家事調停の課題(総論)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 04:00 UTC 版)
他方で、家事調停には、当事者間の合意を基礎とするものであることから生ずる課題がある。当事者の一方でも手続に参加しなかったり、手続には参加しても解決に合意しければ、紛争解決が進展しない。また、合意に拘束力を認めることが調停の存立基盤であるから、逆に合意が成立するまでは、当事者は過去に自らが表明した意見に拘束されない。そのため、合意成立寸前で一方の当事者が新たな主張を始めて交渉が後退することも珍しくなく、最終的な合意にいつ到達できるのか不透明であるし、合意を急ぎたい当事者が持久戦略を採る相手当事者の要求を丸呑みするようなことも生じ得る。結果的に合意が成立せず、紛争が訴訟などの他の手続に委ねられることになっても、当事者が主張を変更すれば、調停手続における議論を訴訟などの審理に活用することは難しくなる。 もっとも、当事者の出席が確実でないことや、劣位当事者の一方的な譲歩、調停手続と訴訟手続との連携不在といった課題を克服すべき「病理」と捉えるか否かは、斡旋に近い調停運営をするか、合意支援の理念を徹底した調停運営をするかで異なる。 斡旋では、当事者の一方が手続に参加しなかったり、解決に合意しようとしないときでも、調停機関が解決案を提示して打開を図ることがあり得る。日本の家事調停で行われる「調停に代わる審判」や韓国の調停で行われる「調停に代わる決定」などがその例である。調停に代わる審判などが行われるので、日本や韓国の家事調停は調仲 med-arb に似ているように見える。調仲とは、まず調停を行い、合意形成が難しくなったときに調停人が仲裁を行うという紛争解決手法である。もっとも、調仲が仲裁を行うこと自体について当事者間で合意して初めて行われるものであるのに対して、調停に代わる審判などはこれらを行うこと自体についての当事者間の合意が要求されないことに、大きな違いがある。 これに対して、合意支援では、このような解決案の提示は合意支援の本質である自主性に抵触するものとして避けられる傾向が強い。合意支援の理念からすれば、調停機関が当事者に調停への参加を強制したり、当事者の意思決定を不合理として是正したりすることは、調停機関による価値観の押し付けであって控えるべきものとなるし、調停手続における当事者の言動が訴訟における主張立証に影響するならば、調停手続の機密性が害されると捉えるべきことになる。つまり、これらは「病理」ではなく、合意支援が合意支援であるために不可避の事象と捉えることになる。 家事調停における難題の一つは、利己的な駆け引きを行おうとする当事者に子の最善の利益を考慮してもらうためには、どうすれば良いかという問題である。この課題は、合意支援の理念に忠実な調停運営が行われるときに、特に深刻になる。上述のとおり、合意支援の重要な理念の一つに、調停人が特定の価値観を当事者に押し付けないことが挙げられているからである。 家事調停におけるもう一つの難題は、当事者が家庭内暴力による被害を主張する事案をどう取り扱うかという問題である。女性が主張をすることに対する抑圧が根強い社会で家事調停の利用を強制すれば、抑圧の再強化につながりかねない。このような場合には、調停に不適当な事案を選別することが重要であり、調停に不適当とはいえない事案でも、調停期日の安全確保、被害を主張する当事者の安心感の確保、加害を主張される当事者からの手続への信頼の確保といった要請を両立させる必要がある。別室調停や通信調停は、この問題に対する対応策の一つとなり得る。 調停手続では当事者双方が同一日時に同一場所で長時間滞在することが多いため、当事者間で加害行為が発生しないような対策を採ることが重要になる。実際に、調停期日に乗じて一方当事者が他方当事者を調停場所付近で殺傷したとみられる事案が発生している。また、様々な感染症から当事者や調停機関を保護する必要もある。これらの問題に対しても、通信調停は対応策の一つとなり得る。
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