じょう‐しき〔ジヤウ‐〕【常識】
常識
収載図書怪談・奇談
出版社講談社
刊行年月1990.6
シリーズ名講談社学術文庫
収載図書怪談―小泉八雲怪奇短編集
出版社偕成社
刊行年月1991.7
シリーズ名偕成社文庫
収載図書おとぎの国の妖怪たち―小泉八雲怪談集 2
出版社社会思想社
刊行年月1996.6
シリーズ名現代教養文庫
収載図書雪女 夏の日の夢
出版社岩波書店
刊行年月2003.3
シリーズ名岩波少年文庫
常識
「常識」
常識
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/31 17:04 UTC 版)
常識(じょうしき)は、社会的に当たり前と思われる行為、その他物事のこと。社会通念ともいう[1]。対義語は非常識(ひじょうしき)。
また、常識の類語として良識(りょうしき)という言葉があり、これは「物事を深く見通し本質をとらえる判断力、考え方」「物事に対する健全な考え方」という意味[2][3]。
いったん物事が常識として受け入れられれば、その物事は異議を差し挟まれにくくなる。そのため、常識の内実はしばしば大きな政治的価値を持つ。常識は、メディアを通じて変じることがある。常識を欠いている場合、社会生活上に支障をきたすことも多い。社会によって常識は異なるため、ある社会の常識が他の社会の非常識となることも珍しくない。これは文化摩擦などとして表面化することもある。
常識と真理
常識は特定の社会の成員が共有し、前提として疑わない認識のことであるから、特定の社会に限定されない普遍性を条件とする真理とは時として相違する。哲学者の三木清によれば、常識の上位概念として良識(りょうしき)があるという。彼によれば常識人が常識を無謬のものとして受容し、常識を盾にして非常識を断罪するのに対し、常識に疑問を持てる知恵が良識なのである。
かようにして、常識というものにも二つのものが区別されるであろう。それは一方、すでにいった如く、或る閉じた社会に属する人間に共通な知識を意味する。この場合、一つの社会の常識と他の社会の常識とは違い、それぞれの社会にそれぞれの常識がある。しかし他方、あらゆる人間に共通な、人類的な常識というものが考えられる。それは前の意味における常識と区別して特に「良識」と称することができる。例えば、「全体は部分よりも大きい」というのは常識である。それは「自然的光」によってすべての人間に知られるものであって、直接的な明証をもっている。それは知性の自然的な感覚に属している。 — 三木清『哲学入門』
常識の規範的性格
三木清と同じく京都学派の西田左派として知られる戸坂潤は次のように述べ、常識は社会の平均的認識のことではなく、標準的認識という意味での規範的性格を持つと主張した。
今この矛盾を解くためには、この平均値という観念の謎を解く必要がある。と云うのは、この平均値を正直に単純に社会に於ける各個人の量質的な総和平均のことだと考えていては之は解けない。それが平均値であるが故に(どういう根拠だか判らないが)おのずから標準的なものであり、又理想的なものだというのでなくてはならない。リード的常識の常識的態度は恰も、之を健全という標準又は理想で以て云い表わしたのであった(bon sens という常識概念も亦、こうした標準又は理想をひそかに想定している)。健全とは無論、病気と健康との総平均などではなくて、各人の健康状態の標準であり又理想のことなのである。それにも拘らず健全さは人間健康のノルマルな常態だと考えられる。この間の消息は、健康の保持(不健康疲労物質の新陳代謝と健康恢復)というものが伝えている。即ちたえず健康を引き上げ健康さを発達させることが、人間の平均的な従ってノルマルで通常の健康状態と考えられるわけである。 — 戸坂潤「三 「常識」の分析」『日本イデオロギー論』
コモン・センス
コモン・センス(英語: Common sense)は、正しく判断を下し、物事を合理的かつ安全に行うための、実践的で基本的な知識や判断の水準という意味で使われる[4][5]。日本語では、常識[5]、社会的常識[6]、共通感覚[5]、社会通念などと訳される。
歴史
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コモン・センスの概念はアリストテレスの『霊魂論』に見える共通感覚(希:κοινή αἴσθησις コイネー・アイステーシス、羅:Sensus Communis センスス・コムニス)の概念に由来する。
アリストテレスは五感に共通して付帯する感覚があり、それぞれの感覚を同一の対象の感覚として統合する能力として共通感覚と呼んだ。具体的には、感覚の間の比較、関係付け、個別の感覚だけには属さない抽象的な性質である、形、大きさ、数などがこの共通感覚に由来すると考えられた。
