大神杜女
大神杜女(おおがのもりめ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 00:08 UTC 版)
「大神氏 (豊後国)」の記事における「大神杜女(おおがのもりめ)」の解説
奈良時代の東大寺大仏造立の際に宇佐八幡宮の禰宜尼であった大神朝臣杜女(おおがのあそんもりめ)が八幡神を奉じて入京し、大仏造立事業への援助を託宣したのが、中央の八幡信仰の進出のきっかけになった。※大神の分家、三輪→大神おおみわに後から変えた方ではなく“おおがのあそんもりめ”である。 これが元で八幡信仰が広がり、貞観二年(860年)、宇佐から岩清水八幡宮が勧請され都における八幡信仰の拠点になった。
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