ニデ950形
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 09:38 UTC 版)
1904年自社飯田町工場製で、元は二等三等車合造の片運転台型制御電動車である。国有化後の1909年(明治42年)11月に、昌平橋 - 中野間の二等特定運賃廃止に伴い、二等室を荷重2tの荷物室に変更し、側窓2枚を潰して荷物用の引戸が設けられた。1910年の形式称号規程制定にともない、ニデ950形とされ、3両が本形式となった。 これらの甲武鉄道時代の記号番号は、ろは2, 4, 5で、番号順に950 - 952とされている。1911年(明治44年)度にはデ963形から1両(980)が、1912年(明治45年)度には、2両(956, 971)が改造され、本形式に編入(953 - 955)されたが、954, 955は同時に電装を解除され、片運転台式の制御車となっている。950形式図
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