ついで、自然法思想の起源をなし、「自然の光」に照らされた理性的判断は「万人の合意 consensus omnium」をもたらすと説いたストア派から、Sensus Communis には現在に通じる、人々の間で共通する感覚・判断という意味合いが発生した。特に、それを受けて、キケロに代表される修辞学の伝統においては、この意味における Sensus Communis が重視された。
13世紀のトマス・アクィナスはアリストテレスの意味での共通感覚の規定を受け継いで、彼自身の認識論をより詳細に展開させ、スコラ哲学はそれを受け継いだ。
17世紀のヴィーコやシャフツベリ伯によって、人々の共通の感覚という意味での常識は哲学的に主題化された。
イギリス経験論、及びスコットランド常識学派において、人々が共有する本能的で(健全な)判断能力という意味での常識の概念は重要な位置を占めた。トマス・リードはその常識の観念を提示するに当たって、しばしばキケロの Sensus Communis を引用している。彼らはデイヴィッド・ヒュームのように疑わなくても、「2+2は4だろ、だれも証明したわけではないが、みなそれが正しいと思う。それがコモン・センス。美しいものを見て美しいと思うのも、善悪を判断できるのもコモン・センス・それで判断すればいい」と主張した[7]。
カントにおいては Sensus Communis は「共同体感覚 ( Gemeinsinn )」という意味合いで規定され、感性的(美的)なものの普遍性・伝達可能性を支えるものとされている。
歴史的には、トマス・ペインのパンフレット『コモン・センス』が共和主義的アジテーションにおいてコモン・センスの概念を中核に据えたことが有名である。
「コモン・センス」の訳に「識」を使ったことなどから、なだいなだは井上円了あたりの仏教徒だろうと考えられている[要出典]。
小林秀雄は『常識について』を書いているが、前田陽一が戒めていた「ボン・サンス」(Bon sens「良識」で「賢い判断」位の意味)と「コモン・センス」(小林がフランス語で「サン・コマン」としているのは「サンス・コマン」(Sens commun)の間違い)を混同している[7]。
系統的な文献レビューは、こうした常識を打ち破ることができる[8]。
その他
「Common Knowledge」は、一般的に理解されている常識、皆が知っている事という意味で使われる[9]。
参考文献
- アリストテレス『魂について』(霊魂論とも訳される)
- イマヌエル・カント『判断力批判』
- 中村雄二郎『共通感覚論 : 知の組みかえのために』岩波書店〈岩波現代選書〉、1979年。OCLC 21570716。全国書誌番号:79022894。 - 中村のアリストテレス理解、および後年の常識概念との断絶を強調したことには批判もある[誰?]。
- 橋本摂子「ハンナ・アーレントにおける共通感覚論をめぐって」 一覧 PDF - ウェイバックマシン(2012年1月21日アーカイブ分)
関連項目
- 不文律
- 場の空気
- 共同幻想
- 構成主義
- 知識社会学
- スコットランド常識学派
- プラグマティズム
- アストロターフィング
- 同調圧力
- 習慣
- 規範
- 規範意識
- 社会通念
- 衆人に訴える論証、伝統に訴える論証
- 深瀬基寛 - 常識を「共通感覚」と訳すことを1940年代に主張した哲学者(中村雄二郎『術後集』(岩波書店)「コモン・センス」の項)。
脚注
- ^ 日本国語大辞典, デジタル大辞泉,精選版. “社会通念とは”. コトバンク. 2020年12月20日閲覧。
- ^ “「常識」と相談”. 日本教育会館. 2025年1月3日閲覧。
- ^ 日本国語大辞典, デジタル大辞泉,精選版. “良識とは”. コトバンク. 2025年1月3日閲覧。
- ^ “Meaning of common sense in English”. Cambridge dictionary. 2024年10月12日閲覧。
- ^ a b c “common senseとは”. 英辞郎. 2024年6月22日閲覧。
- ^ “コモンセンスが生きる経営”. 2024年10月15日閲覧。
- ^ a b なだいなだ『常識哲学』(筑摩書房 2014年)。
- ^ Kitchenham, Barbara; Pearl Brereton, O.; Budgen, David; Turner, Mark; Bailey, John; Linkman, Stephen (2009-01-01). “Systematic literature reviews in software engineering – A systematic literature review” (英語). Information and Software Technology 51 (1): 7–15. doi:10.1016/j.infsof.2008.09.009. ISSN 0950-5849 .
