ベンツ・レンワーゲン(1899年 - 1900年)
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「モータースポーツにおけるメルセデス・ベンツ」の記事における「ベンツ・レンワーゲン(1899年 - 1900年)」の解説
カール・ベンツは自動車を馬車に代わる輸送機関としての側面から捉えていたため、レースに自社の車両を持ち込むことは気が進まなかったが、彼の息子たちはベンツ車の優秀さを証明したいと考え、ベンツ社としては最初のレースカーを製造し1899年に完成させた。この8馬力の「レンワーゲン」(レーシングカー)は1899年7月2日にケルン~フランクフルト間で開催された都市間レースに2台が出走し、1-2フィニッシュを飾る。優勝したフリッツ・ヘルトは193.2㎞の距離を平均時速22.5㎞で走り切った。 この車両は馬力を倍の16馬力にまで強化した上で1900年から1901年にかけて量産され、希望する顧客に15,000マルク(金マルク)で販売された。この車両は当時の自動車レースにおいて主流だった都市間レースで活躍し、未舗装路面の道路を平均時速50.56㎞という驚異的なスピードで走破した。 続いて、ベンツのゲオルク・ディール(Georg Diehl)は水平対向4気筒エンジンを搭載した新たなレース車両(20馬力から33馬力程度)を開発した。1900年7月29日にフランクフルトの道路を封鎖して特設されたレーシングサーキット(周回路)でレースが開催され、同車はこのレースで圧勝した。
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