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作品の温度を感じ 本を手に取って
国際文学館・安西水丸展特集【前編】キュレーターインタビュー
Thu 29 Feb 24
国際文学館・安西水丸展特集【前編】キュレーターインタビュー
Thu 29 Feb 24
国際文学館(村上春樹ライブラリー)では2023年、イラストレーター・安西水丸氏のご遺族からの寄贈を受け、村上春樹氏との仕事で制作された 700 点余りの原画を収蔵しました。その収蔵作品の初公開となる展覧会「安西水丸展 村上春樹との仕事から」を同年11月より開催、あいだに1カ月余りの休館期間をはさんでいましたが、いよいよ2024年3月1日(金)から再開されます。当記事では本展のキュレーターを務めた小高真紀子さんにお話をうかがい、「どんなふうに展覧会ができあがったか」にスポットを当てながら、作品をより楽しめるような安西水丸展の見どころをご紹介します。
安西 水丸(1942-2014)
『象工場のハッピーエンド』、『村上朝日堂』シリーズ、『ふわふわ』など、30 年にわたる村上春樹との名コンビで知られるイラストレーター。シンプルな線と色で描き出す、どこかユーモラスで温かみのあるイラストレーションや、さらりと描いたような絵と手書きの文字が豊かなイメージをもたらすエッセイなど、安西水丸作品は、いまも多くの人々から愛され続けています。
作品とのコミュニケーションを生み出す
—はじめに、小高さんと安西水丸さんとの接点、そして今回の安西水丸展でキュレーターを務めることになった経緯を教えてください。
私はもともと、銀座にあった「クリエイションギャラリーG8」というグラフィックデザインのギャラリーで1996年から2018年まで、展覧会の企画・運営をやっていました。そのなかで安西水丸さんにも何度か展覧会やイベントなどに参加していただきました。2014年に安西さんがお亡くなりになったその年の10月には、安西さんのご遺族にご相談して展覧会を開催しました。以降、安西さんの膨大な作品をお預かりして整理したり、この国際文学館への寄贈もお手伝いさせていただいたり、そうしたご縁もあって今回の安西水丸展にご協力させていただくことになりました。
―展覧会を訪れた時、安西さんの作品と、村上春樹さんの作品が並ぶこの空間が呼応しているような感覚があり、とても心地のよい鑑賞体験でした。きっと「この場所ならでは」というところをとても意識しながら展示がつくられていったのではないかと思い、ぜひ小高さんにお話を聞いてみたいと思いました。まず、キュレーションという仕事について、どのようなことを考えながら取り組まれているのでしょうか。
キュレーションは、作家や作品に親しむ接点をつくるのが仕事のひとつではないかと思っています。見る人の接し方はそれぞれで、感銘を受け、もっと知りたいと思ったならば、作家や作品にぐっと入っていくことになるし、もちろん気持ちがわくわくするみたいな感覚的な楽しみ方でもいいし、日常をちょっと豊かにするということでもいいと思います。そこに、「こういう見え方があるよ」「こういう接し方はどうかな」という提案をするような仕事だと思っています。
グラフィックデザインには「社会とのコミュニケーション」という面があって、どういうふうに見る人にビジュアルでメッセージを伝えるか。今回の安西水丸展でも作品を通してどうコミュニケーションするかというところを考えました。村上春樹さんとのコラボレーション作品をメインにしながら、安西さんがどういうふうに村上さんという人を魅力的に描いていたかを伝えて、作品に接したみなさんが「自分と安西さん」「自分と村上さん」としてそれぞれに受け取ってもらえるか。そのためにはどういうふうにしていったらいいのかというところから入りました。
原画をじ〜っと見られる空間
―訪れた人とのコミュニケーションが生まれるような展覧会を組み立てていくにあたって、最初の糸口としたのはどのようなことだったのでしょうか。
今回は、「早稲田大学国際文学館」に「安西水丸さんの村上春樹さんとの仕事の作品」が「寄贈、収蔵された」ということの初のお披露目でもあるので、「収蔵された安西さんの原画を展示する」というのがもちろん大前提にありました。安西さんの作品は印刷されたものを見ることが多いのですが、手描きの作品には、独特な線や、カラーのスクリーンを重ねた技法など、「手」の跡から「安西さんはどういうふうにつくったのかなあ」と想像したり発見したり、作品をより深く見ることができるのが、原画を見ていただく良さではないかと思います。
