに侵入した大王烏賊と激戦を繰り広げ、胴体に食らいついて重傷を負わせたものの頭部を触腕で貫かれて致命傷を負う。大王烏賊討伐後は海坊主に縄張りの未来を託し、安らかに息を引き取った。 八郎太郎大神(はちろうたろうおおみかみ) 三湖伝説に登場する、八岐大蛇(ヒュドラ)の中でも特に強力な超上級個体。青森県と秋田県を縄張りとする龍神で、1000年以上前に南祖坊という法力僧の手で永久蛇湖に封印されて以来そこを離れられなくなっている。本来は角の生えた多頭の大蛇の姿をしているが、普段は肉体を気化させることにより多眼の青年の姿に化けている。封印前に比べれば弱体化しているが肉体という制約を超越する再生能力を持ち、大気との境界を失っていることからどんな損傷・劣化も大気を使って再構成できるため青い炎でも倒しきれない。さらに氣と水の属性を操り水や風を凍らせる神通力(魔力)により周辺に大吹雪を起こす力をもつ。8組の目は縄張りの全域を見渡すほどの視力を有するのみならず、使いすぎると相手を廃人にしてしまうリスクもあるが目を合わせた者を操るという強力な催眠能力を発動できる。 かつて伊賀の抜け忍であった初代霧隠辰子の生き様に心奪われたことで彼女と契約し、力を与える代わりに彼女とその子孫の寿命を30歳としそれまでに子を為すという誓約をさせた。人間に化けてはいても人間の肉体は持っていないために自分自身で辰子と子を為すこともできず、死ねない体を持つせいで彼女と共に生きることもできないという悲しみも抱えている。 当代の辰子であるシュラの寿命が迫ったことから彼女を本拠地へと呼び戻し強引に子を為させようとするが奥村兄弟の妨害に遭う。雪男の交渉を受け入れ、彼と契約をし直すためにシュラの「血の契約」を解除したところで燐に攻撃される。騙されたことに気づいて激昂し、本性を現して周囲を凍り付かせながら永久蛇湖に向かいシュラと心中しようとするも、燐の全力攻撃で肉体を燃やし尽くされて敗北。それにより下級悪魔並みの小さな蛇の姿にまで弱体化したことで封印を抜け出して逃走するが、廉造が戦闘中に夜魔徳で付けた臭いをたどられて見つけられてしまい、イルミナティにより捕獲された。
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悪魔
出典:『Wiktionary』 (2021/12/06 19:19 UTC 版)
名詞
- (仏教) 仏道修行を妨げる悪神。マーラの漢訳。魔羅。魔。
- (キリスト教) サタンあるいはその仲間とされる存在。堕天使。devilないしdemonの訳語。
- (1.、2.が広義化、また通俗化して)超自然的な存在のうち、悪や邪心を象徴するもの。人に災いをなすと信じられた、擬人化された存在。
- (比喩)極悪非道な人物。他人をそそのかして破滅に追いやる人。
関連語
翻訳
「悪魔」の例文・使い方・用例・文例
- 悪魔はうわさをすれば現れる;うわさをすれば影
- 悪魔に追われるとやむを得ない;背に腹は替えられぬ
- 悪魔は細部にいる
- 遅れた者は悪魔に食われろ,他人などかまっていられない
- 悪魔
- 悪魔が実際にいると信じている人もいる
- 人間の姿をした悪魔
- 悪魔に取りつかれた魂
- そのオカルト信仰者は悪魔崇拝の儀式を行った。
- 悪魔の非実在
- 彼女は悪魔のような上司を演じている。
- 私の中には悪魔がいる。
- 私の中に確かに悪魔がいる。
- 彼女は悪魔に取り付かれている。
- 悪魔のなすがままに
- 魔女集会で悪魔を召喚する。
- 彼は人間の姿をした悪魔だ。
- 女は悪魔の宴へと向かう。
悪魔と同じ種類の言葉
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