かが【加賀】
【加賀】(かが)
当初は「八八艦隊計画」の一角である「土佐」型戦艦の二番艦として計画・起工されたが、ワシントン海軍軍縮条約が締結されたため、「土佐」ともども廃艦になる予定だった。
しかし航空母艦に改造される予定だった「赤城」の姉妹艦「天城」が、横須賀工廠で関東大震災に被災して大破、廃艦処分とされたため、急遽航空母艦へ改造されることになった。
就役当初、飛行甲板は二段式、排煙方式は長い煙路を上部飛行甲板直下の両舷に這わせて艦尾で排出するというものだったが、昭和10年の大改装工事で赤城と共に一段飛行甲板に、排煙は従来の煙突に改められた。
太平洋戦争中は南雲忠一中将指揮下の「第一航空艦隊」に属し、真珠湾攻撃・ラバウル攻撃等に参加(インド洋海戦は座礁による損傷のため不参加)し、艦載機と搭乗員の練度があいまって大きな戦果を残していたが、1942年6月のミッドウェイ海戦に出撃した際、SBD「ドーントレス」艦上爆撃機の急降下爆撃により1,000lb爆弾4発を被弾し(同海戦の日本空母では一番多く被弾)、艦橋のそばにあった航空機用ガソリンを満載した給油タンク車に一発が直撃し爆発した後、航空魚雷や爆弾、甲板上に出ていた艦載機に次々と誘爆した後、メインのガソリン庫に引火して大爆発を起こし沈没した。
性能諸元
起工 | 1920.7.19(戦艦「加賀」として) |
進水 | 1927.11.17 |
竣工 | 1928.3.31 |
喪失 | 1942.6.5 |
除籍 | 1942.8.10 |
主造船所 | 川崎重工業神戸造船所 横須賀海軍工廠(航空母艦への改装) |
排水量 (基準/公試) | 竣工時:26,900t 改装後:38,200t/42,541t |
全長 | 竣工時:238.5m 改装後:247.65m(船体)/240.30m(水線長) |
全幅 | 竣工時:29.6m 改装後:32.50m |
吃水 | 竣工時:7.9m 改装後:9.5m |
主缶 | 竣工時:ロ号艦本式専焼缶×12基 改装後:同8基 |
機関 | 竣工時:ブラウン・カーチス式タービン×4基4軸 改装後:ブラウン・カーチス式タービン×2基、艦本式タービン×2基4軸 |
馬力 | 竣工時:91,000hp 改装後:127,400hp |
速力 (最大/巡航) | 竣工時:28.3kt 改装後:28.3kt/16kt |
航続距離 | 竣工時:8,000カイリ(14kt時) 改装後:10,000カイリ |
乗員 | 竣工時:1,269名 改装後:1,708名 |
兵装 | 竣工時:三年式50口径20cm砲×連装2基4門・単装6門、八九式45口径12cm連装高角砲×6基12門 改装後:三年式50口径20cm単装砲×10基10門、八九式40口径12.7cm連装高角砲×8基16門、 九六式25mm連装機銃×11基22門 |
搭載機 | 竣工時:三式艦戦×16機、一〇式艦偵×16機、一三式艦攻×28機、合計60機 改装後:常用72機 補用18機 1941年12月常用機:零式艦上戦闘機×18機、九九式艦上爆撃機×27機、九七式艦上攻撃機×27機 |
加賀
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/25 23:23 UTC 版)
「サンダーバード (列車)」の記事における「加賀」の解説
「ゆのくに」の混雑緩和を図る目的で1961年に大阪駅 - 金沢駅間で運転を開始した。金沢行きは土曜日・日曜日に、大阪行きは土曜日・日曜日・月曜日に運転され、EF58形・ED70形・DF50形などの機関車に牽引された43系客車で、全車指定席の9両編成で運転されていた。北陸トンネルの開通を機に金沢行きの列車は金曜日にも運転されるようになり、北陸本線が金沢駅まで電化されると、「ゆのくに」と同時に急行列車化されたが、1968年に「ゆのくに」に統合されて廃止された。 その後1970年以降、繁忙期における大阪-金沢間の臨時客車急行列車として1991年まで運転していた。
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