- ^ “ネイティブが使うビジネス英語 第20回 失われた意味”. 日立システムズ. 2024年6月22日閲覧。
常識
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/07 08:19 UTC 版)
機械翻訳の難しさのひとつは、自然言語の文を扱うということは、統語論では完結せず、常識的な知識や意味論も扱わねばならないことが頻繁にある、という点にもある。 たとえば英文 「Time flies like an arrow. 」について、もし「統語解析を行う→可能なツリー構造を全部挙げる → 英単語を単純に日本語単語に置き換える」ということしかせず、意味分析や常識判断を加えないと、数種類のツリー構造が候補として挙ってしまい、(全然意味の異なる)翻訳文が数パターンできてしまう。たとえば「時間は矢のように飛び去る」という翻訳文以外にも、「時間蠅は矢を好む 」「蝿たちを計時せよ! 矢のように(素早く)!」となどという、(奇妙な)翻訳文まで機械翻訳システムは吐き出してしまうかも知れない。 つまり、単なる統語分析や文法解析では複数の候補翻訳文が挙げられる場合でも、人間は意味論や常識や過去の言語的体験(聞いた文章、読んだ文章の記憶)も働かせてひとつの翻訳文を選びとっているので、機械翻訳システムでも、現実世界の常識や現実世界に流通している大量のまともな文章と照らし合わせて、間違いは間違いだと気付き、翻訳文を却下する必要があり、こうした判断を機械翻訳システムにさせる工夫(つまり知識ベースや「人間の世界の常識」と照らし合わせて常識に反するものを見つけてはじく(切り捨てる)アルゴリズムなど)をかませる必要がある。 たとえば「時間は矢のように飛び去る」という候補のほうは残し、「時間蠅は矢を好む」という候補のほうはダメだと判断して排除するには、「人は時が素早く過ぎると感じられることがある」「矢は速く飛ぶ」「人々の日常会話で『時間蠅』などという語が登場したことは無い。また小・中・高・大学生などが読む教科書でも『時間蠅』などという用語が登場したことは無い。報道の文章でも登場しない。」などといった言語的経験(過去の言語表現の知識。データベース)が必要となる。また「同様に、おそらく専門家の文献でも『時間蠅』などという用語は登場することは無いだろう」といった推論も必要となるかも知れない。理屈の上では「時間蠅」という用語も(統辞法的には)構築可能ではあるが、(翻訳した文章がSF小説でもなく、前後の文脈で、やたらとタイムマシンや、蠅を研究するマッドサイエンティストが繰り返し登場していない限り)、やはりそんな文章はありえない、と機械翻訳システムも判断する必要がある。 このように、正しい翻訳を行うためには、単に統語論的に可能なツリー構造のパターンを網羅的に挙げるだけでなく、現実世界に関する知識や、教科書や報道などで大量に書かれ読まれ、人々の頭脳に刻みこまれている過去の一般的な文例、人間の日常会話(話し言葉)で使われている表現や言い回しなどの頻度や時代ごとの傾向に関する知識も必要となるのである。 「Time flies like an arrow.」の場合などはさらに、「時間は矢のように飛ぶ」や「時間は矢のように飛び去る」などという翻訳文を吐き出すだけでは、まだまだ程度が低いわけであり、もっと知識を動員して、日本語には「光陰矢のごとし」という決まった比喩表現があり、日本人向けの英語の教科書などではTime flies like an arrow.の定番訳として毎回「光陰矢のごとし」という文が掲載されている、という知識も使って、「光陰矢のごとし」という正解にたどりつくのが良い、ということになる。 人間でもまともな翻訳をするには、学校で学んだ膨大な教科書類などの記憶や、放送で聞いた膨大な量の表現、家族や友人から聞いた膨大な量の表現も思い出しつつ、多くの候補の中から翻訳文を選んでいるように、機械翻訳でもそうした言語的知識の膨大な蓄積や「常識」を使う必要があるのである。
※この「常識」の解説は、「機械翻訳」の解説の一部です。
「常識」を含む「機械翻訳」の記事については、「機械翻訳」の概要を参照ください。
常識
出典:『Wiktionary』 (2021/07/15 11:51 UTC 版)
名詞
類義語
対義語
翻訳
- ドイツ語: Allgemeinwissen (de), gesunder Menschenverstand
- ギリシア語: κοινή λογική
- 英語: common sense *
- スペイン語: sentido común
- フィンランド語: maalaisjärki
- フランス語: bon sens
- ハンガリー語: józan ész
- イタリア語: common sense
- オランダ語: gezond verstand
- ポーランド語: zdrowy rozsądek
- ポルトガル語: senso comum
- ロシア語: здравый смысл
- スロヴァキア語: common sense
- スウェーデン語: common sense
「常識」の例文・使い方・用例・文例
- 夜戸締りをするのは常識です
- 残念だ,彼女にも少しは常識があると信じられていたのに
- 常識に欠けている
- 彼は常識がない
- 常識に従って行動する
- まるで常識がない
- 常識
- 食べ物を無駄にするなんて非常識だよ
- 確かに彼女はかわいいけど,常識がない
- 彼は少し常識に欠けている
- 彼らが従来の常識を覆した
- 彼が常識では考えられない程の強さを見せ付けた
- やつはその話題に触れないだけの常識がなかった。
- どの業界にも、関係者の間では常識となっているルールがある。
- 極めて非常識のことだと思います
- 常識でしょ?
- 非常識な人
- 彼女は非常識だ。
- これは相当に常識から逸脱している。
常識と同じ種類の言葉
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