そしてもうひとつ、会場となる国際文学館という空間がとっても個性的ということです。私が今までやってきたようなところは、壁が広くて天井が高い空間だったんですけど、ここは校舎をリノベーション※していることもあって、天井が高くはなく空間の凹凸がとても多いんです。最初に訪れたときに白くて温もりのある空間だなと思いました。その雰囲気は安西さんの作品ととても合うんじゃないかと思って、というのは、近い距離で、じ〜っと見るにはいいかなと思ったんですよね。作品ひとつひとつに入り込んで見るのに、親密になれる空間だなと思いながら、原画の並べ方を考えました。
※国際文学館は早稲田キャンパス4号館を改修するかたちで2021年10月に開館しました。
あと、ここは窓がたくさん並んだ特徴的な空間で、これを生かさない手はないなと最初から思っていました。安西さんの作品は、パントーンオーバーレイという、カラーのスクリーンを絵の形に切って、線画の上に重ねていく手法を取っているのですが、このガラス窓に安西さんの作品を透明シートにプリントして貼ったら、作品の持つ透明感との相性がすごくいいだろうなと思いました。窓枠を額縁に見立てて大きな作品のようにしたら、小さな原画との対比も生まれて、お互いに生きるだろうなと思いました。
館内をめぐって感じる作品の息づかい
―空間の特徴を生かした展示を考えられていたのですね。個性的な制約の多い空間だけに苦労された点などはなかったのでしょうか。
最初は悩みましたね。せっかくなので、この空間の中で安西さんがどう見えたらいいだろうっていう答えを一生懸命探した感じではあります。とくに備え付けの大きなガラスショーケース内の展示方法はいろいろと検討しましたが、結果的にケースの中に壁を立てることによって、ケース内の空間を広く活用できました。
このショーケースの中には、早稲田大学の収蔵物ではなく、ご遺族からお借りした安西さんのコレクションを並べました。これらは安西さんの原点、「安西さんができるまで」のような、幼少の頃の作品であるとか、大人になるまで愛して集めたものたちです。作品の中にもよく登場するので、安西さん自身を理解する上で、すごく重要な展示になると思いました。
あとは、初めて国際文学館を訪れる方もいらっしゃるのなら、この展示エリアだけではもったいないなと思い、館内のところどころに安西さんの作品を点在させることによって、館内をめぐりながら作品を鑑賞する体験ができるようにと考えました。
―階段に配されたシンプルな線描やオーディオルームに飾られたちょっとシックなイラストも、その場所にとてもマッチしていて、作品の魅力が増しているように感じました。
オーディオルームに飾った大きなラグも素敵ですよね。安西さんのイラストレーションは、作品然としているものだけでなく、例えばインテリアのように、生活の風景に生き生きと存在するということをこの空間で見せられたらと考えました。
「ライブラリー」ならではの楽しみ方
―700点余りのたくさんの寄贈作品の中から、今回展示する作品をどのように選んでいったのでしょうか。
ここはライブラリーなので、展示では書籍になっている原画を、書籍単位で紹介しました。原画を見て楽しんだ後、実際に本を手に取ることで村上さんの文章とあわせて楽しめるということにしたいなと思いました。村上さんと安西さんのコンビネーションの素晴らしさを感じてもらいたいです。文章と絵が呼応し合っている心地よい空気。楽しそうに、遊ぶように、新しいことにチャレンジしているお二人の雰囲気を、原画と本で想像をめぐらすことができるんじゃないかなと思いました。
―作品のそばに本が置かれていて、その本を手に取れるというのは、たしかに普通の美術館やギャラリーではあまりない体験ですね。それでは最後に、小高さんが一番好きな展示作品を教えてください。
どれも好きですが、子どもの頃に描かれた水泳大会のポスター※ですかね。寄贈作品ではないですけど。すでにイラストレーターの安西水丸さんが完成しているようで、最初に見た時は衝撃を受けました。一方で、ノート※には人の体の筋肉とか骨とか精密に描かれていて、観察することを大事にしているんだなということがわかります。観察をした上で、あそこまでシンプルに研ぎ澄ました表現にすることが、子どもの頃からできていたのかなと。本当に唯一のイラストレーターだなと思いました。
※安西さんが幼少の頃に描いた水泳大会のポスターやスケッチなどが書かれたノートは、展覧会用に複製したものを展示しています。
【プロフィール】小高 真紀子(おだか まきこ)
キュレーター。1996年から2018年までクリエイションギャラリーG8に所属し、現在フリーランス。グラフィックデザインの展覧会の企画を中心に行う。