初期の経歴と政治
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/19 18:08 UTC 版)
「ダニエル・シックルズ」の記事における「初期の経歴と政治」の解説
シックルズはニューヨーク市で、スーザン・マーシュ・シックルズとジョージ・ギャレット・シックルズ夫妻の息子として生まれた。父は特許専門の弁護士であり政治家だった。シックルズの生年は時として1825年とされることがあり、本人も実際にそのように言っていたことが知られていた。歴史家達はシックルズが年齢の半分もいかない夫人と結婚した時に若く見えるように考えてこの生年を選んだと推測している。シックルズは印刷業を学び、ニューヨーク市大学(現在のニューヨーク大学)で勉強した。ベンジャミン・バトラーの法律事務所で法律を学び、1846年に法廷弁護士として認められ、1843年にはニューヨーク州議会議員となった。 1852年、シックルズはテレサ・バジオリと結婚したが、この結婚はシックルズが33歳でテレサが15歳の時のことであり、双方の家の意に逆らったものだった。テレサは年齢の割りに世慣れており、5ヶ国語を話せた。1853年、ニューヨーク市の法人弁護士となったが、間もなくフランクリン・ピアース大統領の指名でジェームズ・ブキャナンの下の駐ロンドン・アメリカ公使館書記官になったことで辞職した。1855年にアメリカに戻り、1856年から1857年にニューヨーク州議会上院議員を務め、1857年から1861年までは民主党員として第35および第36アメリカ合衆国議会で下院議員を務めた。
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