大陸持ち回り制の撤廃、2大会同時開催地決定
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「2018/2022 FIFAワールドカップ開催地決定投票」の記事における「大陸持ち回り制の撤廃、2大会同時開催地決定」の解説
当時FIFA会長のブラッターは1998年のFIFA会長選挙で当時UEFA会長だったヨハンソンに競り勝って当選を果たした。勝敗を決めたのは、アフリカにおけるワールドカップ開催の見返りのアフリカ票だった。2006年のワールドカップの欧州開催が決まった後、ブラッターはアフリカでワールドカップを開催するために、「ワールドカップ持ち回りシステム(ローテーションシステム)」(以下大陸持ち回り制)を提案、FIFA理事会(現FIFA評議会)にかけてFIFAの正式な方針とした。 そのため、2010年大会は2つのワールドカップ未開催大陸連盟の内の1つであるアフリカで、そして2014年大会は1978年アルゼンチン大会以来開催のない南米で行うことが決まった。しかし、2014年大会において、開催国に正式立候補する国がブラジルしか現れず、実質的に無風のまま開催国が決まってしまったため、2007年10月29日のFIFA理事会(現FIFA評議会)において、表向きには、より多くの国を立候補による招致競争を通じて質の高い大会を実現させるという理由で大陸持ち回り制度を廃し、直近2大会を開催した大陸以外の全地域からの立候補を認めることが決定された。 なお、ブラッターは「持ち回りシステムの採用は、これまで開催がなかったアフリカ、そして1978年大会以来30年以上も開催していない南米にもっていくための方便だった」と説明しており、大陸持ち回り制破棄は当初からの既定路線だった可能性も高い。 その後、ブラッターは2010年1月25日に、2018年大会について「候補地をヨーロッパに限定すれば、FIFA理事会(現FIFA評議会)の業務を簡単にするかもしれない」という趣旨の発言を行ったが、1月29日の記者会見で、「欧州でワールドカップを開催すべきだとする動きがある」とした上で「わたしは可能性を言っただけ。FIFA理事会(現FIFA評議会)が立候補の応募資格を変更すると決めたわけではない」と1月25日の自身の発言を事実上撤回した。 また、従来は1大会ずつ選んでいた開催国を、2018年大会と2022年大会の2大会の開催国を同時に選考・決定する方式に変更し、より多くの国に立候補させることを狙った。
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